幕間 少女の罅と、主人公



 私は、まるで陶器のように扱われた。




 落とさないように、傷が付かないように、そして汚れないように、ケースの中に仕舞われて、本来の食器として役目を果たすことを出来ずにただ鑑賞されるためだけに存在するように。



 自分には、価値があるらしい。


 どんなお金にも変えられない。どんな人間よりも重要で崇高な存在であるらしい。


 お前は大切なのだと、会う人間全員に教えられた。




 何の不自由もなく、欲しい物を全て与えられその部屋で過ごした。



 


 でも私は、それを誇らしく感じることができなかった。

 

 




 部屋からほとんど出れない私は、本を読むことが生活のほとんどだった。




 本の中に出てくる世界は、満たされていた。




 部屋に閉じこもる者など1人もいなくて、誰もが外へ出て、国をでて、旅に出て、この部屋にないものに出会っていた。



 もちろん、それは私の暮らしのように安全が確保されたものではなく、毎日決まった量の食事も、寝る場所さえも確保できない。過酷なものであった。




 でも彼らはその数え切れないほどの不自由と一緒に、たった一つの自由を手に入れていた。








 自分を生きる。という自由を。







 私は、数え切れない不自由に憧れた。


 そんな自由に憧れた。




 


 



 だから、私は努力を怠らなかった。



 本と一緒に貰った銃を、城の中の誰よりも上手く扱えるように練習をした。



 それが難しかったかどうかはよくわからない。でも、膨大な時間がかかった。



 



 やがて私はどんな兵士よりも役に立つ戦力になって、部屋を出ることができた。






 でも外の世界は、私が思っていたほど綺麗なものではなかった。






 私は、恨まれていた。



 ただ存在するだけで蔑まれて、誰もが私を睨んでいた。


 望んだものを全て与えられて、部屋の中で不自由なく暮らしていた私を憎らしく思っているらしい。


 それだけではなく、王の暴虐を責められたこともあった。



 万象の木の実を独占し、文字通りどんな願いも叶えることのできる王は誰からも疎まれ、しかし誰もその王に逆らうことができなかったからだ。




 だから、わざわざ城から出てくる私は、憎悪の対象としてちょうどよかった。




 私は、そんな汚い世界のため、数え切れないほどの数の外来者を殺した。


 この世界を仇なすそいつらを排除することに、全神経を注いだ。


 そうしなければ、おかしくなりそうだった。




 お前は存在していいのだと、役に立っているんだと、誰かから認められたかった。




 あのまま部屋の中にいた方が幸せだったとは、絶対に思いたくなかった。


 




 でもいくら殺しても、殺しても、感謝の言葉は誰からもなかった。








 みな、私を怖がるようになっただけだった。

















 不思議な男と出会った。



 私が銃を向けた人間は、みな同じように絶望した顔で震え上がり、そしてすぐに逃げ出そうとする。



 でもそいつは、私と対峙をしても、逃げることはなかった。



 それどころか、撃てと言い放った。








 その顔は、私が憧れた本の中の主人公に、似ていた。










 私は主人公じゃないのだと、ようやくわかった。



 結局、私は怖がっていただけで、恐れていただけで、逃げ回っていただけだった。




 自分がどうしようもない酷く矮小な人間に思えた。





 『自分を生きる』自由は、城の外に出たところで、手に入らなかったのだ。





 結局、私のしたことは、ただ自分を傷つけているだけで、



 無数のひびを自ら身体につけただけだった。









 割れた陶器をそのまま大切にする人間はいない。


 私は自分を大切にできないまま、誰からも見放されて、やがて捨てられるだけだ。


























『——じゃあ、いつか、……いつかお前と俺たちが”そんな間柄”になれた日が来たとしたら、その時は、俺たちが口を出していいんだな』










 私が殺そうとした、そして私の命を救ったその男の言葉の意味を、すぐに理解することができなかった。




 

















 目が醒める。2人はまだ寝ているらしい。


 私にとって、この2人は何なんだろうか。


 エータは何を考えているかわからないし、クリスタは何も考えてなさそうで。


「……って、ちょっと失礼ですかね」


 少しだけ笑って、2人を起こしてしまっていないか確認する。


 昨夜はずいぶん遅くにこの部屋に戻ってきたらしくぐっすり寝ていてその心配は杞憂だった。



 まだ外は薄暗いが完璧に目が覚めてしまった。2人を起こさないように私は部屋を出る。



「……とりあえず、まだこの街にきたばかりですし、土地勘を手に入れるために回ってみますか」





 私は1人で、街へ繰り出す。

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