第1話 荒雲《ヘラクレス》
戦争が終わって半年が経つ。企業戦国時代と言われる現代は、中国を束ねる大北京、朝鮮半島を牛耳る未来社、そして樺太を支配する日本企業、有田敏博社長率いるアリトシの三つの企業国家による戦争ビジネスで経済が保たれていた。戦勝国のアリトシは大北京を占領。アメリカ大陸と軍事同盟を結んでいた大北京とのこの戦争は第二次太平洋戦争と呼ばれることとなった。
大規模な戦争は社内の雰囲気にも大きな変化を生じさせた。その余波は私にも来ている。
キッチンからコーヒーの香りが漂ってくる。戦争終結直後の休暇から同居を始めた恋人が、毎晩寝る前に飲むのだ。彼と呼べばいいのか、彼女と呼べばいいのかわからないその人は伊豆真理。私と同じアリトシ軍事課に勤める社員で、大佐に昇格したばかりだ。
「織牙も飲むか?」
「私はいい」
不眠症の人間に就寝前のコーヒーを勧めるなよ、と私は言い返した。真理は意に介さない。
私は山本織牙。二百年前、アリトシが樺太を獲得した時に拾われたロシア系棄民の末裔だ。今ではもう日本人と言っていいほどロシアの血は薄いが、ロシア系は伝統的にアリトシでは下層民として汚れ仕事を任される。私がアリトシの花形部署である軍事課に入れたのは奇跡に近い。
真理がベッドに滑り込んでくる。身長一九〇センチメートル同士が一つのベッドを共有するのはスリル満点だ。
「おやすみ、圭一」
私は真理のことを圭一と呼ぶ。真理がそれを要求する。一時は男をやめて戸籍を女に変えた真理が、再び男として生活をしようとするのは、先の戦争がきっかけだった。
*
格納庫に足を踏み入れた真理と私は、作戦責任者の伊藤の案内で、あるものを見せられた。
「
見覚えのある、人型というよりは古代の海洋生物のようなフォルムの兵器が目の前に置かれていた。
「
真理の口からその名前が発せられた。
「そうだ。これは僕が三年前に開発した水空両用人型兵器
「伊藤さん、さすがにこれに伊豆大佐が乗るのは……」
私は考えるより先に口走っていた。
「山本は心配するだろうと思ったよ。だけど、決断するのは本人だ。僕もゼロから新しい人型兵器を作れればよかったんだが、時間がなかった」
真理の顔からは、考えていることを読み取ることができない。心中穏やかでないはずだが、表情は平穏だ。
「乗ります」
「圭一!」
私は思わず声を上げる。真理は断固とした態度で言う。
「織牙。俺は大丈夫だ。
伊藤は真理の返事を受け入れ、私たち二人に作戦を命じた。
「了解した。それでは
私の不安が、本人の大丈夫という言葉だけで解消させるわけはなかった。先の戦争のように、本作戦で真理が取り乱すことがないようにしなければならない。男だった頃の名前で呼んでくれと言われた時に誓ったのだ。
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