…
「優しくしないで。優しくされることに慣れていないから、心臓に悪い」
茉莉の声に、裕二は我に返った。
自分には、梢という彼女がいるのだ。
「悪かったな」手を退けて、茉莉から距離をとった。
茉莉は、静かに微笑んで、懐かしい、と言った。
その言葉が、静かに胸に響いてきた。
懐かしい、という言葉は、どうしてこんなにせつない気持ちにさせるのだろう。茉莉は、あの頃のまま、でも確実に大人に、確実に美しい人になっている。
二年前、別れた頃の茉莉は、もっと純粋で、もっと幼稚で、もっと哀れだった。誰かが手を差し伸べてあげなければ、道を踏み外してしまいそうな危うさがあった。でも、今こうして目の前にいる茉莉は、もう純粋無垢なままの茉莉ではない。いろんな経験をして、いろんなものを見て、いろんな人と交わって、考えて、悩んで、一つ大きくなった茉莉なのだ。
茉莉が二年前、好きな人ができたの、といって浮気をして出て行ったあの日。
出て行った後に泣きじゃくった僕の顔を、茉莉は知らない。
二人で買ったペアのマグカップも、二人で観に行った夜景も、写真も、すべて燃やした。
壊してしまいたかった。
汚れてしまった。
なにもかも、壊れればいい。
でも、違ったのだ。
茉莉はどこまでも純粋無垢な心を持っていたのだ。
だから、一人になりたかったのだ。
何度も別れようという言葉に抵抗をし、その都度、茉莉は安心していたかのように見えた。けれど、実際は違ったのだ。安心なんかしていなかったのだ。本当に迷っていたのだ。
小さな喧嘩の連続で、価値観が合わないとぼやいていた茉莉を尻目に、ゲームなんかして、茉莉は、その度に甘えてきて、それを可愛がって、でもそんな怠惰な考えなんか、茉莉にはお見通しだったのだ。
自分を必要としてくれる誰かを、茉莉は求めていたのだ。
本当は、誰かの肩にもたれていたかったのだ。
それでも、それは、僕自身も同じだった。
男友達とつるんでいる時間は、呆れるくらい無意味なものだと感じていたし、つまらない話をしている時間より、女の子を愛す時間を大切にした方が人生にとってよっぽど意味のあることだと思った。
だから、あの頃、茉莉を一目見たとき、心惹かれたんだ。
どこにも属さない茉莉が、他人と境界線を引きたい様子が。
なんとなく、腑に落ちないものがあった。
茉莉の心の中を覗いてみたいと思った。
それが、間違えだったのかもしれない。
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