外は、暴風雨になっていくようだった。雨のしとしとした音が、耳に伝う感覚が、好きだった。でも、しとしと、という表現が適切ではないくらい、ゴウゴウという風の音が聞こえてくる。

「出会うべくして、出会ったのよ」茉莉は、言った。

 泣いていたのが嘘のように、晴れやかな表情に戻っていた。

 裕二は、そっと、頷いた。「茉莉にとって、俺と付き合っていた時間って、無駄だった?すべて、消したい過去になった?」

「ううん」首を振った後、茉莉は、苦笑した。

「嫌な思い出ほど、残しておきたいものはない」

「どういう、こと?」

「喉元過ぎれば、熱さ忘れる。そんなことわざ、聞いたことない?」

「棚からぼたもちくらいしか」

「馬鹿」茉莉は、裕二の肩を叩いた。

「そういうことだよ。熱い恋ほど、冷めたらとても冷たくなるの。見えてくるものも、変わってくるの。二人だけの空間は、時間と共に客観視されていくの。世間体だったり、お互いの家族のことだったり、価値観だったり、お金の問題だったり、そういった現実的なことが見えてくる。二人にとって、プラスにならないものだったら、手放した方がいい。その方がたくさんのものが手に入る」

「今の、彼女だったりってこと」

「裕二は、顔だけはいいからね。性格は、ただのひねくれ者だけど。でも、そこがまた、いいのよ。心の底から、悪い人はいない。みんな、愛されたいだけだから。愛情が受け入れてもらえないとき、人は、おかしくなる。あ、私がおかしいって意味じゃないわよ」

「自分で言っておいて、自分でツッコミを入れるって相当」

「きてるって?わかってるわよ、寂しい人間ってことくらい」茉莉は、笑った。 梢の顔が、浮かんだ。

 梢は、寂しい人間ではない方だ。

 寧ろ、友達も多いし、明るい存在に近い。だから、茉莉が哀れに見えるのだろうか。

 誰かと比べてるから、そう、見えるのだろうか。

「おめでとう」茉莉は、笑った。「よかったね。もう一人じゃないじゃない」

 裕二は、目を伏せた。

 そういうことだったのか。

 茉莉が、急に家に尋ねてきた理由は。

「茉莉は、今、幸せなの?」裕二は、優しく尋ねた。

「自分が幸せだと思えたら、それで、幸せなのよ。人と関わっていなくても、私は今、気が楽なの。だから、幸せなのよ。でもね、幸せを見つけられる一番の方法って、人の幸せを見届けることなの。だから、幸せになりたかったら、誰かを愛してあげればいいの。そうしたら、結果的に、自分を愛せるのよ」

 視界がぼやける。暴風雨のようだ。

 冷たい雫が、頬を伝う。

 優しい、ひだまりのような茉莉の顔が見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る