第2話
あの夕陽の道の出会いから、私の頭にはずっとあの男の人――不思議だけどとても格好いいイケメンさん――が残り続けていた。
綺麗な顔に、美しい髪型、そして優しい口調。今までずっとそういう人と関わりが無く、そしてそういうことは絶対に無い、と自分の中で思い続けていたからこそ、その衝撃はとても大きかったのかもしれない。またどこかで会えるのかな、もう一度ウインクしてくれるのかな。そんな事ばかりが、私の頭の中に流れ続けていた。
「……い、おーい!」
「……はっ、ご、ごめんなさい……」
授業に集中できず、先生に言われても気づかなかったほど、私は完全にあのイケメンさんに夢中になっていた。
そして当然、そんな私の態度は、例の女子生徒たちの目に留まらない訳が無かった。
「ブタ子ー、そんなにボーっとしてどうしたのー?」
「ブタになってる証拠じゃないのー?」
「キャハハ、そうだよねー。今日も給食三杯も食べてたし」
私に聞こえるようにわざと大きな声で会話をしつつ、彼女たちはちらりとこちらを見ては私の反応をうかがっていた。逃れようと本に顔を埋めようとしても、その態度でまた私はたっぷり彼女たちに笑われた。ただ幸いなのは、あのような不思議な出会いがあったことは、一切彼女たちから感づかれていないことだったのかもしれない。私がこの事を打ち明けることが出来たのは、学校にたった一人しかいなかった。
「私、とっても嬉しかったな……」
当番を任せられていない時でも、私は動物たちがいる飼育小屋に行っては、その中で動物たちがのんびり暮らす様子を眺めていた。特に、いつもお世話をしているブタさんの様子は、私にとっては癒しの光景になっていた。
イケメンさんに道を教えて、感謝のウインクをもらった。恥ずかしがり屋だったはずの私だけど、ブタさんたち動物相手ならたっぷり色々なことを話すことが出来た。そして、動物たちのほうも、嬉しそうに話していたかもしれない私の様子を興味深そうに眺めていた。
もしかしたら、動物たちは本当に真剣になって私の話しに耳を傾けてくれていたのかもしれない。そして、あのブタさんも。
それから数日が経ち、学校が休みの日曜日になった。
「いってきます」
「気をつけてねー」
いつも休日になると、私は一人で近くの図書館に通っていた。本が大好きだった私にとって、家族であちこちを回ることと同じ、いやそれ以上にこの時間は貴重なものだった。色々な本を読んで新しい知識を頭の中に蓄える、いつもそれを楽しみにしていたのかもしれない。
そして今日も、色々な小説や図鑑を、たくさんの本棚から選ぶ作業が始まった。目の前に並ぶ本の波に目移りしそうになりながらも、私はワクワクしながら色々な本を見定めていた。家や学校でどの本を読もうか、そんな事を考えていた時。
「あっ……」
たくさんの本の重みを支えていた一冊の本を思いっきり抜き取ってしまったのがまずかったのかもしれない。一気に何冊もの本が棚から床に落ちてしまったのだ。しかもその拍子に、借りようと思って腕に挟んでいた本まで一緒に落ちてしまった。慌てて駆けつけた職員の人に謝りながらも、私は本を元に戻す作業を手伝おうとした。
そのときだった。
「すいません、この本落ちましたよ」
そう言って、後ろから私の借りる予定の本を差し出してくれる声があった。ありがとうございます、と声をかけようと後ろを振り向いた、その時だった。口元まで出かかった私の声は、驚きと共に止まってしまった。
目の前にいた人は、忘れようとしても忘れられない、あのイケメンさんその人だったからだ。
「へぇ、本が大好きなんだ」
「は、はい……」
職員さんやイケメンさんの手も借りて本を棚に戻し終わり、無事に本を5冊借りることの出来た私は、そのイケメンの男の人と一緒のベンチに座った。
顔が真っ赤になって恥ずかしいと言う思いでいっぱいだった私は、最初一緒に座りたいと言う男の人からの誘いを断ろうとしたけれど、笑顔でこちらを見つめてきたその端正な表情を見てしまうと、とてもそう言う事を口に出せるような気分ではなくなってしまった。
結果としては、断らなくて正解だった。
彼のほうも、まさかもう一度再会できるとは知らず、とても嬉しそうだった。この町には数年前、私が学校に入るより少し前に引っ越してきたようで、あの時は寄り道した拍子に道を見失ってしまったらしい。
本当に助かった、とお礼を言う男の人に、私はぎこちなく返事をした。こうやって見知らぬ人と話す事もなれていないというのに、その相手はあのイケメンさん。家族や学校の動物たちとばかり会話をし続けてきた私にとっては、まさに信じられないような出来事だった。
「あ、あの……!」
だから、私はつい大声を出して、その人に言ってしまった。こうやって自分と一緒に話していて、迷惑じゃないか、と。片や丸々太って運動も出来ない『ブタ子』、片や微笑を投げかけてくれる優しそうなイケメンさん、そんな二人がこうやって一緒に話しているなんて、とても相手には不似合いすぎる、とつい自信を無くしてしまった。
でも、そんな私に向けて、そのイケメンさんははっきりとした言葉で言ってくれた。
「迷惑だなんて、俺は一度も考えてないよ?
それに、道に迷ったときに教えてくれたじゃないか」
困っている人を無視せずに、優しく案内してくれた人と一緒に居て、どうして迷惑なのか。
その言葉を聞いて、私の心を包み込んでいた氷が、音を立てて一気に溶け始めたような気がした。学校でもずっと一人ぼっち、家でも全てを打ち明けられないままだった私には、自分の存在意義を認めてくれたようなその言葉が、とても嬉しかった。
ありがとうございます、といった私の目は、涙で潤んでいた。
そして、彼は私より先にベンチから立ち、『家』へ帰っていった。
また会えますか、と言う私の問いに、その人は前と同じようにウインクをしながら言った。
「きっと、近いうちにね」
その言葉が嘘ではなかったことを、数日後に訪れた図書館で私は知った。
すぐに読んでしまった図鑑を返却しにやって来たとき、図書館の廊下で出会ったのは、見覚えのある端正な顔に綺麗な髪、そして優しそうな表情を持つ、あのイケメンさんだったからだ。
「よう、また会ったな♪」
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