14 世界と正義

「……おいおい、いきなり大きな声を出すなよ。びっくりするじゃねぇか」


「お前だけは、お前だけは、殺す……っ!!!!」


 逆上したルビアがすぐさまクロサキに向けて爆撃を放つ。


「危ない危ない」


 しかし、その攻撃はクロサキが作り出した氷の氷壁で防がれてしまい追い詰めるには至らない。


「くっ……!」


「灼落の銃士様も大した事ねぇなぁ?」


 明らかにさっきまでの戦闘で疲弊しているせいでいつもの力を出せていないルビア。


「まぁ、楽しみたいけどこっちも時間がないんでね……《ウリミラム》!」


 クロサキがそう唱えると、巨大な氷で出来た鉄槌が手元に現れる。


「おらぁっ!!」


 それを振りかぶり、ルビアの目掛けて投げつける。


 俺はそれを見てすぐに地面を蹴ってルビアの元へ駆け寄るが、もうクリスタの魔術の効果は切れている。これじゃあとてもじゃないが間に合わない。


「くそっ……! だめか……」





 ——しかし、決死のその跳躍は明らかに自分の身体能力を大きく上回っていた。






「……え?」


 まるで、ついさっきルビアを追い詰めた時のように、自分でも信じられない動きと速さで、ルビアの元まで駆け寄りそのままクロサキの攻撃を受け止める。


「ぐっ……!」


「エータ!」


 後方へ吹き飛ばされるが、なんとか地に足をつけ体勢を立て直す。


「…………なんだお前」


 クロサキが、やっと俺の存在を認識する。


 何が起きているのか自分でも解らないが、ここを乗り切らなきゃいけないことだけはわかる。


「……よぉ、お前もあっちの世界の人間なんだってな」


「……お前、外来者か」


「そうだ、お前に一度殺されたけどな」


 精一杯、クロサキを睨みつける。その姿を初めてまじまじと見る。


 長い黒髪の痩せぎずの20代後半と思われる「不気味」な男。


「………………あぁお前、あん時のガキか。 あれは絶対死んだと思ったが生きてたんだな、こいつはすげぇや」


「ああ、おかげさまでな」


「でもま、あれだわ。同じ世界出身のよしみで親睦を深めたいのはやまやまなんだが、今は時間なくてさ」


「くっ、クロサキ! 逃げる気ですか!」


「おいおいおいおいおいおい、やめてくれよぉお。その言い草じゃあまるで俺が雑魚キャラみたいじゃねぇか。上に殺すのに失敗したらすぐ帰ってこいって言われてるんだよ。そんな事態には絶対ならないって大見得切ってきたのに、これじゃああいつのいう通りじゃねぇか、あぁあ〜、ムカつく」


「ま、まてっ!」


「……フローラ、やれ」


「……《ミルド》」


 クロサキが名前のようなものを呟くと、俺たちの背後、ちょうど宿の方角。蔵人のいたあたりから呪文の詠唱が聞こえ、瞬間煙が上がる。


「!?」


 どうやら目くらましの魔術だったようで、周りが確認できなくなり、すぐに煙は晴れるがクロサキが消えていた。


「……なん、だと」


 蔵人が困惑の声を上げる。


「どうした?」


「……リオがいない」


 リオ、という名前に心当たりはなかったが、それが誰のことを指しているのかはすぐ解った。


 いつも蔵人と一緒に行動していた秘書の姿がクロサキとともに消えていたのだ。


「……スパイってことか?」


「……そんな」


 クロサキの動向は気になるが、今は——、



「おい!!! クリスタ!!!!」



 倒れているクリスタに駆け寄る。


 まだ息はあるようだが、傷が深く、こちらの言葉にも反応しない。


「く、クリスタ!! しっかりしてください! 《ホーロ》!」


 どうやら必死にルビアが治癒魔法をかけているようだが、しかしなぜか傷が治る気配はない。そこにいつもの落ち着きは無く、ルビアは年相応の童女のようにうろたえている。


 その様子を見た蔵人も駆け寄って来て静かに言う。


「……おいエータ、嬢ちゃんを運ぶぞ」


「運ぶって、どこにだ」


「……病院、だ」



 蔵人に言われるがまま宿の近くの小さな民家にクリスタを連れて行くと、そこには白衣を着た30代ぐらいの男がいた。


「……蔵人か。外が騒がしかったが、けが人か?」


「そうだ」


 俺と蔵人でクリスタを部屋に抱え込む。


「……これは、ひどいな」


 男は、クリスタを見るなり苦虫を噛み潰したような顔をする。


「傷が深すぎる……、これじゃあ治癒魔法は通らない」


「……治癒魔法が通らない?」


「お前は、同郷者か?」


「ああ、エータだ。日本から来た。この子は違うが」


「それは髪を見ればわかる。……俺は来須だ。まあ見た目からわかるだろうが医者をやっている」


「……さっき言ってた魔法が効かないっていうのは?」


「……治癒魔法っていうものは、いわゆるRPGの回復魔法みたいに傷が瞬間的に綺麗さっぱり治るような便利なものじゃない。基本的に『体力』に対して効力があるだけなんだ」


「体力……?」


「本来HPヒットポイントは体力という意味ではない。何発攻撃に耐えられるかと、体力はそもそも関係はないんだ」


 そう言われると、なんとなく理解ができる。体力とはそもそも運動能力をどの程度発揮できるかという値であり、体の丈夫さではない。


「この世界で一般的に使われている治癒魔法っていうのは、その本来の意味での体力に対して効果を発揮するだけで傷を直すための魔法ではない。もちろん、人間にもともと備わっている自然に傷を直す力を活性化させることはできるが、ここまで傷が深いとそれも期待できない」


「そんな……」


「でも」


「……でも?」


「大丈夫だ。この子をきっと救ってみせる」



 その時、慌てた様子で部屋に1人の女性が入ってくる。



「あなた! けが人は?!」


「パーム、よかった。まだ間に合う」


「どういう、ことだ?」


「彼女はこの街で出会った私の妻で、そして治癒魔術を得意としている」


「でも、治癒魔法が効かないって」


「ああ、魔法だけでも、医学だけでもこの子を救うのは難しい。でも、それが合わされば、きっとこの子は助かる」


 その時、ずっと俺たちの会話を聞いていたルビアがやっと口を開く。


「……本当にクリスタは、助かるのですか?」


「ああ、約束する。だから君もゆっくり休んでくれ。君までボロボロになっては仕方がない」


「私は……」


「……ルビア、ここは任せよう」


「…………はい」


 その様子をみた来須が、重々しく口を開く。


「……俺はあっちの世界でも医者だったんだ。目の前で死んでいく患者たちを何人も見てきて、でも自分にできることはどう頑張っても限りがあった。だからもし魔法が使えたらと何度も思った。でもこの世界に飛ばされて気づいたんだ。結局魔法は万能じゃなかったってことに。……いや、それどころか中途半端に魔法が存在するせいで医学の進歩は俺たちの世界よりずっと低い水準で止まっていて、助けられるはずの人たちが助けられない可能性さえあったんだ」


「…………」


「だから私はこの世界で…………いや、すまん。こんな話しても仕方ないよな。魔法と違ってすぐに治るわけじゃない、彼女が目を覚ますまで数日はかかると思ってくれ」


「……わかった」


「…………」


 ルビアは、どう言葉を選べばいいかわからない様子で、結局口を開くことはなかった。


 


















「どうして」


「……ん? どうしたルビア」


 部屋に戻り、私は彼に尋ねる。


「どうしてあなたは、自分を殺そうとした私を、許せるのですか」






 どうしても、それだけは理解できなかった。


 どう考えても、彼が私にここまでしてくれる理由がないのだ。


 私は本当の意味の人で無しで、それを今日、痛いほど思い知った。


 私が殺した外来者の中には、クルスのような優しい人もいたのだろう。


 ……いや、優しいかどうかは関係ない。


 みんな、生きたかったはずだろう。


 生きて欲しいと願う人がいて、それを受け取る人がいて、


 そして、人間はみな命を全うする権利がある。


 そんなこと、わかっていたはずのなのに。


 異世界人だからという理由で、まるで魔物や家畜を殺すように、人間を殺してきた。



 そこに、転生者も何も、ないはずなのに。



「……ルビア」


「は、はい」


 答えを聞くのが怖かった。


「…………」


 断頭台の上にいるような気分だった。


 でもどんな罪も甘んじて受け入れなければいけない。



 それほど、許されないことを私はしていたのだから。




「もちろん、人を殺すことは許されることじゃない」


「……」


「でも、許されないことだからお前はやってたわけじゃないだろ」


「…………え?」


「俺はさ、実は正義なんてものは、どこにも存在しないと思ってるんだ」


 私は彼の言っている意味がすぐに理解できずに、反応が遅れる。


「……いつだって正しいことっていうものは、時代や世界に上書きされていくんだよ。人殺しだって戦争の中では正義だ」


 ……それは、そうだ。でも、


「でも、それは個人を著しく無視していて……」


「そうだ。それは世界全体での話だ。俺のいた世界やお前の生きているこの異世界での最大公約数的結論であって、そこに1人の人間としての権利は含まれていない」



 彼は、そのまま「——だからこそ」と続けて、言った。



「俺はお前がそれが"間違い"だと判断してくれたことが、嬉しいんだよ。それは正義や正しさなんてくだらないものよりも、ずっと価値のあることだと思う」




 そう言って彼は私の頭を撫でてきた。



「……やっぱり」



「どうした?」



「いいえ、なんでも……ないです」





 私はそのまま彼に頭を預けたまま、枯れたはずの涙を流す。





 やっぱり、彼は、他でもない、主人公なのだ。


 



 私は、主人公にはなれないかもしれないけれど、でも彼とクリスタとともにいれるのであれば、それはそれでいいと思えた。






「……エータ」


「なんだ?」


「こんなところ、クリスタに見られたら、怒られますね」


「へ? …………ぅえぇ?!」



 彼は一瞬で私から離れ、部屋の入り口を見た。


 その戦闘時のごとく俊敏に動く彼の姿に、私は思わず吹き出してしまう。



「来てないですよ、安心してください。というかあの状態で来れるわけないじゃないですか」


「……そ、そうだよな……焦った…………」


「…………なので、」


「ん? どうした?」






 ……今日は、もう少しだけこのままで、




 その言葉が、実際に私の口から放たれることはなかった。






「……なんでも、ないです」




「そうか。まぁ、その、なんだ。だからさ、お前はこれから自分が正しいと思うことをしてけばいいんだよ。過去を水に流すとか、そういうことじゃなくて、過去はどうにもならないけど、これからの未来はどうすることもできる」



「そうですね。……ありがとう、ございます」



 目を丸くして私の謝辞を聞いている彼の姿がおかしくて、そして少しだけ愛おしいと、私は感じた。




「…………エータ」


 私は、彼の名を呼ぶ。


「なんだ?」


「…………もしもいつか、私がまた間違えそうになったら、また止めてくれますか?」


 私のその質問に、彼は少しだけ驚き、でもすぐに答えてくれた。


「ああ、なんどだって命を何個使ったって止めてやるよ。…………いや、冗談にならなそうだなこれ」


「ふふっ。そうですね、何個も使ってください」


「ちょ、ちょっと、今のはナシで……」


「男に二言はありませんよ。諦めてください」





 そういって、私はまた、笑った。

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