第3話
サクヤはその単語を耳にした刹那、テーブルを叩きつけて立ち上がっていた。
「しーっ! あなた周り見て見なさいよ」
言われた通りにレストラン内を見回すと、例外無く全員からの視線を浴びていた。結果的に気まずくなってしまい俺は引きった作り笑いを繕って誤魔化しながらゆっくり座る。
それにしてもここが異世界なんてどうも信じられない。街並みや言葉の疑問など、異世界だと肯定する材料は揃いすぎるほど揃っている。だが、そんなものは漫画やアニメの話で、実際にそう宣告されると実感が湧かない。
「じ、じゃあさっき君が言ってたプロレタリアとかアプセッターって何のこと? 俺の言葉が通じないなのはそれのせいなのか?」
渋々、と言った感じで座りながら声を潜めて問う。
「そうね、あなたの言葉が通じないのはどうしてか分からないけど、この世界には五つの種類に分けられた身分制度かあるの。まずは
始まったばかりの説明なのにサクヤは早くも呆気に取られていた。
奴隷なんて単語、実際に聞くことがあるとは思ってもみなかった。学校で歴史の授業を受けていた時には遠い昔の遠い場所、そんなところであった過去の話程度にしか聞いていなかったが、面と向かって奴隷という単語を聞くと実態のおぞましさが身にしみる。
「 それで、次が
なるほど、と納得すると同時に新たに出てきた問題点にサクヤは困窮した。
異世界に飛ばされてメグがいない。その上言葉が通じないし差別される身分であると来た。これだけ負の連鎖が続いてはたまらない。これから先どうしていけばいいのだろうか。
「じゃあさ、俺は何で
「残念ながらそれは全く法則性がないわ。人が一番初めにどの身分になるかはランダムで決められているの。中には平民と貧民で結婚した夫婦が何組かいるらしいのだけれど、そこから生まれる子供は貧民だったり平民だったりばらばらみたい」
「理不尽な世界……」
我知らずのうちにサクヤは強く手を握り締めて呟いていた。
生まれつき自分の意志と関係なく身分が決められ、それによって差別される人生。何とも不憫で理不尽な世界だと彼は感じずにはいられなかった。
「私たちがいた元の世界もそんなものよ。世界中には大なり小なりの差別がいまだ存在している。その人たちだって決して差別されたくて生まれてきたわけではないわ」
確かに彼女の言う通りではある。でもだからってそう簡単に納得できるわけがない。
誰もが手を取り合って平和に過ごせる世界、というのは綺麗事に過ぎないのかもしれない。けれど、少なからず日本にはそんな場所があった。
そう感じるのも、サクヤがこれまで争いや差別といったものと無縁な場所にいたからなのだろう。
「話を続けるわ。そこから
だんだんと不安になりながらサクヤは少女の話に耳を傾ける。
「それで、《
「下克上?」
「ええ。要するに下克上を起こした人物のこと。下克上を起こした者は、倒した相手の身分を名乗ることができ、逆に負かされた方は一気に凶族まで都落ちするの。ま、命があればの話ね」
少女は軽い口調でおどけるように言うが、とても笑えるような内容ではない。命があれば、ということは普通なら敗北は死と直結することを宣言しているようなものだ。
サクヤは想像するだけで恐ろしくなるようなことに戦慄し、気を紛らわせるために料理を口に運ぶ。
そんな様子を見て少女は、大丈夫よ、と笑って見せる。
「滅多に下克上なんて起こらないわよ。もし失敗すれば命を落とすのは自分になるのだから。それに、身分の低いあなたを狙ったところで得られるものなんてないから標的にされることはないわ」
何だかすごく馬鹿にされたみたいだが気のせいということにしておこう。
だが正直、それならとりあえず一安心だ。右も左も分からないような状態で襲われたらサクヤは確実に殺される。
そこで生まれてきた新たな疑問を投げかける。
「ってことは君も狙われる対象だよな?」
「そうよ。私たち監視者センチネルはそういった反逆を取り締まるための身分なの。だからこうして鎧を着てるのよ」
「でも重くないか?」
「もう慣れたわ。もう三年も着てるんだから」
そう言って虚ろな目をする少女にはどんな三年間があったのだろう。彼女はこの世界に投げ出されてから孤独に生活をしてきたのだ。その苦労は数時間前にここへ来たばかりの俺には到底計り知れない。
「ごめんなさい。今はそういう話じゃなかったわね。それで最後になるのだけど、あなたが家を出た時、道は土だったでしょ?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「ここでは身分によって住む場所が決められているの。例えば、凶族と貧民なら土。平民はコンクリート。監視者と富豪は石畳の道のある範囲内。私たちはこれを貧民エリア、平民エリア、富豪エリアに分けて呼んでいるけれど」
「俺がすごい注目を浴びていたのはそれが原因か」
自分でそう言っておきながらまた新たな疑問の壁に衝突した。
「でもそれならどうやって俺が貧民だと分かったんだ?」
「もしかしてあなた、まだ気付いてなかったの?」
逆に聞い返され、サクヤはつい身構える。そんな少年に彼女は呆れ顔になり指差す。
「ほら、ちゃんとそこに階級章が付いてるでしょ」
言われて見てみると、服の左胸の部分に、黒い布製で小さな長方形の階級章が確かに付いていた。
サクヤは自分でこんなものを付けた記憶などない。それどころかこんなものは持ってすらいなかった。服を来た時は普通の服だったのにいつの間に付いていたのだろう。
戸惑う彼の様子に少女が笑みを浮かべて説明する。
「階級章は家から出るとき、勝手にそうやって服につくのよ。逆に家に入れば勝手に消えるから心配いらないわ。こういうところが異世界らしいわよね」
そう言うものの、少女の左胸に階級章は付いていない。一応違う場所に付いているのかとも思ったがそうでもなかった。
そんなサクヤの視線に少女は首を傾げていたが、すぐにその理由を悟った彼女は、ああ、と納得する。
「監視者は反逆が起こらないように監視する役職だから、五つの身分の内唯一鎧が着れる身分なの。だから鎧を着ている間は階級章は付かないのよ」
「な、なるほど……」
この世界の複雑な仕組みに思わず顔をしかめた。
「あなたのつけているその真っ黒なのが貧民の階級章よ。そこから平民は一つ、監視者と二つ白い線が入って富豪はその線が金色になるの。そして凶族は一番分かりやすく真っ白の階級章になってるわ」
話し終えた少女は少しだけ残ったご飯を一気に完食して水を流し込む。そこでサクヤは話に夢中になって料理にあまり手をつけていなかったことを思い出し、彼女と同じように残りを全て掻き込んだ。
「大体この世界についてはこのくらいかしら」
「丁寧にありがとう。ほんとに助かったよ」
サクヤは礼を言って立ち上がる。
「俺は
もう一度礼を言うと目の前の少女も立ち上がる。
「私は
それで二人は別れた。
一度に全て説明してもらったはいいが、多すぎて完全には頭に入っていない。そこはおいおい覚えていくことにしよう。
ちなみに、サクヤにはお金がほとんどないためマリナに持ってもらった。男としても人としても本当に情けない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます