12 苦境の決裂
目が覚めると、部屋にはルビアは居なかった。
「どこいったんだ?」
「ん…………」
どうやらクリスタも目を覚ましたらしくベッドから起き上がる。
「どうしたんですか?」
「いや、ルビアがいない」
「………………空気を読んだんですかね?」
何のだ。何の。
「…………」
クリスタを冷たい目で見てから俺はベッドから出る。
「流石に無視は傷つくんですが……っていうか最近のエータ様冷たくないですか……?」
「そんなことない。最初からだ」
「ひーどーいーでーすよーー!」
「……俺のことを慕ってくれるのは嬉しいけど、何度もいうが俺は大した人間じゃない」
俺はあの時偶然にあの街にたどり着いただけで、それ以外の何者でもないのだから。
クリスタが慕ってくれているのは、俺の偶然した行動に対してで、決して俺の存在ではない。それはある種の事故みたいなもので、だから俺が受け取る理由は、ない。
「そんなことないです!!」
「……なんですか、騒々しい」
クリスタが叫んだところで、ちょうど部屋のドアが開きルビアが現れる。
「……ご、ごめんなさい……」
「はあ、自分の家じゃないんですからね」
「どこ行ってたんだ」
「……ああ、そうでした」
そういうと、ルビアは手に持っていた紙袋を渡してくる。
「……朝食です。街のパン屋で買ってきました」
「…………あ、ああ」
突然の出来事にワンテンポ遅れて俺はそれを受け取る。
「…………ルビアは、なんか最近優しいですよね?」
「そ、そんなことないです! 散策のついでに見かけて買ってきただけです! 自分の分だけ買うわけにはいかないので!」
確かに、口調は未だにキツイが最近のルビアは物腰が柔らかくなったような気がする。
「まあ、せっかく買ってきてくれたんだし、食べるか」
焼きたてのパンは、懐かしい味がして美味かった。……もしかしたら俺と同じ世界からきた人が焼いたものなのかもしれない。
「……この街にはいない?」
朝食を取りながらもちろんこの街に外来者、もとい同郷者の話は伏せながら、蔵人から聞き出したクロサキの話をルビアに伝える。
「少なくとも、最近は見かけないらしい。昨日街で聞いたんだ」
「……昨日の夜は遊びに行っていたんじゃないんですか?」
「そ、それは……」
「……どうにも怪しいですが、まあ昔はいたってことはもしかしたら戻ってくるかもしれませんし、少し様子を見ますか」
とりあえず、ルビアはこの街が俺の世界から来た人達だらけであることは気づいてないらしい。やっぱり魔術回路があるかどうかを判断できるのはクリスタの特権なのか。
「なんか、今日はやけに街が騒がしい気が——」
——クリスタがそう言い窓を開けた瞬間、街から悲鳴が響く。
即座に反応し、武器を持って部屋を出て行くルビア。
「……とりあえず、俺たちも行くぞ」
「は、はい」
外へ出ると、何が起きていたのかはすぐにわかった。
街の中に魔物が数匹侵入してきたらしく、先に出たルビアがもうすでに駆除していた。倒れているのはオオカミのような姿のブラッドドッグと呼ばれているこの世界では弱い部類の魔物らしいが、生身の人間と比較すればその力は強く鍛えた人間でないと倒すことは難しい。この街までの旅路で俺も何匹か倒した。……もちろん、クリスタの力を借りてだが。
「……さすがだな」
戦闘を終えたルビアに近寄り話しかける。
「これぐらいの低級魔物、なんてことないです」
「それにしたって5匹ぐらいいるじゃねぇか」
流石にクリスタの力を借りても、5匹同時相手は想像したくない。
「…………」
ルビアがブラッドドッグの死骸を見ながら何かを考えているように黙っている。
「どうした?」
「……い、いや、なんでもないです」
この世界の魔物はどういう仕組みかわからないけど、その命を終えると黒煙と共に消えていく。まるでRPGの魔物のように。でも経験値やお金は落としてくれない。
「わ、私、怪我をしている方がいないか見てきますね」
そういってクリスタは、魔物が来たであろう方向へ走っていく。
「エータ、もしかして片付けてくれたのか?」
背後からした声に振り返ると、蔵人が慌てたように宿から出て来たところだった。
「いや、俺じゃないけど、旅の仲間が……」
そういってルビアの方を向く。
「……エータ。その方は?」
「あ、ああこの宿のオーナーで……」
「蔵人だ。まあ、町長みたいなことをやっている。退治してくれてありがとうな。いつもはこんな街の中まで入ってくることはないんだがな……」
「…………」
「……どうした? ルビア」
「……クラウドとやら。この街の治安はどうなっているんですか。こんな低級魔物の侵入を許すなんて。もし子供が襲われたらどうするつもりですか」
「そ、それは……」
怒りを露わにするルビアと狼狽える蔵人。
「お、おい。ルビア?」
「ブラッドドッグぐらい街の入り口で食い止めることもできないんですか?」
「それは、だな……」
「お、おい、ルビア落ち着けって」
「落ち着いてられますか!!」
「…………傭兵が人手不足なんだ」
絞り出すように蔵人が答える。
「そんなもの、そこらへんの攻撃魔術に長けているものを何人か雇えば済む話じゃないですか。なのに誰も家から出てきて退治しようともしない。この街は異常です」
その会話だけで、俺はすぐこの現状に合点がいった。
「お、おい、その辺にしとけって……!」
「エータは黙っててください!!」
そこに、クリスタが戻ってくる。
「軽い怪我人はいましたけど、みんな無事でした…………ってどうしたんですか?」
「そうだよな……」
——まさか、蔵人。
「お、おい! 蔵人! そいつには、だめだ!」
「だめ……? 何がダメなんですか?」
「う……」
「…………やっぱり、何かを隠してますね、エータ」
「……いや、隠し通すのも無理な話だったんだ、すまないなエータ」
「いや! そいつにだけはダメなんだ! それは!」
「……この街の住人のほとんどに、魔法を使うことを禁止させているんだ」
「それはなぜですか」
「……暴走を事前に防ぐためだ」
「暴走………………そういう、こと、ですか。これを、隠してたんですねエータは」
「それは…………」
「おかしいと思ったんですよ。異常に優しい住人も、文化も私の知るものと差異があった」
「話を……」
「《ジセット》……」
もう一丁の銃を生み出し、睨んだ先は蔵人。
「だ、だめです!」
クリスタがルビアの前に立ちはだかる。
「……あなたたち2人で、私を騙してたんですね」
「そ、そんなことはありません! これは!」
「言い訳は聞きたくありません! 私たちの仕事を忘れたんですか!」
「聞け! ルビア! この街は確かに外来者を匿う町だ! でもさっきも言った通り魔法を使うのを禁止して事前に事故が起こるのを防いでいる。だから別の言い方をすればこの街は外来者を管理しているだけなんだ。だからこの街がこの世界を陥れるなんてことは……!」
「……クロサキがかつて過ごしていた街なのに、ですか?」
「……それは、」
「……やっぱり、私など、どうでもいいんですね、エータは」
「……は?」
「エータにとっては私は、ただの殺人鬼で。隠し事をしなければいけない相手で、やっぱり、外来者とわかり合うなんて、無理な話だったです」
「そ、そんなことは……!」
「……なら……、なら……!!!!」
赤く燃える瞳には俺だけが、映っている。
「力を示してくださいエータ!!!!!! 私が間違っているというのなら!! その手で私を止めなさい!!!!」
——その目は、泣いているようにも、見えた。
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