第1話
「メグっ!」
叫ぶと同時にサクヤは物凄い勢いで体を起こした。その目に飛び込んで来たのはさっきまでの飾り気のないコンクリートの部屋ではなく、白のシンプルな壁に、ベッドや自分が使っている机、隅にはゲームやCDが積み重なったどこにでもあるような部屋だ。
見慣れ過ぎてもはや背景と化している部屋。間違えるはずもない。ここは、毎日寝起きしているサクヤの家のサクヤの部屋だ。
「夢か……」
とんでもない悪夢だった。息が上がって心臓の鼓動が早まるだけでなく汗までかいている。全く心臓に悪い。
枕元に置かれたデジタルの目覚まし時計は六時二十五分を表示している。
春先のこの頃、陽が昇るのが少しずつ早くなっていき、この時間ではもう昼間と同じように明るい。
サクヤはベッドから出て、部屋の高い所にある窓から差し込む光を浴びて大きな伸びをする。
それにしても、あの夢は一体何だったのだろう。夢にしては凄くリアルだった。メグが連れ去りたり、俺が剣で立ち向かってボコボコにされたり。決していい夢ではなかった。きっと疲れているのだ。
ちょうど昨日が学校の終業式だった。疲れているのは多分、三学期の、もしくは一年間の疲労と言ったところか。高校一年目は慣れないことばかりで大変だった。だが今日から春休みだ。一日家でくつろいでいられるほど嬉しいことはない。
それに、もうすぐサクヤも二年になる。学校の勝手も分かり、今年度からは楽しめそうだ。
春休みということもありサクヤは二度寝をしようかと思ったが、あんな夢を見た後ではとてもそんな気分にはなれなかった。
二度寝を諦めた俺は二階の自室から一階のリビングへ降りる。この時間なら妹が朝食の支度をしているはずだ。
ちなみに、サクヤの両親はアメリカへ長期出張中だ。だから家事能力ゼロのサクヤに変わって一つ下の妹の恵美めぐみが家事をこなしてくれている。我ながら情けない兄だと思う。
家のキッチンはダイニングキッチンで、リビングと一緒になっている。だからリビングに入った途端に朝食の美味しそうな匂いが漂ってくる。はずなのだが、今日はなぜか、リビングに入ってもそれは無かった。
「おい、メグ?」
メグからの返事はない。部屋どころか家中が静まり返っている。
メグが寝過ごすなんてことは今まで一度もなかった。だが、今日から春休みだからまだ寝ているのかもしれない。そう思い、サクヤはまた二階に上がり、俺の部屋の隣にあるメグの部屋に行った。
「おーいメグ? いるかー?」
二度、三度ノックをしても中から音はしない。鍵はどうやら掛かっていないようだったので、サクヤはドアを開けてメグの部屋に入る。
女の子らしいピンクを基調にしたカラーリングに、女の子特有の甘い匂いが漂う。だが、妹相手ではなんとも思わない。
「メグ?」
何度呼びかけても返事がない。妹とはいえ、勝手に部屋に入り寝顔を見るのは僅かに抵抗を覚えながらもベッドを覗き込む。
しかし、そこに妹の姿は無かった。
この時初めて、サクヤの中に不穏な考えが過ぎった。さっきのあの夢。もしあれが夢でないとしたら……。
「まさかな……」
自分の考えを笑いのけて否定する。それでもサクヤは完全には否定できないでいた。どうしてもあれだけのリアルさを持った夢が夢だとは思えないのだ。
そんなこと漫画やアニメの世界ではない現実でありえるはずがない。だから俺は頭を振って強引にその疑念を払う。
ならば外で何かしているのだろうか。そう思い至ったサクヤは再び階段を降りた。外を見る前に一応家の中を探し回ったが、結局無駄足に終わった。
玄関に戻ってきたサクヤは、メグの靴を確認する。やはり、ない。ということはやはり外で間違いないはずだ。
そう確信して扉のノブに手をかけて開けた。
「なっ…………」
その刹那、目の前に広がった光景にサクヤは絶句した。
まず目に飛び込んできたのは、住んでいた日本の町並みではなく、ヨーロッパを感じさせるレンガ造りの建物群だった。その中には、写真で見たことのあるギリシャのような白レンガの建物や、茶色のよく見るレンガの造りの物まである。
最初、ヨーロッパに来ていたのかと思った。しかし、幾ら思い出そうとしてもそんな記憶はない。それに少し視線を落とせば、建物間の道は昔の日本のような土道という何ともミスマッチな景色があった。
これでようやくサクヤはさっきまでの疑念が確信へと変化した。
あれは夢なんかではない。いきなりあのよく分からない部屋にいたことや、目が覚めた途端に痛みを感じなかったことからあれは完全に現実でないとも言い切れない。
頭の中でなんとかそれだけは理解できたが、それと同時に生まれてくるのは理解以上の混乱と新たな疑問ばかりだ。
ここはどこだ。どうしてこんな所にいる。何がどうなっている。メグはどこにいる。
考えれば考えるほど訳が分からなくなる。ただはっきりしているのは、自分が今、日本ではないどこかにいるということと、妹のメグがいないことだけだ。
何がどうなっているんだ。俺はどうすればいい。
サクヤはその場で立ち尽くすことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます