CHANCE
伊豆 可未名
プロローグ
頭部に一五個、背骨に沿って首から背中にかけて等間隔に二〇個、腕と脚には各六個、手は細かい動きをするために各三〇個、足の裏に各三個、合計一二五個の電極が取り付けられている。人間の身体の動きを再現する最低限の数だ。電極は天井から伸びる配線コードと繋がって脳神経のように一つにまとまっている。
「江良、準備はいいか」
「準備は整いました。でも覚悟が」
「さっさと覚悟を決めてくれ。これ以上先延ばしにするわけにはいかないんだ」
江良咲は上司の強引さに、マイクに入らない程度の低音で舌打ちした。
「ゴーグルをしろ。視神経を繋ぐから両の目を自分の自由にできなくなるぞ」
咲がおとなしくゴーグルをかけて態勢を整えると、オペレーション室にいる上司は実験開始の掛け声を始めた。今まで肌に接していただけだった電極が節足動物の吸盤のように吸い付いた。電極を通して微細電流が伝わってきた。自分の体から発する電流と電極から呼応して発せられる電流が混じり合い、一つに溶け込むと、咲の意識は自身の肉体から離れていった。
くるっと目を動かそうとすると、モーター音と共に頭部全体が右に動いた。小さい上司が窓越しに見える。
「江良、返事をしろ。今何が見える」
「あんたが見える」
スピーカーから流れてきた声は自分の予想を超える大音量だった。上司は気にせず話を進める。
「それは本体の方の視点か、それとも向こうでゴーグル越しに虚ろな目をこっちに向けている肉体の方か」
「本体の方です。すごく小さい。簡単に踏みつぶせそうだ」
「俺を殺したら元に戻れなくなるぞ」
上司は次に腕を動かしてみろ、と指示した。咲は自分の体を動かすのと同じように、右腕を上げようとした。頭上で何かが裂ける音がして、上を見上げた。自分が上げた右腕が思いの外高く上がりすぎて天井を壊したのだ。
「おい、気をつけろ。狭いのはさっきも言ったろ」
「初めてなんだから仕方ないじゃないですか」
「足を動かすのはまだ危険だからやめておこう。今度は意識の確認だ。今、どんな気分だ」
「大量破壊兵器になった気分です」
「その通りだが今の質問はそういうことじゃない。肉体にいる時とどう違うのかを訊いてるんだ」
「何も変わりません」
実際、生まれたままの状態と何も変わらないと思った。意識は完全に機械の方に移行している。ごく自然に、江良咲は機械の体と一体化していた。
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