第2話
それからサクヤはどれだけの時間呆然とその場に突っ立っていたのだろう。まだ頭はオーバーヒートを起こしてどうすればいいのか分からない。混乱も収まっていない。それでも、少しだけ気持ちの整理ができた。
「こんなことしてるよりも動いた方がいい、よな」
サクヤはそう決断すると街の探索に出た。のはいいものの、心ここにあらずの状態で街を歩いていた。
あの男は最後、助けたければ来いと言っていた。しかし、あの男が場所を言うことはなかった。メグはどこに連れ去られたのだろう。まずはあの男の居場所を突き止めなくてはならない。
だんだんとメグが連れ去られたことを認めていることに気付き、足を止めて慌てて思考を打ち消す。それよりも先に、まずは自分の現状をどうにかするべきだ。
ようやく我に返った少年が周囲を見回すと、どことなく家を出た時と違う気がした。
「そうか、ここは道がコンクリートなのか」
メグのことを考えているうちに、いつの間にか足元の道が土からコンクリートに変わっていた。
「ちゃんとコンクリートの道もあるんだな」
サクヤは暢気にも感嘆の声を漏らす。
こうして土からコンクリートに変わったことで違和感は無くなった。そして、家を出た場所には見なかった通行人もいる。
少しでもこの状況を知るために、街行く通行人に声をかけることにした。
「あのー、ちょっといいですか?」
ターゲットにしたのは三十代ぐらいの男性だ。見るからに穏便そうで話しやすそうな人だったのだが、
「はあ? お前何喋ってるんだ? それにお前プロレタリアだな? 分かった、冷やかしだろ。帰れ帰れ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ! プロレタリアって何だよ!」
叫ぶが男性は気にせず去っていった。
予想外の厳しいあたりにサクヤはその場で凍りつく。そういえばさっきからずっと、周囲からの視線を浴びている気がする。
道が土だった辺りでは人がいなかったからなんてことはなかったが、人が増えると、コソコソと話しながら横目で見てくる人衆があちこちにいる。
そんな状況にどうも耐えられず、早足に人通りの多い大通りから人通りの少ない路地のような細い道に入った。
その路地で家の庭を掃除をしていた老父に今度は話しかけることにした。
「すみません、ちょっといいですか?」
声に反応して老父は竹箒で落ち葉を集める手を止めて顔を上げる。
「おぬし、プロレタリアじゃな。何を言っとるのか知らんが早く戻った方がいいぞ」
それだけ言い残すと、老父は作業の途中にも関わらず、サクヤと話すのを避けるように家の中へ入っていった。
「またプロレタリアかよ!」
謎の単語によってまともに相手にされないことにサクヤは苛立ちを覚えて吐き捨てた。
でもどうしろと言うんだ。そのプロレタリアという単語が何を示しているか分からない。だからこの状況を打破する方法はないのだ。
結局、その後誰に声をかけても罵声を浴びせられるか忌避されるかのどちらかだった。しかも、その誰もがプロレタリアという単語を口にしたのだ。
このままでは埒があかないために、サクヤは一度近くのベンチで休憩を取ることにした。
とりあえず今把握していることは、自分は日本ではないどこかに来てしまったこと。メグが謎の男に誘拐されたことの他に、この場所でサクヤは忌避される立場にいること。それもプロレタリアという単語が関連している。
それともう一つ大切なことが分かった。それは彼の言葉が通じないということだ。言語は同じ日本語でいいはずで、相手からの言葉はちゃんと理解できるのに、彼からの言葉はこの場所の住人には通じないのだ。
少しでも早くメグを助けに行きたいのに、彼には手がかりどころか今の状況を切り抜ける方法すら思い浮かばない。このどうしようもないもどかしさに苛立ちが募っていく。
「あーもう! どうすりゃいいんだ!」
サクヤは頭を抱えて吐き捨てる。
このままでは本当に生きていくことすらできなくなる。できれば、今日中には話の通じる方法を見つけておきたい。
その時、兵士らしき鎧を装備した、ピンクっぽい薄い赤髪の少女が視界に入った。
兵士なら言葉は通じなくても住民と同じような態度は取らないだろう。そう考えたサクヤは彼女に声をかけることにした。
「すみません、ちょっといいですか?」
「いいけど、どうしたの?」
「ちょっと知りたいことがあって…………って、え!? 俺の言葉分かるの?」
普通に会話することを諦めていたサクヤは、会話のキャッチボールが成り立っていることに間抜けな声を漏らしてしまう。
「あなた、何言ってるの? 話しかけてきたのはあなたでしょう? ……あなた、プロレタリアよね? もしかしてあなた《
最初、呆れた様子だったのに、後半からまたしても初めて聞く単語が出現し、更には目の前の少女が抜剣してきたのだ。
まあ、いきなり知らない男に声をかけられたらそりゃあ口説きとかも警戒する……ってそうじゃないだろ!
「待った待った! 落ち着いて落ち着いて。俺は本当に聞きたいことがあるだけだからさ」
少女は訝しげに詮索しながらサクヤの全身をじっと見つめる。そして、何か満足したように剣を鞘に収めた。
「どうやら本当のようね。《革命者》が武器一つ持たずにこんな所をうろついてる訳がないわ」
その言葉を聞いてサクヤは胸をなで下ろす。よく分からない単語がてできたものの、彼の抗弁が認められたのは確かなようだ。
「それで、あなたは何を聞きたいの?」
「そうだった。えっと、ここってどこなんだ?」
「…………? あなた何を言ってるの?」
「目が覚めたらここにいたからここがどこか分からないんだ」
自分が馬鹿正直に言い終わった直後に、しまったと後悔した。
いきなりそんなことを言われて誰が信じるだろうか。寧ろ、不審がられてそれこそ忌避される原因となる。せっかく自分の言葉が通じる少女を見つけたというのに、こんなことでこの好機を逃してしまった。
しかし、少女はサクヤの言葉を聞いて顔を強ばらせた。
「その話本当?」
「ああ、そうだけど……?」
彼女は一度空を見上げる。
「そうね、この時間なら……とりあえず昼食をとりながら話しましょうか」
そう言うなり少女はサクヤを強引に連れていった。少年はその時初めて空腹を意識した。朝からバタバタしていて朝食を何も摂っていない。だからようやく食事にあり付けることがどことなくありがたかった。
街にはレストランやカフェなどの飲食店や、衣服類、スーパーマーケットといった店が多く並ぶ。都会のような街並みにサクヤは心を躍らせながら、二人はその中の一軒のレストランに入った。
店の中は日本のファミレスとほぼ同じだった。黄色く照らされた洋風の部屋にしっかりとドリンクバーまで設備され、友人同士や家族で食事を楽しむ人たちで賑わっている。
サクヤたちは席に座ると、適当に料理を注文した。
よく見れば目の前の少女はサクヤと同じぐらいの歳に見える。端整な顔立ちにきめ細やかな白い肌。ピンクのような薄い赤髪を腰まで下ろしたロングヘア。細身で一見か弱そうな少女なのに、その身に纏う重そうな鎧が力強く思える。
そんな少女が俺に顔を寄せると、早速本題に入った。
「それで、あなたが
「ああ。だからさっきから……」
少女は急に思案するように眉を寄せる。
「そう、あなたもなのね」
その気になる発言をサクヤは聞き逃さなかった。
「あなたも、ってことは君も?」
「ええ、そうよ。三年前に気がつけばここにいたわ」
その衝撃発言に面食らう。彼女も少年と同じく別の世界から来ている。それは、驚愕の事実ではあるがすごく助かることでもある。だが、彼女は三年という長い時間をここで過ごしたというのだ。自分なら絶対に孤独では堪えられない。
目の前の少女は一度水を飲んでから話を続ける。
「ということは、あなたが聞きたいことってこの世界のこと?」
「ああ。ここがどこで、メグ、俺の妹がどこにいるか教えて欲しい」
「妹さん?」
少女の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。可愛らしく小首を傾げる彼女に、携帯電話を取り出してメグの写真を見せる。
「こいつなんだけど、名前は恵美メグミって言うんだ。夢、のようなところで白髪混じりの中年の男に連れ去られて本当にいなくなった」
すると少女は、ほんの一瞬だけ考え込む素振りを見せた。だが、すぐにまた彼女は落ち着きを取り戻す。
「ごめんなさい、分からないわ」
「そうか……」
「お待たせいたしました」
話が暗くなり始めたところで注文していた料理がタイミングよく到着し、気まずくなるのは回避された。
そこで一度仕切り直し、改めて少女が切り出す。
「とりあえず一つずつ答えていくわ。まず、ここは異世界よ」
「異世界!? 」
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