「あなたの話をして。一方的に話を続けるのは、苦手なの」

 茉莉はそう言うと、飲み物をとってくると呟いて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、口をつけて、そのまま飲んだ。

「おい、そのまま」

「後で、お金払えばいいんでしょう」

 傍若無人な態度は、まるで変わっていない。

「失礼な態度をとっていたのかわからないけど、茉莉と付き合っていた時は毎日が新鮮だったよ。茉莉のペースに合わせるのは疲れたけど、それはそれで、居心地がよかった。茉莉が一人になっている姿を見て、どうにかしてあげたいと思ったし。茉莉を見た時さ、本質的に、この子は寂しがり屋だと思ったよ。警戒心が人一倍強いし、放っておけない危うさがあった。高校を卒業してから東京へ出て、茉莉以外の女に言い寄られても靡くことはなかったし、どこかで茉莉を意識してた。都会に馴染めるか、右と左に流されていくようにどんどん身を任せてしまうのではないかと。別れると、茉莉は急にいなくなってしまった。連絡がつかなくなって、よくわからなかった。茉莉はすぐ帰ってくると思ってたし、実際、待っていたんだ。でも実際は、戻ってこなかった。すぐに家を引き払ったよ」

「それで、新しい彼女さんができた、と」

「梢は、ちゃんとしてる」茉莉よりも、と言いたい口を抑えて、呟いた。

「いいねえ、モテる人は」

 茉莉は今まで、どこで何をして、何を見て、どう過ごしていたのだろう。そんな考えに、背筋が凍った。言いようのしれない孤独感に包まれていた茉莉を思うと、心なしか、同情してしまった。

 これが、愛の形だろうか。

「茉莉が突然消えて、新しい彼氏ができたって聞いたから、幸せになってよかったって思ってたよ。でも、ぽっかりと大きな穴があいたようだった。道しるべが一つ消えてしまったようでさ。一人の女の子が、僕の前に現れたんだ。それが梢。今でも付き合っている。茉莉と正反対の性格で、趣味も思考も大人びてるし、落ち着いてるよ。すぐ気性が激しくなる茉莉とは違って、包み込んでくれるような優しさがあるんだ。茉莉にはさんざん振り回されていたから、安らげる気がした。時間がないっていえば考えてくれるし、茉莉みたいに、泣いて困らせたりはしない。仕事で色々あって、それでもなんだかんだ、梢がフォローしてくれて。優しさに埋もれたくなったら、梢に頼るんだ」

「そうなんだ」

 茉莉は、目を閉じた。

「夜は、嫌いなの」茉莉は、呟いた。「寂しくなるから」

 音楽は、it's my lifeのアップテンポから、バラードのdont'speakに切り替わった。それが、寂しくなるから、という言葉と同化した。

 意識を離すと、外から、雨音がしてきた。

 雨音から察するに、外は酷く荒れているようだった。

 まるで豪雨に近いような激しい音だった。台風になるかもしれない。

 瞼を閉じて、途切れた音を紡ぐように、過去の記憶を辿っていった。

 視界が開くと、過去の記憶は瞬く間に流れていく。

 茉莉と過ごす日々を忘れるために、そっと、ずっと、梢に癒着していた日々が、目に見えてきた。

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