自虐家は鳥を轢く

命ってのは呆気ないものだとは知っていたけれど、実感というものは今の今までしていなかったのかもしれない。死という場面に遭遇するのは、それこそ滅多にないことであり、むしろ無い方がいいに決まっている。

けれど、自分は遭遇してしまった。

いや、自分は小さな命を散らしてしまった、という方が正しいのだろうな。

そう、小さな命。小さいながら、懸命に生きていた命。


時々、気ままに自転車を走らせたくなる。ハンドルを握りしめペダルを力強く踏みしめれば、タイヤはひと息に前へと進む。風をこの身で切っていく感覚がたまらない。

目の前にどんなに大きな坂があっても、この自転車と自分の足なら、軽く越えていけるだろう。ぐっと手に力を込めを、腰浮かせて足にかかる重力をそのまま踏み込めば、さらに自転車はスピードを増す。

ジリジリとしたチェーンの回る音。自転車がその身を削ってまで走ろうとするのか、そんなふうに思ったりする。少し大袈裟なのかもしれないが。

そして、辿り着いたのは大きな橋。下は川がよく見える。しかし、だいぶ開発されているのか、かつてあった自然はどことなく寂れたものとなっていた。

かつて遊んでいた場所が壊されていくのを見るのは、やはり痛いものがある。


なんてことを考えず、しっかりと前を向いていれば、あんなことなんか起こらなかったのかもしれない。


突如、あまりに酷いうめき声のようなものが聞こえた。ふと前を見てみれば、タイヤの陰に何かの物体。あまりにもスピードが速すぎて、視認はできない。

慌ててブレーキを切り、自分はそこに振り返る。


あったのは、無残に潰され、肉と血が混じり混じった、小鳥の死骸。


いや、死骸というには早いかもしれない。まだ、嘴の中からひょっこりと見える舌が、ぴくっ、ぴくと蠢いている。

だが、手遅れだということは変わりない。

慌てて近寄り、もう一度確かにそれを見る。むき出しの目はどこへ向いているのかもわからない。横たわる翼は、もう動くことはないのだろう。

触れようとして、手を伸ばす。

救おうとして、手を伸ばす。

でも、自分の手はそれ以上動くことはなかった。

死にかけ鳥は、そのむき出しの目をギョロリとこちらを向ける。冷たい刃が、体を貫く。

まるで、何をしてくれたのかと、言うように。

そして、最後に自分を写した目は、静かに閉じられた。

汗がポタリと落ちたのは、暑いせいなのだろうか。

自分はとうとう、その鳥に触れることはできなかった。咄嗟に引き返して、自転車に乗り、一息にまた駆け出す。何かから逃げるように、必死に自転車を漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。

聞こえるのは、自分の荒だった息だけ。


ようやく家に着き、ところ構わず廊下を駆け階段を上り、自分の部屋へと閉じこもる。勢いよく閉めたドアの音が、妙に心に響く。

ベッドの上に蹲る。ガタガタと体の震えは止まることを知らなかった。

たかが命一つ潰したくらいで、こんなに震えるのかがわからない。自分でも、大袈裟じゃねえのかって、思っちまう。

でも、しゃあねえだろ。あんな風に見られたら、あんな怨みが込もる目に見られたら。


心が、締め付けられる。苦しくて、息が止まらない。


でも、そんな自分でも時間が経つにつれて、恐怖は薄らぎ、息だって少しずつ落ち着いてくる。罪悪感はだんだんと薄れ、あの鳥の死骸を思い出してみても、そこには恐れというものがなくなっていた。

なんというか、これも仕方ないことかもしれない、なんて割り切りが自分についてきた。

鳥を見ていなかった自分も悪いけれど、自分がくることをわからない鳥もまた、悪かったのではないのか。ある意味責任転嫁と言ってもいいのかもしれない。が、それがむしろ自分を罪悪感という苦しみから、ほんの少し抜け出す手段でもあって。

ある程度、気持ちの整理がついたところで、自分はもう一度立ち上がる。ただ、思い立っただけだ、せめて墓ぐらいは作ってやろうと。轢き逃げはどうにも気分が悪い。せめて、償いとはいかないまでも、埋葬だけはしてやりたい。そう思っただけだ。


けれども、時すでに遅し。鳥の死骸はもう、そこにはなかった。あったのは、アスファルトにじわりと染み込んだ血痕だけ。

自分よりも先に誰かに埋葬されてもらったらしい。それか、邪魔だからと捨てられてしまったか。

……どちらにしろ、気持ちが晴れないのには変わりない。

せめて自分は、その血痕の前で合掌する。これが自分にできる、せめてもの供養だと思って。

もしも自分が鳥だったら、それでも許さないんだろうな、きっと。


熱い太陽が、じりじりと自分を焼いていた。


そうして自分はまた家路につく。

しがらみの取れない心を背負って、今日もまた家に帰る。

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