第13話
「ひー……わ、悪い……少し寝坊しちまった……」
「だ、大丈夫ですよ……」
私の人生最初のデートは、全速力で走ってきたせいでヘトヘトになったイケメンさんから始まった。
昨日はあまりにも緊張して眠ることが出来なかった私だけど、気づかない間にぐっすりと眠っていたようで、お母さんに起こされずに心地よい目覚めを迎えることが出来た。二人で喫茶店に『デート』しに向かったお父さんやお母さんを先に見送った後、私は最大限のお洒落をして待ち合わせ場所である図書館に向かった、と言うのがここまでの流れだ。最初はイケメンさんは先に着いていないか、私を待っていないかと少し心配だったけど、実際はイケメンさんの方が待ち合わせ時間から数分遅れでやってきたと言う形になった。
「いやー、悪い悪い。昼飯代全部おごるから勘弁してくれよー」
「べ、別に大丈夫ですよ……それに全額だなんて……」
そんな私に、心配するな、とイケメンさんは力強く、でも暖かく肩を叩いてくれた。
そして二人はいつもの図書館から離れ、賑やかな町中へと歩き出した。
「おーい、こっちだぜー!」
「わ、ま、待ってください……」
今日は三連休の最終日とあって、町の中はたくさんの人で賑わっていた。確かに何度か図書館からの帰り道に町の中へ行き、ファーストフードの店でご飯を食べたことはあったけれど、こうやって誰かと一緒に町を巡るのは初めての経験だった。しかも今回は異性の人、しかもとびきりのイケメンさんとのデート。その緊張からか、やはり私は足が遅れて人並みに紛れ込んでしまったり、色々と迷惑をかけてしまった。
「ご、ごめんなさい……信号に引っかかるなんて……」
「いやいや、こっちこそ悪かったよ。ペースを落とそうか」
どこへ行こうか悩んでしまう私とは対照的に、イケメンさんはぐいぐいと私を先導し、町の色々な所を巡ってくれた。とは言え、今のところはアーケードに包まれた商店街のあちこちを回っているだけだけど。
「それにしても、さすが休日だな……こんなに混んでるなんて」
「そうですね……」
そしてあまり長い距離は歩いていないはずなのに、私もイケメンさんもすっかりお腹を空かせてしまっていた。ちょうど近くに私がよく立ち寄っているファーストフードの店があったので、そこで休憩がてらお昼ご飯を食べることにした。意外にもイケメンさんのほうはこの店に来るのは初めてだと言う。
少し順番待ちをした後、二人で好きなものを頼むことにした。最初、私はイケメンさんと同じものを頼もうかな、と考えていたけれど、それはとても難しいと言うことがすぐに分かってしまった。
「「いただきまーす」」
二人で声を合わせて合掌した途端、イケメンさんはすぐさま目の前にある海老バーガーにかぶりつき、直後にLサイズのポテトにも手を伸ばした。フィッシュバーガーを静かに食べている私とは対照的に、イケメンさんはたくさんのバーガーや大量のポテトを次々に食べ始めていたのだ。
「す、凄いですね……」
私の驚きの言葉に気づき、急いで口の中のものをしっかり噛んで飲み込んだ後、イケメンさんは自分は大食いだから、と言った。たくさん食べてもあまり太ることは無く、むしろ普通の人よりもたくさん食べ物を必要とする、燃費の悪い体だ、とイケメンさんは苦笑い気味だったけど、『ブタ子』である私にとってはとても羨ましい話だった。何せ4個ものバーガーを一気に平らげても、イケメンさんの体はたるみも緩みも無く、引き締まった形や筋肉が維持されているのだから。
そんな私に、イケメンさんはしっかりとフォローもしてくれた。
「でも、そこらへんは人それぞれだからなー。俺なんて、食費が嵩んで大変だってよく言われるし……」
もしかしたら、それで私に奢らせるという事をしなかったのかもしれない、とふと私は考えてしまった。
そんな私たちの様子が周りの注目を集めたのは一瞬だけで、その後は他のお客さんは自分たちには目もくれず、周りの人たちとの会話に熱中したり、食べ終えてパソコンを取り出していた。昨日イケメンさんが言ったとおり、町の忙しい人たちには、私と彼の『デート』なんて気にされないものなのかもしれない。
そして、改めてごちそうさまの挨拶を交わし、梱包した紙やトレーを片付けた後、私たちは賑やかな休日の町に舞い戻った。
「お、ちょっとここに寄ってみようぜー」
イケメンさんが足を止め、私を呼んだのは、賑やかな商店街から一歩離れた道にある、少々お洒落なカジュアルショップの前だった。ここまでずっと何の用も無くぶらぶらと歩き、色々な言葉を交わすだけだった私たちだけど、ここでようやく『食事』に続いて『買い物』と言うデートのお約束を達成できることになった。だけど、中から見えた様々なジーンズやアクセサリーを見て、私は少し緊張してしまった。こんな太めな眼鏡の内気な女の子でも、こういう場所に入ることは出来るのか、変な目で見られないのか、と。
でも、イケメンさんはそんな私の手を優しく握り、一緒に入ろう、と言ってくれた。いつもは優しく後押ししてくれるけど、今日はぐいぐいと私を先導していたのだ。
「お、お邪魔します……」
ついそんな声が出てしまい、相変わらず緊張が取れない私を、イケメンさんはアクセサリー売り場まで誘導してくれた。せっかくこの店にやってきたのだから、ネックレスやミサンガを買っておこう、と考えていたようである。
「これとかどうかな?結構似合うと思うけど」
「ど、どうですか……?」
こういう場所でアクセサリーを買うなんて、今までの私なら絶対思い浮かばない事だった。目の前に陳列されている様々なアクセサリーが、私の目にはまるで眩く輝く宝の山のように見えてしまった。色々とイケメンさんに勧められても、どれが良いかなんて自分で決められる訳が無かった。
そんな私を見かけた店員の人が、私やイケメンさんに声をかけてくれた。
「最近流行っているのは……こういうものはどうでしょう」
「おー、結構いいですねー」
気さくに話を進めるイケメンさんの横で、私の方も店員さんの言葉に耳を傾け、素直な気分で驚いたり感激したりしていた。やはり店員さんもまた、私の体型にケチをつけたりすることは無かった。仕事だから当然かもしれないけど、あくまで一人のお客さんとして、イケメンさんと同様に商品を勧めてくれる、そのあり方が、私にはとても嬉しかった。
そして、色々と腕につけたり首に巻いたりした結果、ようやく私たちは布で出来たバンドを2個買うことに決めた。お金のほうはイケメンさんのほうが自分で出す、と言ったけど、お世話になってばかりでは申し訳ない、と進言した私も、自分のお金を出すことにした。
「お揃いですね……」
「へへ♪」
私は右腕、イケメンさんは左腕。隣同士で手を繋げば、互いのバンドの柄が重なり合い、一つの絵が生まれる。お二人にはぴったりですよ、と店員さんが最終的に勧めてくれた品だ。勿論一つだけでも十分綺麗な絵柄なんだけど、やっぱり二個を合わせて見たほうが私は好きだった。
そして、商店街を避けて静かな道を歩き、アーケードの側を通りかかったときだった。ふとイケメンさんが、ビルの壁に映された映像に目をやっていた。
「へー、こんなの上映されるのか」
その街頭テレビには、近日上映される映画の予告編が流されていた。脚に怪我を負った鶴を助けたおじいさんとおばあさんの夫婦の元に可憐な美女が現れる、と言う昔話を題材にした映画だと言う。勿論予告版なのでラストまでは流されなかったが、この話を知る私は、この美女が誰か、どのような結末を迎えたのか、だいたい中身を予想することが出来た。
「最後に女の人が正体を現して……」
「消えちまうんだよな、悲しいことに」
どうして自分の正体が知られたせいで、女の人――おじいさんたちに助けてもらったツル――は姿を消してしまったのだろうか。ふと私の口から出た疑問に、イケメンさんは少し静かな口調で自分の考えを話し始めた。
「……多分、夫婦や自分を甘えさせたくないって考えたんだろうな」
「どういうことですか……?」
「ツルはおじいさんに助けられたって言う『恩』があるだろ?もしあのまま反物を織り続けていたら、ツルじゃなくてハゲタカになっても、ずっとそのままだったかもしれない」
「そうですか……でも、おじいさんたちはきっとどこかでツルさんを止めるはずじゃ……」
それでも、ツルは自分の身を削ってでも恩返しを続けただろう、とイケメンさんは言った。
動物にとって、『恩』と言うのはとても大事なこと。仲間に助けられれば、それをしっかりと仲間に返す義務のようなものがある、と以前私は本で読んだことを思い出していた。実際、もし恩を仇で返すような事態が起きてしまった場合、その後お腹を空かせたり怪我を負っても、誰からも助けてもらえなくなると言うのだ。逆に誰かを助けたときには、自分が困ったときにその相手から助けてもらえる可能性が高くなる、という研究もあると言う。
命を助けてもらった恩を、ツルは自分の命を犠牲にしてでも返そうとしていたのかもしれない。
「……正体なんて、知られなきゃ良かったんだ」
捨て台詞をはくように言ったイケメンさんの言葉を聞いて、少し私は恥ずかしくなってしまった。イケメンさんの名前や住所をむやみに聞こうとしていた心が、不思議な女の人の正体を明かし、信頼を失ってしまったおじいさんたちと重なってしまったのだ。
でも、そんな心配そうな私の表情を察してくれたのか、すぐにイケメンさんは優しい笑顔に戻った。
「大丈夫だって、いつか俺の家とかもしっかり教えてやるからさ」
その時まで、楽しみにしていて欲しい。
私は、イケメンさんの言葉を信じることにした。
ただ、今日一つだけ、イケメンさんの『家』について分かったことがあった。
無事にデートを終え、互いに感謝の言葉を述べ合った後、私にウインクを投げかけてくれたイケメンさんの向かう先は、学校と同じ方角だったのだ……。
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