第16話
今まで一番長かった一週間が終わり、待ちに待った日曜日がやって来た。
テストが終わり、再び図書館に向かうことが出来るという気持ちで私はいっぱいになり、ついその足も速くなっていた。勿論大好きな本をたくさん読んだり借りたりすることが出来る嬉しさも理由だけれど、もう一つ、私には別の楽しみがあった。
「よっ、久しぶり!」
その楽しみ――まだ名前も知らない不思議なイケメンさん――は、いつもと変わらない爽やかな笑顔とふんわりとした髪、そしてお洒落な服で、眼鏡をかけたぽっちゃり気味の私を待っていた。
「お、お久しぶりです……!」
テスト勉強に集中するために、私はずっとイケメンさんと会っていなかった。恋愛を勉強に持ち込んでしまえば、そちらの方に熱が入って勉強が疎かになってしまう、と言う言葉もあるかもしれない。でも、私は逆に、イケメンさんへの想いを原動力に変え、勉強に励むことが出来た。イケメンさんのお陰で掴み始めることが出来た私の『未来』のため、目標へ向けて努力することが出来たのだから。
数日にも及ぶ長丁場が終わった私を見たイケメンさんが言った、どこか吹っ切れたような感じに見える、と言う言葉は正しかったかもしれない。今まで何度もこういうテストを乗り越えてきた私だけど、これほど緊張や不安がのしかかったテストは無かった。きっと、その反動が一気に来ていたのだろう。現に私の心も、弾むように軽やかな気分で満たされていたからだ。
「ほんとよく頑張ったなー」
「い、いえ、ありがとうございます」
私の頭を撫でてくれるイケメンさんは、まるでもう一人の先生のようだった。
ちゃんと見直しはしたか、帰ってから確認はしてみたか、同じことをテストの最終日に担任の先生も言っていた。でも私には、そう言うようにと指示されたから生徒たちに告げているだけのように聞こえてしまった。テスト期間の女子生徒の行動にも気を配っていない様子だった事も、悪い言葉になってしまうけど先生に対する『不信感』のようなものをより募らせる元仁だったのかもしれない。担任の先生は、単に『先生』と言う仕事をこなしているだけなのだ、と。
その気持ちで、余計にイケメンさん――私の事をいつも気遣ってくれる、優しく頼もしい人――の言葉が身に染みる事となった。
勿論、イケメンさんの心配は無用だ。いつも先生から言われていた通りの事をしっかりと済ませていたからだ。
早く問題が解き終わった時には、少し時間を置いてもう一度じっくり見直しを行う。家に戻ったら、今日のテストの内容をもう一度確認しておく――イケメンさんは凄い驚いていたけれど、それらの事柄は私にとって当たり前のことになっていた。
「やっぱり凄い真面目なんだな……」
「い、いえ……やっぱり私って……」
何の取り柄も無いから、と言いかけたけれど、私はそれを口に出すのをやめた。
動物が大好き、とても真面目、それだけでも十分にイケメンさんと楽しい時間を過ごし、事務の先生と会話ができる十分な取り柄になっているからだ。
「それでテストの方は何点だったんだ?まさかスポーツ種目みたいに100点突破したとか……」
「そ、それは流石に……それにまだ一つも返ってきてないです」
「あ、そっか悪い悪い……」
数日前まで行われたテストの結果は、今の所どの先生からも返ってきていなかった。私も含めた大量の生徒の回答用紙を一気に採点する訳だから、時間がかかっても仕方ないだろう。配点や採点のミスが起きないように、先生も苦労しているようだ。もしかしたら将来、大学で似たような苦労を味わうことになるかもしれない、とふと私は考えてしまった。
「で、でもきっと良い点数だと思うんです……!」
「ほう?」
普段なら尻込みしてしまいそうだけれど、イケメンさんに会えて、しかも褒められた嬉しさで、私の気持ちはさらに舞い上がっていた。長い苦労を無事に終えた快感もあったのかもしれない。きっとどの教科も、今までより良い成績が残るかもしれない、それだけ努力してきたのだから間違いないだろう、引っ込み思案だったはずの私の口から、矢継ぎ早にたくさんの言葉が飛び出した。
ところが、嬉しそうな私とは対照的に、ふとイケメンさんはどこか不安そうな表情を見せた。それに気づいた私は、一体どうしたのか、と尋ねた。その時に慌てた口調になってしまったのか、そこまで深刻なことじゃないから心配しないで欲しい、と宥められてしまったけれど、イケメンさんははっきりとわたしに言ってくれた。
「勝って兜の緒を締めろ、って言葉を思い出しちまってな」
例え勝ち戦でも、それに溺れて油断をすれば、敵はどこから逆襲してくるか分からない。だからこそ、結果が良いときこそ油断しないように慎重に行動をしたほうが良い、と言うことわざだ。君にはそういう心配は要らない、とすぐにイケメンさんはフォローしてくれたけど、私はしっかりとその言葉を胸に刻むことにした。
「そうですよね……油断大敵ですから」
「ま、俺もよく油断して酷い目にあったからさー」
イケメンさんは、兜を用意して戦いに備える、と言うよりも、常に自然体で臨んでいるように私には見えた。自分を無理に飾らず、失敗談も成功談も同列にとらえて私に語ってくれる、そんな姿勢が大好きだった。
「ま、あくまで例えだからな。気にしないで欲しいぜ」
「分かりました。私はまだまだ若いですから……」
つい口に出た言葉を、イケメンさんにくすりと笑われてしまった。私の口から『若いから』と言う言葉が出るのは、不似合いだったみたい。
最悪の場合を常に想定し、失敗をしても挽回できるようにする。
私は、心の中でしっかりと兜の緒を締めた。
だけどこの時、私はイケメンさんがこのことわざを告げた本当の意味を全く考えていなかった。このテストが、まさかあのような事態を引き起こすことになるなんて、予想できる訳が無かったからだ……。
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