6 無益の鍛錬

「なあ、赤髪。結局魔法ってどうやって覚えるんだ?」


「だから! その赤髪っていうのやめてください! 私にはちゃんとルビアス・フォン・アステリアという名前があるんです!!」


 なるほど、ルビアスだからルビアって呼ばれてんのか。


「悪い悪い。でどうなんだよ」


「はあ……、まず魔法は制限なく扱えるものではありません。自分の体の中に器のようなものがあるのを想像してみてください。その器の形や容量は人それぞれですが、誰しもその器を超える魔法を扱うことはできません。……いうならば、そうですね。その器の中には水が満たされているとしましょう。それが魔法を使うたびに魔法のクラスにより少しづつ、あるいは急激に減っていきます。そして、その器の中がカラになると、体力と同じように休ませたりして回復をさせないと再び魔法を使うことはできなくなります」


 なるほど、マジックポイントみたいなもんか。

 赤髪……もといルビアがクロサキに追い詰めた時に魔法が打てなくなったも燃料切れだったってことだな。


「それだけではありません。扱うことのできる魔法自体にも限りがあります。魔法にはそれぞれ1から6までクラスというものがあります。私の魔力を爆炎に変換し銃を使って放つ魔法ザザントはクラス2。大地の力を利用し魔力を地面に打ち込むことでその力をより強大なものへ変換し、火柱として具現化させる《バドルシュラム》はクラス4です。というように強力な魔法とクラスは比例していきます。ここまで、わかりますか?」


「ああ、なんとなく。まるでRPGみたいだな」


「……あなたが、何を言っているのかさっぱりわかりませんが、続けますよ。そしてそのクラス数が大きいほど習得が大変になってきます。クラス1ぐらいの魔法なら30分あれば普通の人間は覚えられますが、クラス5になるとそれは数年から数十年単位の鍛錬が必要となってきます。外来者は、身の程を知らずにクラス5をいきなり扱おうとして事故を起こしているのが殆どです」


「なるほど、やっぱり簡単に強力な魔法が使えるわけじゃないんだな。…………ん? ちょっとまて、クラスは6まであるんじゃないのか?」


「クラス6は基本的に『一生修行を続けても習得できない』と言われています」


「なんだよ、それじゃあ誰も使えないんじゃ……」


「……クラス6の魔法は一部の、所謂“天才”と呼ばれる者にしか習得できません。それは本当に一握りしか存在せず。ほとんどの場合、その個人にしか扱えない唯一性のものがほとんど。このクラスの魔法が扱える人間はこの世界で一生を過ごしても1人出会えるか出会えないか、というレベルで珍しいんです。ちなみに私にも当然扱えません……しかし、」


 ルビアの視線が俺らの背後にいたクリスタに向く。


「私との戦闘で彼女が最後に使った《ホールディーエントス》。この魔法のクラスは6です」


「…………は?」


「《ホールディーエントス》はその唱えた術者の周囲にある魔法、その全てを無効力化できる魔法……だそうです。まぁもちろん初めて見たので知りませんでしたが……。魔法から身を守るのではなく自分の周囲で発動している魔法そのものを“なかったこと”にできるのでそれは強力なんて言葉で片付けられるものではありません」


「………………」


 クリスタはただただ沈黙を続けている。


「ますます、あなたの存在が謎なのですが……、フルールド、あなたはいったい……」


「そ、そんなことどうでもいいじゃないですか。ただ運が良かっただけですよ。いつの間にか使えてた〜みたいな?」


「クラス6の魔法がただ運が良かったなどという理由で習得されたらったまったものじゃないのですが……」


「ほら、今は私よりエータ様のが大事でしょう? 私のことなど気にせず続けてください、ほら! それに私のことはどうかクリスタと呼んでください。旅の仲間なんですから」


「……その旅の仲間の素性がわからなくて不安なのはこっちなのですが……」


「とにかく、私はただの教会に勤めていた女です。それ以上でもそれ以下でもありません」


「…………まあ、いいでしょう。もしあなたが反逆を起こしても私に傷をつける手段がないのですから」


 人に危害を加えることのできる魔法をクリスタは扱えないから、ルビアにとって脅威にはなり得ない。


「……それにこの魔法も万能ではありません。無効化できるのは魔法そのものだけで、魔法によって引き起こされた現象。たとえば吹き飛ばされた瓦礫などは無効化できないので、あの町のみんなを守ることは叶わなかった」


 そういって俯いているクリスタにかける言葉が見当たらない俺の代わりにルビアが口を開く。


「……まあ、あの町を守れなかった責任の大半は私にあります。クロサキが外来者であるにもかかわらずあれほど巧みに魔法を使ってくると予想できなかった……」


「……いえ。悪いのはルビア、あなたではありませんよ。本当に悪いのは襲った本人です」


 クロサキ、あいつは何が目的だったのだろうか。



「……とにかく、これ以上外来者の好きにさせてはいけない。エータ。いち早く戦力となれるように頑張ってください」



 そうして、俺の鍛錬の日々が始まった。













 † 













「…………信じられない、まさか、これまでとは」


 ルビアが驚愕の声を上げる。その視線の先には紛れもなく俺がいる。


 あれから5日、休まず鍛錬を続けていた俺に、扱えるようになった魔法は、



 ……ただ一つとしてなかった。



「………………いや、いくら異世界から来たからとはいえ……これはさすがにポンコツすぎませんか……。この世界では小さな子供ですら扱えるような初歩魔法さえ習得できないなんて……」


 頭を抱えるルビアを見るに、俺のこのザマは相当以上らしい。


「あはは……」


 俺は、ただ笑うしかなった。


「……はあ、あなたには魔法の才能が著しくないようなので、諦めて別の手を打ちましょう」


「……別の手?」


「武装です」


「…………えっと……なんて?」


「ですので、あなたには武装をしてもらいます」



 【悲報】異世界で、武装。



 いや、確かに、確かに最初は魔法なんか……って思ってたけどさ。心機一転この世界で頑張ろうってなって、魔法を使うことに関して憧れすら感じていたのに、……誰に一番文句言われそうだって。未来に一番文句を言われそうだ。



「……まあ、安心してください。私も正直、対して魔力が強いわけではありません」


「……あんなに使えるのにか?」


 俺はルビアに襲われたときのことを思い出していた。するとルビアは腰から銃を抜く。


「私の元々の魔力をこの銃【ガーネイル】で増幅させています。魔法で弾丸を作って、それを加速させる術、いわゆるトリガーとしてこれを使っているわけです。」


「なるほど……」


「なのであなたの、まあ、カスほどにもならない魔力でも、この銃のよう増幅させるアイテムがあれば、魔法に太刀打ちできるようになりますよ、きっと」


 ……ちょっと、もう少し言葉を選んでくれてもいいんじゃないですかね?


「……まあ、この銃、兄のお下がりなんですけど」


「お前、兄貴がいるのか」


「………………すみません、関係ない話をしました。では、方針としてはそういう感じで。じゃあ今日は帰りますか」


「ああ」






 †






「エータ様、ルビア。おかえりなさい」


 宿に戻ると待機していたクリスタが出迎えてくれる。


「ああ、ただいま」


「今日はどうでした……?」


「ダメだった」


「そうですか……」


「結局は私のように武装をすることに落ち着きました」


 そうすると少し考えるそぶりをみせるクリスタ。


「……でもそうすれば私もサポートしやすいですね」


「そういえばクリスタは、新しい魔法とか覚えたりしないのか?」


 そうすれば魔法が使えない俺なんかよりずっと役に立つんじゃないか。


「ああ、それは無理です」


 即答するルビア。


「え?」


「クリスタは完成されすぎています。器の話は覚えていますか?」


「ああ、キャパオーバーする魔法は覚えられないって話だろ?」


「彼女は自分の限界まで他人をサポートする魔法だけを詰め込んでいるのでこれ以上魔法を扱うことは不可能です。それは、もうどんなに簡単な魔法も入る余地がないように。……本当に愚かとしか言えませんが」


 正気じゃありませんとため息を吐くルビア。


「……でも私、こんな自分も気に入ってるんです。少し前までは、自分1人では何もできなくて、役に立たないなって思ってたんですけど。でもエータ様とルビアから逃げている時に思ったんです。誰かが隣にいてくれれば、もしかしたら私はなんでもできるんじゃないかって。…………だって結局、1人でなんでもできる人なんてどこにもいないわけですし。……だから私はこれでいいんです」


「…………まあ、本人が納得してるならいいでしょう。打つ手もないわけですし」


「でもエータ様が武装するにしても、ルビアのように拳銃にするのですか?」


「いや、それは無理でしょう。エータの場合、弾丸を作り出すことすら難しいですし、武器そのものに殺傷能力のあるものでないと……」


「例えばなんだ?」


「まあ、一番扱いやすいのは剣でしょうね…………ああ、」


「どうした、ルビア」



「明日、出発しますよ」





 次の日、俺たちはルビアに連れられ魔法の力で散々移動し、エルドラから遠く離れた大きな町へ来ていた。高いそびえ立つ壁に遮られていて、中の様子は伺えないし、左右に広がる壁の両端はどれだけ目を凝らしても見えないほど広く広がっている。


「おい、ここはどこなんだ、ルビア」


 なんの事前説明もせずに何万キロも移動させられた……。いや、まあ、魔法の力で来たから疲れてはないんだが。


「……王都、アステリア」


「この世界で一番権力を持っていると言われているとても大きな国です。……私も、初めて来ました」


 目を輝かせているクリスタが補足で説明をしてくれる。


「なんだってまあ、こんな馬鹿みたいに大きな国まで来たんだ」


「ここには知り合いの鍛冶屋がいます。あなたの武器をその方に作ってもらおうかと。それにこの国でいろいろ用意しなければならないものがあるので」


「なるほど……」


 鍛冶屋とは、またファンタジーなことで。


「さ、行きますよ」


 そう言ってどんどん進んでいくルビア。慌てて追いかける俺とクリスタ。



「——まて! 入国目的言え!」



 しかし大槍を持った二人組の門番に入り口で止められてしまう。


「あ、……えっと、俺らは、その……」


 俺は突然のことに動転して吃ってしまう。こんなの聞いてないぞ。


「……その人たちは私の連れです。通してあげてください」


 ルビアが戻ってきて、門番に語りかける。すると


「はっ?! しっ、失礼しました!!! すみません!! 入国を許可します!!」


 ルビアの顔を見た途端、慌てたように槍を下ろし通してくれる。


「……なんだったんだ? 今の」


「……気にしないでください」


 そういうとルビアは自分の服についているフードを深く被る。


「なにやってんだ?」


 さっきからルビアの挙動がいちいち不自然だ。


「こちらにもいろいろ事情があるんです。そんなことよりも、進みますよ」


 門をくぐると、盛大に賑わっている町が現れた。エルドラとは比べものにならない程多くの人々がいて、日本で例えるなら、都会ぐらい人がいるんじゃないか? 狭い所に人が集中していて、今まで見て来た景色とはまるで違う。街並みはファンタジーのそれだから元いた世界と光景はまったくちがうのだが。



「……おどろきました。こんなに活気がある町だったんですね。アステリアは」


「まあ、この世界で一番安全な場所と言われていますからね。外来者が現れてから逃げるようにこの町に移住してくる人もたくさんいるので、昔よりもかなり人口は増えました」


 異世界に来てから、こんなに一度に人間を見ることはなかったが、やっぱり異常だ。まず黒髪はほとんど見かけない。服装も、ローブ姿だったりマントだったりして、コスプレ会場でもこんな変な格好しているやつはこんなにたくさん居ないぞ。


 ……いや、まあ、この世界からしたら今の俺の普通の格好の方が変なんだろうけどさ。




「こっちです」


 そういうとルビアは路地裏へ入っていく。そのまま入り組んだ道を進んでいくたびに見かける人影は減っていき、ついには、さっきとは比べものにならないくらい。閑散とした風景に切り替わる。


「なんか、不気味だな……」


「まあ、こんなところ普通の人は来ませんからね。物好きぐらいしかここで店を開こうなんか考えませんよ」


 そういうとぽつりと佇む一軒家に入っていくルビア。俺とクリスタもついていく。


「いらっしゃ……、なんだ珍しい。お嬢様じゃないか。こんな老いぼれに何のようだい?」


 その中には白いひげを生やした長身のやけに体の大きい老人がいた。


 ……ってか本当に老人かこれ。顔と体なバランス取れてなさすぎだろ。サンタクロースみたいな顔にボディービルダーの体がついているような見た目だ。


「クォール。剣を作って欲しいんです」


「まあ、ここに来るってことはそういうことだろう。しかし、お嬢様、あんたが使うんじゃないんだろう?」


「……この青年が使う予定です」


 クォールと呼ばれたおっさんは俺の方を見る。……迫力やばくてまじこえぇんだけど。


「ほう……。お前……外来者か」


「わかるのかっ?!」


 つい言葉に出てしまう。


「はっはっは。それぐらい分かるさ。何年もずっとこの世界に生きてきたんだ。自分の世界の人間じゃないやつを見極めるぐらい造作もない。お前の身体から一切の魔法の気配も……ん? まてよ」


「…………」


「このおかしな気配は、まさか万象の木の実か?」


「……そこまでわかるなんて……すごい」


 クリスタが驚きの声を上げる。


「ふぉっふぉっ、伊達に長生きはしとらんからな、まあ、それでも万象の木の実をこの目で見たのは数える程しかないが。独特の匂いがするんだよ。……さて、この私に直々に打たせるなら、かなりの値打ちは覚悟していただきたいが……大丈夫なのかな?」


「……え? 俺お金なんて持ってな——」


「はい、大丈夫です。その者は王都のため、数年間タダ働きしてもらうので」



「————は?!?!」



「ふぉっふぉっ、それなら安心だ。最近客も減って困っていたからな正直助かったわい」


「おいちょっとまて。そんな話、俺聞いてねえぞ」


 俺は納得がいかずルビアに詰め寄る。


「大丈夫です。住むところも食べるもの不自由はしませんよ。……その代わり、それ以外のことは一切保証しませんが。それとも、やっぱりディアルドに殺されますか?」


「じょうだんじゃねえ! 詐欺じゃねえか!!」


「人聞きの悪いことは言わないでください。命の恩人にそんなひどいことするはずがないじゃないですか」


 ……こいつ、笑顔でしゃあしゃあと!


「とにかく、武器がないとあなたはこの国に貢献することすらできないんです。諦めてください。それにクォールの武器はかならず値段以上の価値があります安心してください」


「…………」


 悔しいが、ルビアの言う通り魔法が使えなきゃ武器を持たないと戦えない。

 こんなファンタジーの世界でそれは死活問題である。


「……わーったよ」


「わかればいいのです」


「決意は固まったみたいだな。二週間ぐらいでできると思うから、そうしたらまた来てくれ」



 そうして、俺たちはクォールの鍛冶屋を後にして路地裏を歩いていると、


「——あ、」


 何かに気づいたようすのクリスタが足を止める。


「……何か、変だと思ったんです」


「どうしたんだ? クリスタ」




「……ルビアの名前」




「は? 名前がどうしたんだよ」


「エータ様、気づきませんか。ルビアの苗字」


 苗字? えーっと……なんだっけ?



「この前、名乗ってたじゃないですか。……ルビアス・フォン・”アステリア”」



「アステ……、ってえ?」



「ってことは……、ルビアは……」



 逃げるように無言で進み続けるルビア。





「「王女様!?!?!?!?!?!?」」





「……どうでもいいじゃないですか。そんなこと」


 ルビアはそう言いながらめんどくさそうに視線を逸らす。


「だから、門番があんなにビビったり、クォールにお嬢様って呼ばれたりしてたのか……」


「……くれぐれも街中で私の名前を呼ばないようにしてくださいね。……騒ぎになるので」


 そういって再びフードを深く被る。



「お、おいっ。まてよ!」

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