第14話

「ただいまー」

「おかえり」


 私が家に帰ってきたとき、既にお父さんやお母さんは喫茶店から帰宅し、私の帰りを待ってくれていた。美味しいご飯を用意しておいた、優しく声をかけてくれたお母さんだけど、ふと何かに気づいたかのような表情になった。


「それ、町で買ったの?」

「う、うん……」


 お父さんとお母さんと同じように、私も不思議なイケメンさんと『デート』をしに行った事は、二人には内緒であった。だから少し緊張した声になってしまったけれど、素敵なデザインだと言うお母さんの言葉にすぐに安心した。親からの褒め言葉は照れくさいところはあったけど、やっぱり心から落ち着くことが出来るものなのかもしれない。

 でも、その後お母さんは私にある言葉でしっかりと釘をさした。いくら良いデザインの飾り物でも、学校に持って行ってはいけない、と言う校則は守ってもらうように、と。勿論私は了承の頷きを返した。そもそも今までお洒落と無縁だった私はこういった規則を意識することは無かったし、万が一持っていったとしてもあまり見せびらかす機会なんて無いからだ。むしろ、そういうのを持っていけば、私の元には災難を引き寄せかねない人たちが集まってしまう。


 このバンドに込められた想いは、二人だけの秘密にしておこう。私はそう考えた。


 そして本日の夕食のメインは、私の大好きなサバの焼き魚だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 生まれて初めてのデートの翌日から、私の学校はテスト週間に入った。

 

 普通より早めに帰ることが出来るのは良いけれど、学校の授業も朝礼も、テストへ向けての勉強一色になっているので、あまり遊び放題という雰囲気ではなかった。今までも私はこの期間を利用してしっかりと勉強を重ねてテストに臨んでいたけれど、今回は今まで以上に熱が入っていた。イケメンさんとの出会いをきっかけに未来への夢を見つけた私は、その実現の第一歩として今まで以上の高得点を取るために頑張ろうと決意していた。それまでは、毎週の楽しみだった図書館や、そこでのイケメンさんとの会話もしばらくお預けだ。


 休憩時間でも、私は教科書をじっくりと読んで勉強を続けていた。どうしても苦手だった教科も、今回の範囲は私の大好きな生物に関する内容、それも最新の科学を題材にしたものと言うことで、難しい漢字もしっかり頭の中に入ってきた。

 でも、そんな私をさえぎるかのように、近くで賑やかな――悪く言うと鬱陶しくやかましい声が聞こえ始めた。


「ねーねー、それ高かったんでしょ?」

「まぁね、町に行って買ってきたんだから♪」


 例の女子生徒たちは、テストが近いのに余裕の顔であった。それでも彼女たちは頭が良いのかいくらさぼっているようでも全くテストに影響が出ず、毎回高得点をとっては先生に褒められ、そして私にその結果を見せびらかしていた。

 ただ、今回私が驚いたのはその態度ではなく、女子生徒の一人が仲間に見せびらかしているものだった。彼女の腕に巻かれていたのは、あの時私がイケメンさんと一緒になって選び、宝物にしているあのバンドと同じデザインだったのだ。お洒落な柄を手首周りに見せながら、彼女は町の中で買ってきた事をたっぷり自慢していた。

 そして、私の視線が自分たちに向いていることに気づいた彼女たちは、獲物を見つけたようにすぐ私の机の周りに寄ってきて、例のバンドを見せびらかし始めた。


「あれー、ブタ子こういうのに興味あるのー?」

「えー、ブタなのにー?」

「『ブタに真珠』だから食べたがってるんだよ、きっと」

「そっかー!あはは!」


 机を取り囲みながら次々に出てくる彼女たちの言葉を、私は今回も耐え続けた。でも、今までずっと受けていた同じような仕打ちのときとは違い、私の心には彼女たちの言葉に反抗する『強さ』が生まれていた。

 あの日、町の中で購入したバンドは、私とイケメンさんの間にある大事な宝物だ。誰かに見せびらかすようなものでもなければ、校則を破ってまで学校に持ち込むようなものでもない。むしろそのような事をしてしまえば、私とイケメンさんの間の信頼が崩れてしまう。だから、彼女が自慢してくるバンドは、私の知っているものとは全く別物である、そう私は考えていた。

 それに、彼女たちは相変わらず大きな勘違いをしている、と私は考えていた。ブタさんには鏡に映った自分の姿や、お世話になっている人々、そして食べ物の良し悪しもしっかり見分けるだけの頭脳を持っている。人間が気づいていないだけで、ブタでも『真珠』の価値を分かっているのかもしれないのだ。


 そんな私からの反応が返ってこないことに気づいた彼女たちは、チャイムと同時に不満そうな顔で自分たちの机に戻っていった。


 そして、午前中の授業が終わり、いつも通り私は一人で弁当を食べ、その後は教科書やノートを出して勉強を続けていた。周りの席を見ると、私と同じようなことをしている人を何人か見かけた。みんなもそれぞれの方法で、次のテストへ向けて様々な準備を重ねているのかもしれない、と考えていた時だった。


「何やっとんじゃ、お前らは!」


 突然、外から物凄い怒鳴り声が聞こえてきた。あの生徒指導の先生だ。様子が気になって見に行く人もいたけれど、私はそのまま自分の席に留まっていた。わざわざ行かなくても、先生の声がとても大きいせいで何が起こっているのかだいたい分かってしまったからだ。

 案の定、先生の声が収まった後に教室に戻ってきたのは、意気消沈した顔の女子生徒たちだった。その一人の右腕に、先程までずっとつけていたバンドは無かった。校則に違反しているにもかかわらず、堂々と見せびらかして歩いていた事が仇となってしまったようだ。さらに、今まで何度も同じように校則違反を続けている事が原因となり、とうとう先生から説教を食らう羽目になった、と彼女たちは口々に文句を言い続けていた。


「ほんと、『あいつ』がいるからだよね……」

「『あいつ』のせいで、私たちは……」


 文句を言い合う途中で、やはり彼女たちの視線は私のほうに向かった。苦し紛れの言い訳のように、その怒りの矛先は確実に『ブタ子』の方に行こうとしていた。でも、今回も結局は授業開始のチャイムが鳴り、女子生徒たちは私の元に直接行く機会は訪れなかった。


 今思い返せば、本当に不思議な話だ。

 あの日――イケメンさんからの励ましを受け、私が立ち直ることが出来た日――以後、私を『ブタ子』と呼んでは様々な苛めを用意し続けていた女子生徒たちが、突然様々な不幸を受けるようになったのだから。偶然にしては出来すぎているかもしれないけれど、それでも私はざまあみろ、と言う気分も、妙だなと言う感じも起きなかった。あの時の私は、ただ夢を追い求め、もう間もなく訪れる重要な事柄に向けて必死に取り組んでいたからかもしれない。


 テスト開始まで、あともう少し。

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