第3話
図書館であのイケメンさんと三度目の再会を果たしてから、また数日が経った。
「ブタ子ー、今日も当番よろしくねー」
「あたしたちは勉強で忙しいからさー」
「ブタ子は動物に近づく事が勉強なんだよね、あははー」
今日も私は、例の女子生徒たちからブタさんたち動物の当番を回された。勉強で忙しいなんて言っているけど、本当は町のゲームセンターとかに遊びに行ったり、大好きな人との時間を過ごしているというのはさすがの私でも少しは察することが出来た。当然、私の担任の先生はそんな事を一切知らないまま、彼女たちの話を完全に信じきっていた。
彼女たちにとっては、外で気ままに遊ぶことよりも、動物と触れ合える事のほうが面倒だし汚らわしいと言う時間だったのかもしれない。でも、彼女から全部を任されてしまった私にとっては、むしろ動物たちとの時間のほうが楽しかった。
「あのね、この前もまた会ったんだ……」
小鳥やカメたちに餌をやった後、私はブタさんの元に行って、大好物の野菜を山盛りで渡した。キャベツやレタスを美味しそうに食べる様子を見ると、今日も学校で色々といじめられてしまった私の心も癒されていった。そしてブタさんの方も、まるで私の身の上話を楽しんでいるかのように、鳴き声を上げて反応してくれた。
そんな感じで、動物たちとの会話を楽しんでいた私の傍に、何かの人影が現れた。
「お、今日も動物と一緒なのかい」
「あ……!」
突然のことで驚いた私に優しく声をかけてきたのは、学校で事務の仕事を勤める先生だった。いつも学校の見回りや色々な機械の点検をしてくれるおじさんの先生だけど、それと共に、私たち生徒が難しい分の動物の世話なども担当している。だからこうやって、ブタさんたち動物と一緒にいる私に気を遣ってくれる事が度々あった。
「本当に好きなんだねぇ、動物たちのこと」
「は、はい……」
「きっと、みんな喜んでくれると思うよ」
「ど、どうも……」
でも、私はそんな事務の先生の優しさや明るさを素直に受け取れなかった。せっかくこうやって一人ぼっちの私に声をかけてくれているのに、どうしても心を開くことが出来なかったという訳だ。自分が苛められていると訴えても、多分わかってくれないし、言っても自分へのいじめは止むことも無いだろう、とずっと私は考えていた。先生には申し訳なかったけど、半ば諦めの気持ちがあったのかもしれない。
でも、そんな私でもたった一人、不思議と色々なことを打ち明けられる存在がいた。
「あ、こんにちは……」
「お、今日も本を読みにきたの?」
私が図書館に行く度に、いつも例のイケメンさんも図書館で本を探していて、私に声をかけてきてくれた。
いつの間にか、私は自然とこの優しげな男の人を受け入れるようになっていた。今まではずっと自分のような不細工で太ったブタのような女の子にこういう人はお似合いじゃない、むしろ相手に失礼じゃないかと考えてしまい、壁を作ってしまっていた。だけど、今の私は違った。こうやって一緒に話す事のできる時間を、とても楽しみに待っていたのだ。
「今日はどんな本を借りたんですか……?」
「いやー、なかなかお目当ての本が見つからなくてさー。君はどんな本を?」
他愛も無い会話ばかりだったけど、それでも私にとっては貴重な時間だった。学校でどんなに酷い目に遭わされても、彼と話しているうちに嫌な思い出はどこかに吹っ飛んでしまうような気がした。
そして、私はふとイケメンさんに向けて、一つの話題を振ってみた。いつもお世話をしている学校の動物たちの事だ。小鳥やカメ、そして大きなブタさん。その動きを眺めていると、心が癒されると言う感じで話を続けようとしたとき、私はイケメンさんの顔がいつもより増して明るく、そして嬉しそうな表情をしていたことに気がついた。
「な、何かあったんですか……?」
「いやぁ、俺も生き物は大好きだから、ちょっとね。
そうやって大事にする人がいるって、いいことだなって思ってさ」
「ほ、本当ですか……!」
どうやらイケメンさんも、私と同じように生き物がとても大好きだったようだ。
同じ趣味を持つことを知った途端に、私と彼で会話が弾み始めた。今までずっと引っ込み思案で、言葉がどうしても詰まりがちだった私だけど、不思議と色々な話が引き出され、図書館の近くのベンチであっという間に会話の花が咲き乱れた。
今までもずっとイケメンさんだったけど、整った顔から見せる笑顔は、まるでダイヤモンドのような輝きだった。
「それじゃ、またな」
「ありがとうございました!」
きっと私の顔も、満面の笑みだったのかもしれない。
「ただいまー」
「あ、おかえりー」
家に帰ると、お父さんとお母さんが優しい声をかけてくれた。
「ん、何かとても嬉しそうだな」「何かあったの?」
やっぱりあの時の幸せな時間の名残はどうしても顔に残ってしまったみたいだ。でも、私はお父さんやお母さんにも、例のイケメンさんの事を打ち明けることは無かった。だって、年上の人と一緒に歩いているなんて知られたら、逆に心配させてしまうことになるかもしれないし、下手したら怪しい人だって言われてしまうかもしれない。だから今日も、欲しい本が見つかったからだと二人に誤魔化しておいた。
本当は、自分の大事な家族にも、あのような表情を見せるべきだったのかもしれない。でも、あの時の私――教室の中で何一つ良い思い出が無かった私――にとっては、それは難しい課題だった。ブタ子だった私が心の中から楽しめた時間は、限られていた。
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