11 黒色の鼠

「————おそらく、この街は何らかの事情があって外来者たちが集まっている街、ということです」



 今まで見たことの無いほど真面目な顔でクリスタはそう言い切った。


「……え?」


「エータ様と同じ気配の方達ばかりなので、間違いありません」


「……もしかして、その話をするためにわざわざルビアから逃げたのか?」


「……ごめんなさい、突然困らせてしまって。ルビアが知ったらちょっと困ることになりそうだったので……」


「あー……」


 あいつだったら住人を皆殺しにするって言い出してもおかしくないからな……。


「……私は、悪意がない外来者たちとは共存していきたいんです。確かにこの世界を脅かしかねない人たちなのかもしれないですけど、でもエータ様みたいな優しい人たちもいるのかもしれない。それなのに生まれた場所が違うからと最初から解り合おうとしないのは……やっぱり、納得できないです」


「……ありがとな」


「……何故エータ様がお礼を?」


「いや、やっぱ同じ世界の人間だし、魔法とかに憧れる気持ちもわからないでもないからさ……」


「そういうものなんですか。……魔法がないなんて私には信じられませんけど」


「お前らにとっては当たり前なんだもんな」


「それに、魔法がなかったら怪我した時や、長距離を移動したい時に困るじゃないですか」


「……あー、なるほど」


「え?」


「いや、魔法があるといろんなものが必要なくなるんだなって思って」


「?」


「いや、すまん。俺の世界にはさ、人の怪我を魔法を使わないで直す仕事があって、魔法を使わずに人を遠くに運ぶ箱があるんだよ」



「…………そんなの、魔法よりもずっと凄くないですか?」



 ひどく驚いた顔でクリスタがそう言ってのける。


「……そうなのかもな」



 結局、全部そういうものなのかもしれない。



 自分の持っているものをいちいち欲しくならないように。持っていないものは持っていないから、欲しくなるのだ。魔法と科学も例に漏れず。


 異世界になんて行けるはずがないから、異世界転生がweb小説で流行ったりするんだ。たったそれだけのことなのかもしれない。


 いや、俺も実際来ちゃってるんだけどさ、それどころか何人もきちゃってるけど……。



「…………」


「どうした? クリスタ」


「でも、やっぱりこの街が危険でない保証もないので、このままルビアに黙っているのが正解なのか、正直わからないんですよね……」


「……確かに、クロサキみたいな危険な外来者の隠れ蓑になっている可能性もあるからな」


「はい……」



 どうしたもんかと頭を抱えていると、路地裏に貼られているポスターのようなものが視界に映る。











「…………は?」







 俺はそれをみて、喫驚した声をあげる。


「どうしたんですか?」


 そのポスターは何の変哲も無い絵が描かれたものだったが、その絵に俺が見覚えがあった。


「……なあ、クリスタ。この世界にアニメってあるのか?」


「へ? あに、め……、ってなんですか?」


 やっぱりか。というかこの世界へきてからテレビすら一度も見かけてない。


「この絵に見覚えは?」


「え? ……これは……動物の、絵です、かね? いや、特には……なんなんでしょう?」


 そこには、俺と同じ世界から来たならほとんどの人間が知っているはずの


 『赤い半ズボンを履いた二本足で立つ丸い耳を持つ黒いネズミ』


 が描かれていた。


「そういえばこの紙、街中に同じものが貼られていたような」


 あまりにも自然で見落としていた。……それは、元の世界なら問題になるはずの光景で、でもこの世界だからこそ、重要な意味を持っていた。


 そのポスターをじっくり観察すると背景に溶け込むように『CROWNED』と『英語』で書いてあった。


「そういうことか……」


「え? エータ様? どうしたんですか?」


「なあ、クリスタ。俺たちが泊まってる宿の名前って『クラウンド』だったよな」


「え? あ、はい。確かそんな名前だったかと」


 もちろん、この世界の公用語が英語なわけがない。言葉で意思の疎通を取れるから今の所困ってはいないが、この世界の文字は俺の世界にはなかったもので、俺には未だにミミズが這っているようにしかみえない。




 ——だから、この世界でそのキャラクターを知っていて、英語が読めるのは『外来者』だけだ。







「クリスタ、宿に戻るぞ」





 

 宿『クラウンド』は3階建。1階が受付となっていて俺たちが宿泊している部屋は3階にある。


 さっきまで気づかなかったがよく見ると受付の男の名札にはポスターと同じく『CROWNED』と書かれていた


「お客様? どうかしましたか?」



「……クリスタ、この人には【あるか】?」


「……ないですね」



「?」



「……あの、ポスター、どういうことだ?」


 俺がそう聞くと、男の営業スマイルがみるみる剥がれ真顔で尋ねてきた。


「……その顔は、日本人か?」


「ああ、神奈川に住んでた」


「今すぐ支配人を呼ぶから、ちょっと待っててくれ」


 そう言うと男は慌てて裏へ行ってしまう。


「どういうことですか?」


「まあ、すぐにわかる」



 奥から出て来たのは初老の男だった。


「新しい同郷者ってのはアンタか、とりあえずここじゃ誰が聞いてるかわからないから奥へ一緒に来てくれ」


 促され男についていき奥の部屋に入ろうとすると、一旦止められる。


「……嬢ちゃん、アンタは、」


 クリスタへ訝しげな視線を向けていた。


「……この子は大丈夫だ。俺たちとは違うけど、お前らがやましいことをしてなければ危害を加えることはない」



「……まあ、いいだろう」



 支配人室へ入ると、秘書のような女の人にお茶を出されソファに座らせられる。

「俺の名前はクラウドだ。驚かせて悪かったな。この街のことがバレるとまずいんだ」


「一体どういうことだ? この街はなんで外来者ばかりなんだ?」


「おっと、外来者って呼び方はやめてくれ、俺たちはマングースじゃないんだから。仲間はずれのようで気分が良くないからここでは同郷者と呼ぶようにしてる」


「そ、それはとてもいいことだと思います!!」


 クリスタが興奮気味に反応する。


「おお、嬢ちゃんわかってくれるか。その髪色だとこの世界の住人だとは思うがいい子だな」


 確かに、こんな青い髪なんかコスプレでしか見たことがないから当然か。


「んで、その同郷者をあんな著作権ガン無視ポスターでここに集めて何をしようとしてるんだ?」


「ここは異世界だから罪には問われないさ。あれならみんな気づくだろ? それに別に何かしようってわけじゃない。殺されないように匿ってるだけなんだよ。外の世界から来ただけで殺されるのは、やっぱり納得いかないからな」


「そういえば、アンタ外国人なのに日本語を話すんだな」


「へ? あ、ああ、違う。俺は日本人だ。っていうか完全に日本人の顔だろ俺」


「いやでも、クラウドって」


「倉庫の蔵に人って書いて蔵人なんだ。ややこしくてすまんな」


 どこかの警察官みたいな名前だな……。


「でも受付の男には日本人か? って確認されたんだが日本人以外にもいるんだろ? 言語とかどうしてるんだ?」


「あー、それか。なんかな、俺もよくわからないんだが、みんな日本語話すんだよ。アメリカ人も中国人も。でも当のそいつらは日本語を話してるつもりはないらしい。アルファベットとかの書き文字はそれぞれなんだが。もしかしたら飛ばされた時にこの世界の口語をむりやり記憶にねじ込められたのかもしれない。という見解が有力だな」


 だったら書き文字も習得させてくれよ……。


「元々この街にいた人たちはどうしたんだ?」


「この街は凄く小さい街だったんだよ人口も数十人しかいなくて、何もわからず俺がここにたどり着いた時、匿ってくれたんだ。……それが悪いことだとわかっていながら、な」


「すばらしいです!」


 クリスタが嬉しそうに相槌を打つ。……まあ、お前も同じことを俺にしてくれたんだけどな。


「だから、俺は恩返しをすることにしたんだ。俺は元の世界では大工をしててな。魔法が使える住人と協力したらもう面白いぐらいに簡単に家ができるんだよ。俺みたいな同郷者が流れてくるたびに手を取り合って俺たちの世界特有のノウハウを生かして、街を大きくしていった。工業や農業、科学や料理なんかの、魔法があるからこそ発展してこなかった技術を魔法と一緒に使うと便利でさ、元々貧しい街だったんだが今じゃこんなに大きくなったってわけだ」


「なるほど、大体はわかった」


「お前もこの街に住むならすぐにでも家を用意してやるぞ」


 まるで当たり前のように、俺にそう言ってくれる蔵人。


 だが、


「…………いや、いい。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。この街に定住はできない」


「そうか。まあ、訳ありなのは雰囲気から察してたさ」


「悪いな」


「ああそうだ。もし旅先で同郷者を見つけたらこの街のことを伝えてくれ」


「ああ、約束する。……あと、ひとつ、聞きたいことがある」


「なんだ?」




「クロサキ、という名前を聞いたことあるか?」




「……ああ。会ったことがある」


「本当か?!」


「名前は黒崎 望。でも今この街にはいねえぞ。かなり前から姿も見せない。最近あいつがいろんな街を壊滅させて回っている噂を聞くが、それは本当なのか?」


「ああ、俺も実際殺されかけた」


 いや、かけたどころか殺されたんだけど。


「……あいつがそんなことできるとは思わねえけど」


「どういうことだ?」


「いや、俺にはそんなことできるやつには見えなかったんだよな。いつもびくびくしてて落ち着きのないやつだったからさ。まあ、正直気味は悪いやつだったが」



 それ以上は新たな情報は得られず、俺たちは蔵人にお礼を言って部屋を後にする。部屋に戻ると、ルビアはもう寝たようで静まり返っていた。



「いろいろありすぎて疲れた……」


「そうですね。早く休みましょう、エータ様」


 そう言って俺のベッドに入ってこようとするクリスタをルビアを起こさないように追い出すのに20分を費やした。




 疲れてるって言ってるだろ。






 

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