第二章 イケメンさんと夢

第4話

 図書館に行ってはイケメンさんと出会い、会話を弾ませる。私にとって夢のような、天国のような時が続いたある日。


「はぁ……」


 学校の授業で、以前行われたテストが返却された。

 いつも私は真剣に家や学校で勉強を重ね、予習や復習も欠かさず行っているはずだった。それにも関わらず、今回のテストも思ったより良い点数を得ることは出来なかった。お父さんやお母さんはいつも喜んだり慰めたりしてくれるけど、私はいつもがっかりしていた。いくら勉強を重ねても、なんで自分のテストの得点は伸びないんだろう、と。

 

 その理由の一つに、同じクラスの女子生徒、特にいつも私のことを悪い意味で気にかける生徒たちの存在があった。


「あー、ブタ子テスト隠してるー」

「おーおー、ブタ小屋で食べるのー?」


 明るい口調でこちらに話しているけど、その言葉の内容は全て私を馬鹿にしているものだった。なんでそのようなことを言っているか、私は既に察知しているにも関わらず。多分、彼女たちにテストを取り上げられないよう必死になって体全体で隠そうとしている私の行動そのものを、もっとからかおうとしていたのかもしれない。


「ほーらブタ子、食べるのはまだ早いよー♪」

「あ……か、返して……」


 でも、私は呆気なく隙を見つけられ、結局はテストを彼女たちに晒される羽目になってしまった。怖さ混じりで震える私の声を無視しながら、彼女たちは自分たちの得点と私の得点を比べて大笑いしていた。やはり今回も、彼女のテストの得点のほうが私より10点以上も高かった。


 ブタは勉強してもブタ、人間様には敵いっこない。


 そういって大笑いする彼女たちに、私はどうすることも出来なかった。本当に悔しくて、涙がこぼれてしまうほどだって。でもその涙ですら、結局はいじめの対象になり続けた。


 今までの私は、そこからもっと勉強して、いつか彼女たちよりも高い点数を取ると決意し、必死になって予習や復習を欠かさず行い、宿題もしっかりと出し続けていた。でも、私をいじめ続けた女子生徒たちはいつもその先を行き続けていた。一体どうすれば良いのか、私にはもう分からなかった。




「テストで悪い得点、ねぇ……」

「はい、そうなんです……」


 そんな心の悩みを、私はあのイケメンさんに打ち明けた。テストでもっと高い得点を取るには、どんな勉強をすればいいのか、と。

 勿論、私がいじめを受けているなんていうことは言えなかった。女子生徒たちにずっと脅されていた事もあるけど、何よりイケメンさんの優しい笑顔を、私からの暗い話題で傷つけたくなかった。お父さんもお母さんも同じ、泣いたり悲しんだり、心を傷つけたりする事なんてできない、そのときの私はずっと考えていた。


 でも、そんな中でもイケメンさんは真剣になって私の相談を聞いてくれた。


「宿題をさぼったり授業中に居眠りしちゃったりんて……」

「そ、それは一度もしてないです……」

「ふーん……じゃ、予習や復習もしっかりやってるってことなんだな」

「はい……それでも高い点数を取れなくて……」


 私はイケメンさんに、その問題のテストも見せた。お父さんやお母さん以外には見せたくないと思っていたものだけど、不思議と彼なら中身を見られても大丈夫だ、と感じてしまっていた。どうしてだろうか、という疑問も、なぜか湧かなかった。


「あれ、結構いい点数じゃん?てっきり5点とか0点とかだと思ってたよ」

「そ、そうですか……でも、もっと点数を……」


 その言葉を聴いて、イケメンさんは悩み始めてしまった。そんなに真剣に考えなくても大丈夫、むしろこんなことを聞いて申し訳ない、と考えてしまった私が、彼に謝ろうとした時。


「将来の夢って、あるかい?」

「ゆ、ゆめ……?」


 今度は、私が悩んでしまう番だった。

 将来一体どういう仕事に就きたいのか、どんなことをしたいのか、今まで私は考えてきたことも無かった。ただひたすら目の前にある勉強や物事を消化するだけで、それが何に繋がるかなんて一切考慮していなかったのだ。もしかしたら、それを考えていないことが、いつまで経ってもテストの点が良くならない理由だったのだろうか。そんな事を思い始めてしまったせいで、また私の顔が不安そうな表情になってしまっていたようだ。


「悪いな、悩ませちゃったか……」

「す、すいませんこっちこそ……」


「うーん……例えば、俺も君も『生き物』が大好きなんだろ?」

「そ、そうですが……」


 だったら、その生き物を扱う、大人の自分の姿を夢見ればいいんじゃないか。イケメンさんに言われるままに、私の頭の中には色々な想像が生まれ始めた。ペットショップの店員さんになってかわいい犬や猫を扱う、自然調査員になって森や海の動物たちを守る、などなど、『生き物』を扱うと言うことだけでも、本当に様々な未来予想図が浮かんできた。

 でも、正直どれも私の中の目標として固まることは無かった。運動が苦手な私には山登りも水泳も無理だし、ペットショップに入っても、この『ブタ子』が人前で喋るなんていう事になったらどうしよう。思い浮かべるのが早いなら、残念ながら想像がしぼむのも早かった。


「やっぱり難しいです……」


「それじゃ、生き物に詳しい人に聞いてみたらいいんじゃないか?」

「え……?」

「学校にいるだろ?生き物をいつも世話してくれる大人が」


 その言葉に、私の頭の中で一人の先生が浮かんできた。私たち生徒ができない分まで、学校の動物や植物の世話をしっかりと続けてくれる事務のおじさんだ。もしかしたら、彼なら何か良いアイデアをもたらしてくれるかもしれない、とイケメンさんは悩める私に助言をしてくれた。


「何か一つ、私はこうなりたい!って言う『夢』があれば、高得点なんて全然大丈夫なんだぜ」

「そうなんですね……!」


 それでも不安そうな私の肩を、イケメンさんは優しく叩き、気持ちを後押ししてくれた。


 どうしてそんなに私のことを心配してくれるのか、どうして私を励ましてくれるのか。つい心配になってしまうくらい、イケメンさんは私のことを熱烈に応援してくれた。お父さんやお母さん以外から、ここまで自分の事を信頼してくれる人は、生まれて初めてだった。

 そして私は、彼と約束をした。次の日に、その事務の先生に、私の目指したい『夢』について聞いてみる、と。

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