第30話
イケメンさんとのいつもの会話から数日後、私はいつもより少し早めに学校へと向かった。朝の空気を味わいながら歩く中で、私は風で頭を冷やしながら、今回も訪れようとしている『本番』に備えていた。何度も復習は済ませたけれど、やはり緊張はぬぐえないものだ。
色々と考えながら教室に入ると、既に先客が待っていた。
「あ、おはよう!」
「おはよう……」
こうやって挨拶をされる事も、完全に日常の一部になっていた。これが普通の学生生活、と言うものなのかもしれない。
そして、やっぱり話題は――。
「テスト大丈夫ー?」
「う、うん……一応……」
――今日行われる、授業の小テストの事だった。
前も定期テストがあったような気がするけど、私の学校は本当にテストが多かった。全教科挙げての大掛かりなテスト以外にも、毎週漢字の20問テストに英単語の20問テストが朝にあり、それに加えて教科によっては小テストが頻繁に行われる事もあった。どれもきっと、私たちに学校以外の場所で自主勉強をさせて学力を上げるという目的があったのかもしれない。現に予習や復習をしっかりこなせば、こういったテストは満点は無理でも、そこそこの良い結果は得られるものだ、と私は考えていた。
でも、それはあくまで私個人の考えであって、そんな考えを全く察しない人もいた。
「なー、頼むからー」
「だ、駄目に決まってるじゃん……」
テスト前の休憩時間に私がクラスメイトの友達と話していると、とある会話が耳に入った。それは男子のクラスメイト二人――私たちと同じ飼育当番――のやり取りだった。体育系で筋肉がいっぱいありそうなクラスメイトが、隣の席にいる眼鏡をかけた方に何かを頼み込んでいたのである。友達の言葉に促されるようにその話をつい盗み聞きしていると、その内容が私にとって信じられないものだという事が分かった。
この体育系の男子、なんと今回の小テストの内容を隣の席のクラスメイトの答案をこっそり見ながら書こうとしていたのだ。
「そんな事したら……」
「ばれないようにするからさー、な?いいだろ?」
昨日うっかりゲームに没頭して勉強を忘れていたから、と言う理由だったようだけど、流石にそれはどうなのか、と心の中で思ったその時、二人の視線が私たちの方に向いた。ずっとこっそり会話を聞いていたのがばれてしまったのだ。そして、体育系のクラスメイトが、私たちに語りかけた。どうせばれないんだから、別にこういう事やっても大丈夫だよな、と。
何アホな事を言ってるの、と私の隣の席の友達は怒りながら返答をしたのに対して、私はすぐには何も言えなかった。
こういう時に自分の意見をはっきり言うと、大概は酷い目に遭ってしまう。もしそれが正しかったとしても、相手の力の前にねじ伏せられ、悪いのは全て私になってしまうから。地獄だった頃の学校生活が頭の中で再び再生されてしまったのだ。
でも、今の私がいるこの場所には、私の考えを一切認めない、と言う考えを持つ人はいなかった。むしろ、三人は私に積極的に意見を出すように求めていた。
「ねえ、ああいうのって良くないよね?」
「えー、別にばれなきゃいいだろ、なぁ?」
「ぜ、絶対僕は反対なんだけど……」
そして、私は少し緊張しながら、はっきりと意見を伝える事にした。
カンニングなんて行っても、絶対に後でばれてしまう。だから、やっちゃいけないと思う、と。
「え、いや、で、でも、その……」
「『でも』も『その』もないでしょ……。
だいたい、あのテストって選択式の問題だよ?全部同じだったらすぐにばれるに決まってるじゃない」
私の言葉に続いた、隣の席の友達の叱咤を受けた時、体育系の男子――私と同じ飼育当番のクラスメイト――は、ふと何かを考え始めた。そして、少しづつその顔は妙な自信が溢れる笑顔になっていった。
選択式のマークシートなら、記述式と違って適当でも回答を記入すれば、当たる可能性が絶対にある。下手な鉄砲でも、数打てば満点に近くなるかもしれない。いちいち誰かの答えを写さなくても、自分で気ままに考えればいいんじゃないか。
何を言っているんだろう、と回りは呆れ顔だったけれど、当の本人はテストに対する自信を取り戻したらしい。カンニングなんて卑怯な真似は絶対にしない、と言う掌返しも含めて。
そして、彼は私に向けて、ありがとう、と言う感謝の言葉を伝えた。その意味を理解する事ができずに一瞬固まってしまった私に気づいたのか、私の隣のクラスメイトが声をかけ、励ましてくれた。
「あいつ、貴方がああいうこと言って結構びびってたみたいだねー」
「え、そ、それって……悪い事なのかな……」
「違う違う。むしろ逆だよ」
物静かで無口で引っ込み思案、それでいて成績は体育以外かなり優秀。そんな人にはっきりと悪い事だと指摘されれば、驚くのも当然だ。そう友達は言った。
正直、そんな実感は私には湧かなかった。あの男子生徒――私と同じ飼育小屋担当のクラスメイトにとって、私と言う存在が、まるで天の上のようだなんて、とても考えられなかった。でも、そうでなければ、馴れ馴れしかった彼の態度が、私が意見を伝えた途端に自信をなくしたかのようになった説明がつかないだろう。
もっと自分に自信を持っても良い。今まで何度も何度も、イケメンさんやお父さん、お母さん、そしてクラスメイトに言われていた言葉だ。でも、今回の出来事を目の当たりにして、その言葉に秘められた意味がようやく私は分かったような気がした。
決して自分の鼻を長くして天狗になれ、と言う意味じゃない。私にも、しっかりと意見を言い、他の人を導くだけの力がある、と言う事を認識する、という事だ。あのイケメンさんと同じ事が、私にも出来たのだから。
「じゃ、テスト頑張ろうか!」
「う、うん……ありがとう……!」
しどろもどろにならず、口ごもらずに、私ははっきりと『友達』に感謝の言葉を伝える事ができた。
ちなみに数日後、小テストの結果が返却された時――。
「あー、あと三神君?」
「は、はい!」
「後で職員室の僕の席まで来るように」
「……は、はい」
――やっぱり勘だけでは無理だった事が、嫌でも証明されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます