9 不意の適性
あれほど騒がしかった城内も、深夜ともなれば鎮まり返り、聞こえてくる音といえば見回りをする兵士の足音ぐらいだ。クリスタはもう眠りについてるが、俺はというと女と2人っきりの部屋で熟睡などできるはずもなく目が冴えてしまっていた。
ベッドから起き上がりなんとなく、部屋の奥にある窓を開けてみると、そこからは城下町の様子が一望できた。その眺めには高層ビルやコクリートでできたアパートなどは一切なく、そのほとんどが木組みの家と石畳で構成されていてアニメやゲームで見るそれと同じようにファンタジーな眺めだった。
「本当に異世界なんだなぁ」
かなり今更な感想を抱きつつ、少しだけ冷たい心地よい風に打たれていると、城の中庭と思われる空間に二つの人影が見えた。それほど目がいいわけでは無いが、そのうち一つの正体はすぐにわかった。
なぜなら1人だけサイズ感がおかしい。その人影は一方の人影のほぼ2倍ぐらいの大きさだった、おそらくアレクライト王だろうな。
「……こんな深夜に何やってんだ」
どうやら会話をしているように見えるが、当然、距離もかなり離れているので話し声など聞こえるはずも無い。目を凝らしてみてみると、どうやら女のようで髪はおそらく赤色の長髪。…………ルビア?
「……いや、そんなわけ無いか」
言い争っているようには見えないし、あんだけ嫌っていたのに深夜に会うなんて考えにくい。それにやっぱり遠すぎて見えないしな。
「エータ、様……?」
背後からクリスタの声が響く、どうやら起こしてしまったようだ。
「すまん、起こしちゃったか」
「いえ、大丈夫です。どうかしましたか?」
「いや、なんでも無い。どうにも眠れなくてさ」
「そうですか……あの、」
「どうした?」
「寝られないのなら、その、私と、一緒のベッドで……」
「……は?」
暗くて分かりにくいが、顔を赤らめながらとんでもないこと言い出した。
「余計寝れなくなるわ!!!!」
「そんなぁ……、転生してしばらく経っているのでもしやホームシックになってるのかと思って、私がエータ様専用の抱き枕となって癒そうと思ったのですが……」
そんなもん癒されるどころの騒ぎじゃない。
「別に、あっちの世界に未練とかはない。死んだのが早かっただけでそれなりに楽しかったからな」
「……楽しかったのなら、やっぱり未練があるのではないですか?」
「いやそれは……、今戻っても大して楽しくないというかさ、……まあ、いろいろあるんだよ」
「そう、なんですか……」
クリスタはなんだか納得していない様子で俯き、しばらくして意を決したように顔を上げ俺に向かって声を放った。
「………………あ、あの」
「なんだ?」
「あっちの世界で、その……こっ、」
「こ?」
「恋人、とかは、いたんですか……?」
「へ……?」
「だ、だから恋人です!! その、もしくはお嫁さんとか……」
「い、いや、元の世界は俺の歳じゃまだ結婚できないし……」
「じゃ、じゃあ! 恋人はいたんですか……?!」
「………………一度も出来たことねぇよ」
未来の顔が一瞬浮かんでしまったがあいつとは付き合ってなんかない。あの俺を好きだって言った未来だって幻想かもしれないし……。うん、そういうことにしとこう。
「そ、そうなんですか!」
急に元気になるクリスタ。
「そ、そういえば、この世界はいくつから結婚できるんだ?」
「結婚は、……別に決まっていませんが、15歳で成人だと定められてるので、それを過ぎたら結婚する人が多いですね」
「へぇ」
「……その……私はいつでも大丈夫ですよ……?」
おいお前、そもそも聖職者だろ。
「結婚とか、そんなの俺には無理だっての!!」
「そんなことないですよー……」
「とにかく! アホなこと言ってないで寝るぞ」
「え? 一緒にですかっ!?!?」
「違うわっ!!!!」
『 ド ン ッ ! ! ! ! 』
隣の部屋の壁が叩かれてけたたましく揺れる。
「うるさい!!!! 深夜ぐらい静かにしてください撃ちますよ!!」
「ひいい!! ごめんなさい!!!!」
おそらくルビアの声で罵られる。壁ドンとか現世でもされたことないぞ。
「……………………」
「…………寝るか」
「そうですね……」
撃ちますよって、城の壁をぶち壊す気かよ……こえぇよ。
†
次の日、朝早くからルビアに叩き起こされ、部屋から引っ張り出される。
「なあ、ルビアお前昨日の夜さ——、」
「なんです?」
「——いや、なんでもない、気にしないでくれ」
よくよく考えたら壁ドンされたんだからルビアは隣の部屋にずっといたってことだ。余計なこと言ってまた機嫌損ねたら堪らん。
「なんなんですか。……つきました」
連れてこられたのは城内に併設されている訓練場だった。
「なんだここ……?」
「おお、来たか」
入り口に立っていた金色の短髪の大柄な男が、俺たちを見つけると歩み寄ってくる。
「私には剣術の心得は無いので、彼に教えてもらってください。私の知る限りこの国1番の剣士です」
「おいおい、ハードル上げないでくれよルビアス様。俺はネフだ。よろしくな……ええっと」
「あ、エータです。ヒグラシ、エータ」
「本当に転生者の名前って変だよなぁ、覚えにくいったらありゃしない」
「まあ、名前なんか覚えなくてもそれを戦えるようにしてくれれば結構なので」
「リョーカイですよ姫様。俺もこう見えて忙しいんだ。頼むぜエータ」
「は、はあ……」
「では、私とクリスタは他に行くところがあるので、あとは頼みます。エータもサボったりせず早く戦力になれるようになってくださいね」
「んなこと言ったって剣なんて今まで降ったことすら……」
「——あぁ、ちなみにネフは男が好きなので、気をつけてくださいね、エータ」
今まで見たことの無いような満遍の笑みを俺に向けながらルビアがそんなことを言い出した。
「へぇ」
そうなのか。
「————は?」
一瞬で背筋が凍る。
「な、何言ってんだよお前! 冗談は——」
「何、言ってんだ? 冗談じゃねえぞ?」
いつの間に俺のすぐ横に立っているネフ。——肩が触れ合う。
「ぎゃああああああああ!!!!!」
怖い怖い怖い!!!
「そんな! エータ様の貞操は私のものですよ!!」
クリスタが必死になってネフの前に立ちふさがる。……いや、お前のでもねぇよ。
「はっはっは!! 安心しろ、俺は強いやつしか興味がねぇ、こいつみたいなひょろひょろ、誰が相手にするかってんだ、俺にだって選ぶ権利ぐらいあるさ」
「そんなのわからないじゃ無いですか! エータ様がとても強くなってしまったらどうするんですか!?」
「おいおい、落ち着けって青い嬢ちゃん、大丈夫だ、こんなでも騎士様だ。人のものをとったりしない」
「……ほんとですか?」
「ああ、安心しろ」
…………いや、だから俺は誰のものでも無いのですが……。
「まあ、丸く収まったところで、さっさと行きますよクリスタ」
「は、はい」
丸く収まっている気がまったくしないんだが。
「私とクリスタは街へ用事があるので、サボらず鍛錬してくださいね」
そう言って女2人はどこかへと消えていき、ネフの稽古が始まった。
当然、竹刀すら降ったことの無い俺が、突然剣を使いこなせるはずはなく、俺の木刀はネフの体を擦りもしない。
†
「あれだな、お前に足りないのは、筋力とセンスと努力だな」
それいわゆる全壊ってやつですよね……。
「とにかく、やみくもに剣を振り回しているだけじゃいつまでたっても攻撃はあたらないぞ。剣は便利な道具などではなく武装であり、そして体の一部だ。自分に当てる意思と気概がなければ一生相手を切り捨てるなんて不可能だ。拳と拳でぶつかり合っているイメージで剣を振れ」
んなこといわれても、まず体がついていかない……。ひきこもりにはきつすぎるぞ。
「ぅらあぁッ!!!!」
力一杯、体重をかけて、剣を振るが、子供をあやすように簡単に弾かれてしまう。
「まあ、それなりに良くなっているが、……まだまだだなッッ!!」
そのままネフから繰り出される剣撃をなんとかギリギリでかわす。
「…………ほう」
「はぁ、はぁ……」
もう、無理……、まじで死ぬって、過酷すぎ。
「なに勝手に休憩しようとしてるんだ、エータ! まだ終わってない————ぞッ!!」
容赦なく何度も降り下される木刀を避けることで精一杯で、攻撃なんかとてもじゃないができない。
「はあ……はあ……、」
「ったく、よわっちぃなぁお前。……ま、この俺に対峙してまだ立っていることは褒めてやる」
「くそッ……」
「今日はこれ以上やっても無意味だな。また明日こい」
「…………」
「まあなんだ、この世に意味の無い訓練などひとつも無い、続ければ使える兵士になるさ」
†
俺が人並みに剣を振れるようになるまで、ぶっ続けの稽古を持ってしても三週間かかった。
「……まあ、これならそこらへんの賊に殺されるようなことはないでしょう。ま、魔法を使われたら知りませんが」
「マジで自分の才能の無さを呪いたい……、体育の成績は悪く無いはずだったんだがなぁ……」
「……おい、エータ」
俺とルビアの会話を聞いていたネフが厳しい表情で話に割り込んでくる。
「な、なんだよ……」
「お前、本当に気づいてないのか……?」
「は?」
こいつは、何を言っているんだ。
「いや、そうか、お前はまともに剣の稽古なんてしてきたことなかったのか……そういうこともあるか……」
「まてまて、何が言いたいのかこっちはさっぱりだ」
「お前、少しは周りを見てみろ」
素直に見渡すと訓練場なだけあって兵士しか見当たらない。
「お前と同じように稽古しているやつらが沢山いるだろ」
「いや、それがどうしたんだよ」
「……ああ、そういうことですか」
ルビアはネフの言いたいことがわかったらしい。んだよ、2人して。
「エータ、痛むところは無いですか?」
「なっ、なんだよいきなり、……特にはないけど」
いきなり身を心配されて戸惑う。なんだこいつ、そんなやさしかったか?
「……勘違いしてるようですが、心配しているわけではありません」
「ないのがおかしいんだよ」
「おかしいってなっ——————」
……そこまで言われてようやく気づく。
「……みんな傷だらけになりながら、稽古してるだろ? 一方お前は、服はボロボロだが————無傷だ」
「……え? でもそれって」
「俺は初日を除いて、お前に手加減なんかしてない」
「……なんだって?」
「あまりにも当たらないもんでムキになって放った俺の本気の剣撃もお前は全部避けた。……その様子じゃ手加減して当ててないとでも思ってたんだろ。むかつくぜ」
「……エータ、私と戦った時も生身で私の銃弾を避けましたよね」
…………そういえばそんなこともあった気がする。本当に必死で忘れていたが。
「お前は逃げることに関しちゃ一級品ってことだ。まあ今のままだと負けない代わりに、勝てもしないがな」
そういって高らかに笑う。
「まあ、なんだ、お前の嫁はサポート呪文が得意なんだろ? 協力してもらえばいい」
「は? 嫁? 何の話だ?」
「……多分、クリスタのことでしょう」
「はぁ?!」
「なんだ違うのか、てっきり」
「違う違う!」
今この場にクリスタがいなくてよかった……。また話がややこしくなるところだった。
「さ、とにかく一応こんなものでいいでしょう。あとは実戦で覚えてください。私もいい加減城から離れたいのでクォールの剣を受け取ったらさっさと出ますよ」
「あ、ああ」
「まあ、頑張れよエータ。どっかであったらよろしくな!」
そういって力一杯背中を叩かれ激励を受ける。いや、冗談じゃなく痛いからやめてくれ……。絶対痣になってるぞこれ。
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