「どんな人と出会って恋に落ちても、自分は変わらない。だから、自分がプラスになるような人と一緒にいたら、自分がどんどん高められる。尊敬できる人と、生涯を共にしましょうね」茉莉は、きっぱりと言うと、掛け時計を眺めた。

 時間は、二十三時を指している。「あ、終電間に合わなくなっちゃう」

「もう、そんな時間か」名残惜しいような、そんな空気が漂った。

「マシュマロピザ」茉莉は、笑った。

 裕二は、びっくりしたと同時に、茉莉の顔を見つめた。

「あなたのことは、なんでも知っているのよ。よかったね、マシュマロピザを食べに行ける、愛している彼女さんがいて」

 ニヤニヤとした顔をされると、非常に不愉快な気分になるのだが、なんでだか、今日は違った。

 それが、茉莉なのだ。

 それが、茉莉の中での、大人な対応なのだ。

 そうだ、ずっと。

 見守られていたんだ。

「茉莉は、甘いもの嫌いだろうが」

「そうだねー。私は、辛いものの方が好き」

「そういえば、よく激辛料理とか食べに行ってたな」

「泣きながらバナナジュースとか飲んで。今考えても、あのインドカレーの店主、激辛ソースかけすぎじゃなかった?いくら最強の5辛に挑戦したからって、みるからに真っ赤なカレーって、あれが初めて。しかも、激辛ソースって、ただの唐辛子とハバネロだけのものだったじゃない。あんなの飲んだら、喉が焼けて、声がでなくなるわよ。次の日まで響いたんだから」

「女の子が涙と鼻水に耐えてる様子って、なかなか見たくても見れない」裕二は、思い出して、笑いを堪えた。

「なんでデートで激辛料理食べなきゃいけないのよ。今思えば、なんだか、デートっていうより、ちょっとした遊びの感覚だったのかもね。二人でどこまで挑戦できるか」

「確かにな」

 茉莉は、鞄を右肩にかけて、玄関まで向かった。

「元気そうで、なにより」茉莉は、笑った。

「そっちこそ」

「いい影響をうけてね」

「そっちこそ」

「いい恋愛をしてね」

「そっちこそ」

「そっちこそしか言う事がないわけ」

「そうやって、すぐ怒るとこ、治した方がいい」

「裕二といなければ、怒りません」

「でたでた、すぐそういって」

 茉莉は、裕二の肩に手を置いて、目を閉じて、口づけをした。

 一瞬のことで、裕二は軽く放心した。

 目の前にいる茉莉は、裕二の顔を見ると、おでこにデコピンを一発喰らわせ、ニコリとした。

「さて、それじゃあ、私も次の相手見けよーっと」茉莉は声高らかに言った。

「次の相手なんかできません」

「うるさい。できるわ」

「できるわけありません」

「裕二以上の人を見つけたら、私、ハワイで挙式あげて、裕二に十万円くらい搾り取ってやる」

「あげません、行きません、知りません」

 耳を塞いだ仕草をして、裕二は、茉莉の肩を押した。「ほら、時間」

 茉莉は、背中を向けたまま、長く手を挙げて、伸ばした。

「元気でな」裕二は、背中に向けて、言った。

 茉莉は、そっとドアノブを回した。

 茉莉の背後には、暗い道が広がっている。

 けれど、その暗い道は、もうすぐ、明るくなる。

 マローブルー。

 別名、夜明けのハーブ。

 夜が明けるとき、二人は、それぞれの日常に還っていく。

 二人は、それぞれの今後を知る由もない。

 それでも、二人は、誰よりも深く、相手を知っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マローブルー 白鳥碧 @rara22

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る