第29話
休日になると毎回図書館に立ち寄り、大好きな本を借りた後に大好きなイケメンさんと一緒に色々なことを語らう。気づけばそんな日々も、非日常から完全に日常になっていた。出会った頃は、私の夢やおかれている現状、そして落ち込みそうな私の心のような少し深刻な話題ばかりだったけれど、それらの要因がいなくなった後は、他愛の無い会話や時事問題、そして学校での出来事のような、気楽な会話が多くなっていた。
いつも話題を提供してくれるのは、爽やかな笑顔にふんわりとした髪のイケメンさんだけど、私の方からも少しづつ色々な事を話せるようになっていた。
他人に意見を聞き、それに従うのも大事だけど、やっぱり自分で物事を考えて行動する、と言うのが一番良い、と言うイケメンさんの言葉が後押しになったからか、私も少しづつだけどはっきりと色々な意見を出せるようになっていた。お父さんやお母さん以外にも、クラスのみんな、そしてイケメンさんにも。
ただ、それでもやはり場合によっては、今までの私のように不安に苛まれてしまう事もある。
「……本当に大丈夫かな、って心配になってしまうんです……」
「ま、そうだろうな……」
人事尽くして天命を待つ、とは言うけれど、やっぱりテストが近いといくら勉強しても不安になってしまうものだ。中間や期末のような定期テストではなく、授業のはじめの時間に行う小さなテストだけれど、しっかりと成績の判断の基準になると言われてしまうと、どうしても緊張はぬぐえなかった。
私の口から言ってしまうとちょっと恥ずかしいけれど、学年の中でも私は成績が良い方で、この前の定期テストでも苦手な体育以外はどれも高得点を出すことが出来た。でも、だからと言って成績トップと言うわけではなく、いつも90点台や80点台後半を出す人たちも何人かいた。
そういう人たちを見ていると、つい不思議に思ってしまうことがある、と言う話題を出そうとしたけれど、まるで心を読まれたように、私の言葉をイケメンさんが代弁してしまった。
「そういう人たちって、大概学校だと全然勉強しないで遊んでばかりだよなー」
「あ、は、はい……つい思ってしまって……」
私が言おうとしていたのに、なんてイケメンさんに文句を言ってしまうなんて事は流石にしなかったし、そうやって話題を振ってくれると逆に嬉しかった。まるで私の『先生』や『お兄ちゃん』のように、様々なアドバイスを伝えてくれるからだ。
正直なところ、イケメンさんの言うとおり、私がそういう人たちを不思議に思ってしまうのは、勉強の仕方が全く違うからだったかもしれない。イケメンさんと出会う前――例の女子生徒が、まだ学校にいた頃――からずっと、私は学校でも家でも読書をしたり、授業の予習や復習をしたり、空いている時間を見つけてはしっかりと頭に様々な情報を刻み込んでいた。何度も何度も繰り返すことで、記憶の回路が強固なものになるという効果があるから、かもしれない。
でも、いつも好成績を出す人たちは、休憩時間は思いっきり友達と遊んだり、こっそり持ってきた漫画を読んだりしている一方で、授業中は真剣になって話を聞き、先生の話を一字一句逃さず聞いている。一度聞いたものをその瞬間に頭に刻み込む、と言う勉強方法だ、とイケメンさんは言った。
「勿論、誰も見ていないところでの努力はしていると思うぜ?でも、その人にとって一番重要なのは、生で聞く授業の内容なのかもしれないな」
「そうか……そうかもしれないですね……。
私も前に先生から、毎日の授業が、一番勉強の参考になるって聞いたことがあります……」
そんな私も、他の多くのクラスメイトのように塾に通うことは無く、基本的には教科書やノートを参考に、毎晩予習や復習に勤しんでいた。確かに授業で分からない内容を知りたかったり、より深く内容をつき進めたいというときは様々な塾も向いているかもしれない。でも、人によっては――と言うより私の事になってしまうけれど、場合によってはむしろ塾ではなく、自分のペースでしっかりと勉強した方が、内容が身につく、と言う事もあるだろう。
「……なんだか、分かった気がします」
「へぇ、どんな感じ?」
「やっぱり、人それぞれなのかもしれないですね。
それぞれにあった形で、色々な勉強に励んでいる……」
こちらから出した質問なのに、答えを自分が見つけてしまった事をつい謝ってしまった私だけど、勿論イケメンさんは笑って許してくれた。案外そういう時は、誰かと話して頭の中身を整理すれば、散らかっていた記憶の中から答えを導き出せるものだ、と言うアドバイスも添えて。
だけど、今回はそれだけではなかった。
「『好き』って言うのも、人それぞれさ」
そう言いながら笑顔でウインクするイケメンさんの顔を見た途端に、私の頬は真っ赤になってしまった。せっかく先程整理されたばかりの頭の中もあっという間に散らかってしまい、どう反応をして良いのか、適切な答えを導き出せなかった。またな、と言って去っていったイケメンさんの背中を、私は深いお辞儀をして見送る事しか出来なかったのだ。
確かに、私はイケメンさんの事が好きだ。絶対に『嫌い』なんて言うことは無い。物凄く乱暴に言ってしまうと、『恋』している。
だけど、その事実を深く掘り下げさせないような、まるでベルリンの壁を心に作ってしまいそうな、真反対な気持ちも心の中で根付いてしまっていた。今までずっと自信が無いまま、動物たちだけに心を許す事ができた日々を、ずっと引きずったままなのかもしれない、そう私は考えてしまっていた。やっぱり、イケメンさんの言うとおりに過去を忘れる事なんて出来ないのかもしれない――。
――あの時は、ずっとそう考えていた。だけど、今思い返すと、それはある意味、私たち『人間』が持つ、「野生の勘」に近いものだったのかもしれない。
それが活かされてしまう日が少しづつ近づいている事を、まだ私は知らなかった。いや、知っていたかもしれないけれど、敢えて無視していたのだろう。楽しい日々を、もっと続けたいという思いによって……。
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