第18話
今に至るまで、私は数え切れないほどのテストを受け続けた。憧れの学校に入学するため、学校での授業の単位や卒業資格を得るため、はたまた自分の実力を確かめるため、目の前に立ちはだかる壁を突破するために頑張って勉強を重ね、そして乗り越えてきた。
でも、あの時――イケメンさんとの出会いを経て、心機一転で臨んだあのテストほど、気合が入ったものは無かった。そして、結果の重みや嬉しさをあれほど感じたことも。
「凄いじゃないか!」
「よく頑張ったわねー!」
連日返ってくるテストの結果を報告するたび、お母さんもお父さんの顔は嬉しさに溢れていた。二人のあまりのはしゃぎ様に当の私は気恥ずかしさすら感じてしまったけれど、内心私も同じ気分だった。
最初のテストの90点台を皮切りに、得意な教科は軒並み80点台後半や90点台と言う結果となり、苦手な教科も今までと比べて良い結果が解答用紙に書かれていた。さすがに全ての結果が80点台や90点台と言う訳ではなかったけれど、『私』にしては大きな進歩だと褒めてくれた先生もいた。みなの前で褒められるのはやっぱりどうしても慣れなかったけど。
実技で大半の評価をつける体育だけはどうにもなりそうになかったけれど、それ以外はまさに『空前絶後』と言う言葉がぴったりだった。正直、引っ込み思案だった私でもつい誰かに自慢したくなりそうなほど、天に昇った心地だった。
そして、お父さんやお母さんと同様に大いに喜んでくれた人たちがいた。
「今日もテストが返ってきたよ……とっても凄い結果だったんだ」
クラスの中ではどうしても気恥ずかしさや怖さで表に出すことが出来なかった嬉しさを、私は飼育小屋にいるブタさんに思いっきり伝えた。確かに全ての教科が軒並み良かったというわけではなく、一部の教科は前回のテストとあまり変わらない結果になった。でも、前回より得点が下がったものは一つも存在しなかった。自分で言うのはあれかもしれないけれど、努力した価値は大いに実ったという訳だ。
「本当に嬉しいんだ……ブタさんやイケメンさんたちに応援されたからだよ」
ありがとう、と私が言った途端、ブタさんが野菜を食べる速度が突然上がった。私の手から野菜を奪い、吸い込んでしまいそうな勢いで口に入れ、そして一気に飲み込んでしまったのだ。そして、大きく短い声でブタさんは鳴いた。
あの時、私はブタさんが自分に喝を入れているものだと信じ込んでしまった。いくら嬉しいからといって、あまり調子に乗りすぎると大変なことになる、以前イケメンさんが私に伝えてくれたメッセージと同じだ。嬉しいことが続くと言う状況に慣れていなかった私は、一度おだてられるとすぐに有頂天になりがちだから、注意しないいけない。そうブタさんが言っているように私は感じてしまった。
「……そうだよね、気をつけないと。ありがとう」
ただ、今になって振り返るとあれは単なるブタさんの照れ隠しだったのかもしれない、と私は考えている。あの時、一瞬だけブタさんはそれは違う、と言う感じの複雑な瞳を私に見せていたから。
挨拶をして飼育小屋を出た私は、見回りをしていた事務の先生と出会った。
イケメンさんと同様、テストに向けての勉強の最中は事務の先生ともなかなか会う機会を見つけることが出来なかった。私の心に再び嬉しさが宿ったのは、そういう理由もあったのかもしれない。
「へぇ、凄いじゃないか!」
テストの結果はどうなったのか、と尋ねられた私は、素直に今回の結果を伝えた。すると事務の先生も、お父さんやお母さんと同じくらい、いやそれ以上に喜んでくれた。かなりの高得点を連発した、と言う事も先生にとってはとても嬉しかったと言う。学校に勤めている身として、生徒の日頃の努力が見える形で現れたと言うのは自分たちの努力も報われたということに繋がるらしい。
「あ、ありがとうございます……」
「どうしたんだ?もっと喜んでいいんだぜ?」
先程のブタさんの喝を思い出してしまった事もあるけれど、それ以上にクラスでのことを思い出し、私は事務の先生の好意を素直に受け取り、それに対する感謝をいっぱいに表すことが出来なかった。
テストが返却されると、次の休憩時間には必ず女子生徒が私の席を取り囲み、自分たちのテストを見せびらかしていた。そうやって私よりも点数が高いという現実を見せつけ、大いに笑うためだった。でも、今回は私の席を取り囲むたびに彼女たちは狼狽し、カンニングだ、採点ミスだ、先生買収だ、と喚き続けていた。私とは対照的に、彼女達のほうは以前のテストよりも得点を落としていたということも理由だったのかもしれない。
それでも私はその声に耐え、必死で気にしない振りを続けた。そんな様子に諦めたのか、彼女たちは次第に私の周りに集まらなくなっていた。ただ、その代わりに近くの席で私に聞こえるような大声で悪口を言い続けた。
『また得点高いんだってー』
『ったく、ブタ子の癖に調子に乗って……』
傍から見れば単なる僻みだったかもしれないけれど、私にとって辛い時間だったのは間違いない。
それでも、事務の先生には今回もそれを打ち明けることは出来なかった。
「まぁ、油断しないって言うのは良い事じゃないかな」
「す、すいません……」
「いやいや、そんなに緊張しなくても大丈夫だぜ……」
何かあったら相談に来て欲しい、ついでに勉強も教えて欲しい。私の心を解きほぐすような冗談を交えながら、事務の先生は飼育小屋の前を後にした。
そして次の日、最後のテストが戻ってきた。そこに書かれていた点数もまた、私にとって自己最高を記録するものだった。
でも不思議なことに、例の女子生徒は休憩時間も、その次の時間も私に近寄ることは無かった。それどころか、罵倒の言葉すら一切投げかけてこなかったのだ。一体どういう事なのか分からなかったけれど、私はどこかふわふわとした、宙に浮いたような不思議な気持ちのまま学校での一日を過ごした。
だけど、一つだけ気になる点があった。私に一切話しかけなかった代わりに、例の女子生徒は休憩時間になると集まり、内緒話をしたかと思えばどこかに向かっていたのだ。その時の私には、何故そのような事をしたのかと言う理由は一切想像が出来なかった。
まさか、あのような酷いこと――今振り返ってみてもとても悲しく、そして腹立たしい事を引き起こすなんて、夢にも思わなかった。
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