10 非所持の街
「姫様の直々の依頼だからな、半端な仕事はできないよなあ」
そう言いながら鍛冶屋の老人、クォールは鈍い白銀色の剣を見せてくる。
「こいつの名前は〈チョークベルク〉大事に使えよ?」
「お、おう……」
受け取ったそれは稽古の時に使っていた木刀とほぼ同じ大きさの70センチほどの少し剣身が大き目な片手剣だった。そしてめちゃくちゃ重い。
こんなん軽がるふりまわせるのかよ。
「なんだ、それぐらいで重いとか言うなよ?」
俺の心を読んだようにからかってくる。
「わ、わかっている。これぐらいなんてことない」
「あっはっは。ならよかった。……くれぐれも、大切にあつかえよ? そいつは"繊細"だからな」
「繊細……?」
「まあ、あれだ。女を悦ばせる時みたいに、大切に扱えってことだ」
そう言って大笑いするクォール。……って下ネタかよ!! このエロじじい。扱ったことなんてねえっつうの! 俺と同じようにクォールの話を聞いて恥ずかしそうに顔を伏せるクリスタと、
「……?」
なんのことだかわかってない様子のルビア。
武器を受け取った俺たちは、早速街を出ることになった。
「どこにいくんだ?」
「ここからずっと東にフリムという街があります。まあ、私は実際に行ったことはないのですが、そこでクロサキ目撃されたという情報があります」
ああ、そういえばそんなことを王と話してたな。王本人のインパクトが強すぎてあまり会話は覚えてないけど。
「クロサキに関しては全く情報がありませんので、こんな信用度が低い情報でも調査しなといけないんです。まったく面倒臭い……」
「でも、その街の名前は私も聞いたことありますよ。旅人にとても親切にしてくれる優しい街だとか」
「旅人に親切にしても街になんの得もないというのに、おかしな街です」
「そんなこといっちゃだめですよルビア。それに、今は私たちが旅人みたいなものなんですから、私たちの得になるでしょう?」
「う……」
どうやらルビアはクリスタに強く出れないらしい。まぁ、年下だしな。
「とりあえず、当面はクロサキを探し出してとっちめればいいんだな」
「まあ、そういうことですね。串刺しにされた借りを返すと思って頑張ってください」
「いやいや、お前も頑張れよ」
「私は、相性が悪いんですよ……」
「相性?」
「私は炎の魔法が得意で、どうやらクロサキは水の魔法が得意みたいで、こちらの方が魔術の腕は上なのに相性が悪いせいで仕留めるまでに至らないんです。代わりにこの前のように不意をつかれなければ負けることもないですが。……まあ、あなたがまともに戦ってくれれば簡単に倒せると思います。まともに戦ってくれれば、の話ですが」
うるせぇ、2度言わなくてもわかってるわ。クリスタの助けがあれば俺だって戦える。
「クリスタの力を自分の力だと思わないことですよ。その油断につけ込まれますよ」
心を読むな。
「私は、それでいいんですけど……」
「この前も言ったでしょう。筋力や速さを上げるような比較的簡単……でもないですが、そういう魔法はいいとしても。この前のような重力を操ったり空を飛んだりする高等魔法は、術者が対象者の体に常に触れてないと魔力供給できないんですよ」
「は……?」
「あなたに魔術の才能があれば、少しの時間ぐらいは体に魔術を留めさせられますが、あなたの場合はすぐに切れてしまうでしょうね」
「なん……だと……」
正直、あれぐらいできれば戦いくらい楽勝だと思ってたのに……。
「ってことは、結局俺は純粋に強くならなきゃいけないってことか……」
しかも、力が強くなってもその分剣が重いから筋力に関してはほとんどプラマイゼロ……。
「そういうことです。諦めて頑張ってください」
「だから言ったじゃないですか! 私がエータ様とずっと触れ合っていれば問題ないです!」
クリスタがとんでもないことを言い出した。
「ずっとあなたを背負って戦うなんてどう考えても無理ですよ。剣だってまともに振れなくなります」
全くもってルビアの言う通りだ。それにルビアから逃げている時は本当に必死だったから良かったが、背中にアレの感触を常に感じながら戦うなんて、絶対に無理だ。クリスタ意外にでかかったな……。
「…………」
ルビアに睨まれている。
「な、なんだよ!」
「いや、なんとなく嫌な感じがしたので、……まあ、いつもですが」
いや、いつもそんなこと考えてるわけじゃねえよ。男なら誰だってそうなるわ! そういえばルビアはあまり体に凹凸がないよな……。
「……エータ様、ルビアをそんなに見つめてどうしたんですか……?」
顔は笑ってるのに目は笑ってない。怖い。
「なんでもない! なんでもないから!」
「なら、いいんですけどね」
……このパーティ、大丈夫かな……。
†
2日ほどかけて、俺たちはフリムに到着する。噂通り、親切な街だった。
街中で誰に話しかけても俺たちが遠くからきたことを伝えると笑顔で労ってくれ、そして親切に街を案内してくれた。太陽が沈んでしまったのでクロサキの聞き込みは明日からにするとして、とりあえず俺たちは宿に泊まることにした。
「にしても、不気味なくらい親切だったな……」
街中で会う人全員が常に温厚で買い物をするたびに買った量と同じぐらいの商品をおまけしてくれたし、宿もびっくりするくらい安かったらしい。いや、俺はこの世界の基準を知らないからわからないけど。
「なにかあるんじゃないかと勘ぐってしまうぐらいですね……」
「そんな! 人の善意を疑うことほど愚かなことはないですよ!」
「いや、そうはいっても……」
「これは、さすがになぁ……」
「エータ様まで……」
「ま、少し滞在すればおのずとこの街の性質はわかるでしょう」
「性質…………」
「どうかしましたか? クリスタ」
「い、いえ! なんでもないですよ? さて、明日に備えて早く休みましょう?」
「……まあ、そうですね」
「……あ、エータ様、ちょっと、あとで、いいですか?」
「ん? なんだ」
「気になるお店があって……ちょっと行ってみたいなと……」
「危険があるかもしれないのに、夜街を出歩くのは……」
「だ、大丈夫ですよ、ね? エータ様?」
「いや、その……」
クリスタにめっちゃ睨まれてて、板挟みになる。
「……どうしてもいきたいと言うなら私も……」
「い、いや!! その、行ってみたいって店はちょっと、大人な感じの……」
はい?
「だから、ちょっとルビアには、早いかなーと」
「なっ…………」
「え?」
「……………………」
ルビア、めっちゃ怖い顔してるんですけど。どうすんのこれ。
「…………はあ、……遅くならないでくださいね」
「やったぁ!!」
はしゃぐクリスタ。
「私は先に休んでいるので」
なんか、あっさり許されたな……じゃなくて!
「なんだよ大人な店って! 俺は行くなんて一言も……」
「いいじゃないですか、いきましょう!」
そのまま手を引かれ宿の外へ連れ出される。
「おい、クリスタ……!」
宿から数メートル歩いたところで突然路地裏に入って行く。
「……は?」
そのまま奥まで進み、もうあたりに人は見あたらない。
「……どこ行くんだよ」
そういうと立ち止まり、俺の背後。つまり今歩いてきた方を目を凝らして確認するクリスタ。
「……ルビアは、ついてきてませんね……?」
「……いきなりどうしたんだよ」
「出会ったあの日、私は周りの人の気配を感じとることができるって言ったのを、覚えてますか?」
いきなり真面目な顔になってそんなことを言い出す。
「え? あ、ああ、覚えてる、けど」
クリスタの街にもう生きている人間がいないと断言し、そして実際クリスタ以外にあの街で生存者はいなかった。
「これは、おそらくほとんどの人が感じ取れないはずのものなんですけど、私はなぜか昔からそれを当たり前のように認識してきたんです。多分、ルビアにもできないです」
「やっぱり、お前は特別な存在ってことなのか?」
「それは……この前も言った通り自分でもわかりません。なぜ私がこんなことができるのかは、まったくわからないんです」
「そうか……」
「あの時はそう言いましたけど、厳密には人の気配じゃなくて、その人の魔術回路、簡単に言うと人が体内に循環させている魔力の気配を感じ取ることができるんです。それは魔法を使っていない時でも常に体を回っていて、それが止まるときはその人が命を落とした時なんです。…………ただしこの世界の人間であれば」
「……なにがいいたいんだ?」
「外来者は、その魔術回路が無いか、もしくは見落としてしまいそうなほど微量なんです。だからあの街にエータ様が初めてやってきて、私が瓦礫の下に閉じ込められている時、エータ様の存在を見るまで認識できなかった、だから声をかけられた時は本当にびっくりしたんです」
「つまり、俺と同じ世界からきた人間の気配はわからないってことか」
「これはおそらくなんですけど、外来者全員がずっとその状態ではなく、この世界で生活するうちに空気のように魔術に触れることによって、どんどん体内に蓄積されて行くんだと思います。だから、外来者も魔法を使えるようになるんだと、思います」
「ということは、俺もそのうち……?」
「……非常に言いにくいんですが、エータ様からは私の魔法をいつも受けているのにもかかわらず、まったく体内に蓄積していないので、多分期待しているような結果には……」
「………………」
「だ、大丈夫です! 魔法は使えなくてもエータ様は素晴らしい方なので!」
「……ああ、ありがとな……」
悲しきかな、俺の才能の無さ。
「で、なんなんだよ。そんな話をするためにわざわざこんなところまできたのか?」
「いえ……、そうじゃなくて……」
「ん?」
「…………えっと、この街を1日歩いて気付いたんですが、住人の3分の1が、魔術回路を持たない、もしくは微量の人たちなんです……」
「……それって」
「————おそらく、この街は何らかの事情があって外来者たちが集まっている街、ということです」
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