第12話
「じゃ、行ってきます」
「ちゃんと返してくるんだよー」
大丈夫だよ、と言い残し、私は家を後に目的地へと歩き出した。
今日は三連休の二日目、図書館も開いている日だ。いつもなら本を返すついでに新しい本を借り、家でたっぷり読むと言うのが日課だけど、さすがに今回はそういうことは出来そうも無かった。これからテストに向けての勉強をしなければいけないときに、大好きな本に熱中して勉強がおろそかになっては大変だからだ。将来に向けての勉強なのかもしれないけど、目の前にある重大なことから逃げてしまったらまさしく本末転倒、なのかもしれない。
ちょっと名残惜しいけど、私の心の中にはテストへ向けてしっかりと準備し、良い得点を目指そうと言う気持ちが湧き立っていた。将来の夢を見つけ、様々な人たちの後押しを受けた今の私には、ずっと存在しなかった『自信』と言う二文字がしっかりと刻まれていた。
そして、その中の一人が、今日も図書館の近くのベンチで私を待ってくれていた。
「よう!」
「あ、こんにちは……」
今日のイケメンさんも、服装は格好良く、顔には爽やかな笑顔を見せていた。
お父さんやお母さんたちには内緒だけど、図書館に行くもう一つの楽しみが、イケメンさんとこうやって一緒に話す時間だった。私の色々な話に乗ってくれたり、イケメンさんから面白い話を聞いたり、時には夢に向けてしっかりと後押ししてくれたり、本当に楽しい時間だった。でも、しばらくの間それもお預けになる。
「そうか……ま、仕方ないかもなー」
「すいません……」
「大丈夫だって。俺なんてテストなんて知らずに寝坊したこともあったし」
それに比べたら全然ましだ、と笑いながらイケメンさんは自分の失敗談を語ってくれた。結局どうなったのかは言わなかったけど、先生たちから大目玉を食らったのは間違いないかもしれない、と私は思った。
ただ格好つけているだけではなく、自分の失敗も笑い話として語ってくれる所にも、私は憧れていた。イケメンさんは、自分の弱さもしっかりと認めたうえで、自然体で私と接してくれていたのだ。
本当はもっと話したかったけれど、今日はこの後お母さんと買い物をする予定になっていた。確かにイケメンさんとの時間も大事だけど、やっぱりお母さんとの約束は守らないといけないし、何よりイケメンさんのことはみんなには内緒にしている。だから怪しまれないよう、急いで帰らなければならない。
そんな感じの内容を説明し、イケメンさんからも了承を得た後、席を立とうとしたときであった。私の腕に、服伝いにイケメンさんの暖かくしっかりとした掌の感触が包み込んだ。何かあったのかと私が聞いたとき、返って来たのは思いもよらない言葉だった。
「なあ、明日一緒にデートしないか?」
あっという間に、私の体は沸騰してしまった。何の前触れもなく、突然イケメンさんから『デート』の誘いを受けてしまったからだ。しばらく会えなくなってしまうのだから、その分たっぷり一緒の時間を過ごそう、と言ったのである。
テレビのアイドル顔負けの美貌にセンスの良い服装、美しい茶色の髪の毛、そして気さくな性格。そんな彼と、図書館以外の場所を一日中一緒に巡ることができる――正直言って、私はそんな事を一切考えたことも無かった。せっかくのチャンスなのに、この誘いを受けるか受けざるべきか、私は混乱してしまったのだ。
「そ、そ、それは……」
慌てたような私の姿を見て、イケメンさんは笑顔で頭を撫でてくれた。こうやって暖かい手で頭を撫でられると、私の心は不思議と癒されていった。それでも、落ち着いた私の心にはいくつもの不安があった。小太りで眼鏡をかけた私のような存在が、イケメンさんと一緒に道を歩いて本当に大丈夫なのか、ずっと前に解消されたはずの不安がまたぶり返してしまった。でも、その事をしっかりと言葉に出して彼にぶつけたことが幸いした。
「もしかして俺のこと?全然平気だけど」
町の人たちはみんな忙しい、だから外見も内面も誰も気にする人なんていない。その励ましで、私の心の不安が少し解消された。ただ、それでも心配なことは残っていた。
「あ、あの……お父さんやお母さんは……」
「あーそうか、俺のことは内緒なんだっけ……」
前に私はイケメンさんに、お父さんやお母さんにはこの二人の会話や出会いは内緒にしていることを言った事がある。怒られるかと私は不安だったけど、案外そういうのも面白いんじゃないか、と少し軽い言葉でイケメンさんは気にしないことを言い、しっかりとその事情を察知してくれた。だからこそ、今回の一件も一緒になって真剣に悩んでくれるかもしれない、と私が思ったときだった。
「適当に誤魔化しちゃえばいいんじゃないか?」
「……え?」
唖然として変な声を出してしまった私だけど、考えてみればそうだった。お父さんやお母さんに、町に出て気分転換してくるとだけ言えば、別に外に出て自由に過ごせる訳だ。学校の中での女子生徒のように、事ある度に私にちょっかいを出してくるなんていうことはあり得ない。『デート』と言う言葉を聞いて、私は緊張しすぎていたようだった。そして、私の中に断る理由が一つも無いことにもようやく気づくことが出来た。
「そ、それで……どこで待ち合わせば……」
「うーん、やっぱりここの方がいいかな?覚えやすいし」
「それもそうですね……」
その後はとんとん拍子に話が進み、明日の午前の時間に図書館の前にあるこのベンチで会い、そこから一緒に昼飯を食べたり町を散歩して買い物したりする、と言う予定になった。
そして、この機会にメールアドレスを教えて欲しい、と私は告げたのだが、服のポケットや鞄の中を探したイケメンさんは、すぐに私に謝った。
「悪い、携帯忘れた……アドレスも覚えてない……」
「あ、だ、大丈夫ですよ……」
今度は私のほうが、慌てているイケメンさんをなだめる番だった。そういう時は事前に待ち合わせの時間を決め、双方がしっかりと覚えておけば問題は無いはずだ。30分以上待っても来ないときは、相手側の何かの事情があってデートに行けなくなってしまったということになる、と言う約束もしっかりと交わした。
「それじゃ、また明日」
「は、はい……よろしくお願いします!」
私はしっかりとした返事で、イケメンさんに挨拶をした。
その後、夕ご飯の場で私はお父さんとお母さんに、明日は町中に『散歩』に出かけてくるという旨を伝えた。すると、二人は丁度予定が合ったと喜んでいた。どうやら午前中に、行きつけの喫茶店で二人でコーヒーを飲もうかと言う計画を立てていたらしい。その間私に留守番を頼む予定だったようだが、私の方も外出すると言う事でその心配はなくなったという。
「『散歩』かー、そうだよな。もう少しでテストだからな」
「しっかり息抜きしてきてね」
ありがとう、と返した私だけど、正直言って息抜きできるかどうかちょっぴり心配だった。とは言え、嫌な事でも悪い事でもなく、イケメンさんと一緒に歩いてドキドキしすぎないだろうかと言う心配だったのだが。
その夜は、夜が明けた後の楽しみや寝坊しないかなと言う心配が入り混じり、なかなか寝付けることが出来なかった。私が『ブタ子』ではなく、一人の『彼女』として過ごす時間は、もう間もなくだった。
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