第7話

 事務のおじさんの助言や不思議なイケメンさんからの励ましを受け、将来の夢を持ちながら私が勉学に励んでいた、ある日のことだった。


「な、なに、これ……」


 同じクラスの人に言われるがまま、学校の廊下の柱に向かった私は、その目を疑った。

 そこに大きく貼られた紙に書かれていた文面を、今でもはっきりと覚えている。新聞のレイアウトを真似たような大きな紙には、私の名前や『ブタ子』と言うあだ名と共に、『熱愛発覚!?』と言う文字が躍っていた。そして、その相手として掲載されていた写真は、飼育小屋にいるあのブタさんだったのだ。

 

 私が駆けつけたのを見るや、一斉にみんなの視線がこちらを取り囲み始めた。当然だろう、あれだけでかでかと私の写真が掲載され、大々的に取り上げられれば、誰もが気になるに決まっている。でも、そのような視線を、私はとても嫌っていた。誰かからそういう視線を浴びたときは、必ずその後に大きなしっぺ返しや騙し討ちが待っている。今までずっとそのようないじめを受け続けていた私は、そこから必死に逃げたり、耐えたりすることしかできなかった。

 そして今回もまた、同様だった。


 犯人はとっくに分かっていた。たくさんの人影の中、笑顔をこちらに見せ付けてきた、私と同じクラスの女子生徒だ。だけど、私が必死に立ち向かっても、相手には暖簾に腕押しであることは嫌でもわかっていた。結局私に残された道は、皆からの好奇の目線を一身に受けながら、ブタと人間がアツアツのカップルであると書かれているゴシップ記事を壁から剥がすことしか無かった。


「……」


 正直なところ、確かに私とブタさんは一緒にいる時間が他の人よりかなり長かった。動物が大好きと言うこともあるけど、不思議とブタさんの世話をしていると、私の心が癒され、学校での辛い時間も消えていくような気がしていたのは間違いなかった。でも、あくまで一人の人間である『私』と、一頭の動物である『ブタさん』の間にそんな気持ちなんて起きるはずは無い、私はそう考えていた。ブタ子とブタさん、その間にある壁はとても大きいものなのだ。

 

 ゴミ箱に捨てたあの『新聞』のことを、先生たちは一切とがめることはなかった。先生たちもまた、私の事を好奇の目で見ていたのかもしれない。



 でも、本当に辛く、悲しい出来事が私を襲ったのは、それから数日後のことだった。


「あ、先生……」

「はい、ブタの餌やりね」


 今日も私は、半ば押し付けられる形でブタさんの当番を任せられた。私がトイレに行っている間に、例の女子生徒たちを含むクラスの皆は、教室の外に出て行ってしまっていたのだ。たった一人で先生の所から山盛りの野菜を貰う、今回もいつも通りの内容だった。ただ、その時の先生の目線は、あの時私を取り囲んでいた学校の生徒たちのものと非常に似ていた。先生は味方をしてくれないことを、私は嫌でも感じざるを得なかった。


 でも、そのような気持ちはきっとブタさんと一緒にいれば消えてしまうだろう。私の一番の良き友達である動物の世話をしていれば、悲しい気持ちや辛い心はどこかに吹き飛んでしまう、そのような淡い期待を抱きながら、飼育小屋に入ろうとした、その時だった。

 突然、私の近くから、聞き慣れた、そして聞きたくなかった声が飛び込んできた。


「あー、ブタ子♪」

「何してるのー?」


 教室から去り、私に全てを任せてどこかへ出かけたはずの女子生徒たちが、校舎の建物の傍から現れたのだ。偶然にしてはあまりにも出来すぎていた。いや、きっと待ち伏せしていたと言う事実を隠す気すら彼女たちには無かったのかもしれない。『ブタ子』が熱愛相手の元へ向かうと言うところをからかうことが、彼女の最大の目標だったのだから。


「うわ、デートに行くんだー」

「そんなダサい服でいいのかなー♪」


 ダサいも何も、これが学校の制服なのだから選びようが無いのだけど。


 山盛りの野菜を抱えながら、私は必死に外部からのからかいや嘲り笑いの言葉を無視し、動物たちの元へと向かっていった。早く動物たちに何とかしてもらいたい、ブタさんに助けてもらいたい、その一心だったのかもしれない。でも、私の最後の聖域であり、学校の中で心を落ち着かせることのできた数少ない場所にも、女子生徒は平気な顔で侵入してきた。いつもなら癒しの時間になるはずのブタさんへの餌やりを、彼女たちは飼育小屋の外から眺め続けていたのだ。


「見てみてー、ブタ子が仲間に食べ物あげてるー♪」

「口移ししないのー?」

「恋人同士だろー?」


 か細い声で私がやめてと言っても、彼女たちには一切届かなかった。もしかしたら、単に無視してただけかもしれない。でも、小屋の中でブタさんと一緒にいる『ブタ子』の様子は、きっと彼女たちには檻の中で飼育されている動物園の動物のように見えていたのだろう。楽しそうに携帯電話のシャッターを切る音も、私の耳に届いてきた。

 悪意の篭った言葉を何度も何度も投げかけられる中で、私はとても惨めな気分になっていた。『ブタ』と一緒にされるほど、小太りで不細工な自分は落ちぶれている。動物と一緒にいられる資格なんて無い。ブタに餌をあげる腕は、次第に悲しみの震えが止まらなくなっていた。


 やがて清々しい顔で私に挨拶を残し、彼女たちは笑顔で去っていった。

 そして、再び私は一人ぼっちになった。


「う……う……うわああああああああ!!」



 私は大声を出して泣いた。ブタや動物たちが驚く様子も気にせず、悲しみの涙を流し続けた。

 やはり私はただの『ブタ子』だった。ぶくぶく太った、一頭のちっぽけな人間だった。

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