5 殺傷の機関
目が覚めて見えたのは、木造の天井だった。
「……エータ様」
そこには俺の顔を覗き込み、目に涙を溜める、クリスタの姿があった。
「…………」
……どうやら、どっかの能天気女が言うように、俺には“オヤクソク”が起きたらしい。
「……エータ様……? あの、大丈夫ですか……?」
「…………あ、ああ、大丈夫だ。……でも俺の記憶が正しければ、氷の矢で全身を突き抜かれた気がするんだが……」
どう考えても命が助かるような状況じゃなかったはずだ。
「それは……その……」
「——私ですら、あんな奇跡、初めて見ましたよ」
聞き覚えがある声に振り向くと、壁に寄りかかって腕を組んでいる。
…………赤髪がいた。
「ぬあああああああああああああ!!!!!」
驚きすぎて、ベットから転げ落ちる俺。
「……何をしているのですか、愚か者ですかあなたは、」
「あ、わわわ……」
やばい殺されるっ……!!!!!!
「……安心してください。もうあなたを襲ったりなんかしませんよ」
「ひぃぃっ!!!! …………………………え?」
赤髪はまるで蛆虫を見るような顔で、情けなく尻餅をついた俺を見下ろしてる。
「はあ……、こんな人に私が追い詰められるなんて……本当に不覚です」
「え? え? え……?」
「安心してくださいエータ様。彼女がもうあなたの命を奪う気がないのは本当です。……というより、奪うことができなくなった……が正しいですかね」
「……フルールド、余計なことを言わないでください」
さっぱり状況がわからない。二人に聞きたいことは山ほどある。でも今一番重要なのは、
「……で、なんで俺は生きているんだ……?」
やっとの思いで立ち上がり、クリスタに尋ねる。
「えっと、その……」
なんだ? 妙に歯切れが悪い。
「その人に隠し通すことはできませんよ、フルールド」
「これです……、」
そう言うと、クリスタは俺に木の実の殻のようなものを見せてきた。まるで大きな胡桃の殻のようにも見える。
「……これは?」
「…………」
「……それは、
黙りを決め込むクリスタの代わりに赤髪が答える。
「ユグ…………なんだって?」
「
なんだそのチートアイテム……。異世界には蘇生アイテムまであるのかよ。なんでもありか。
「そして、その実ひとつの価値は一国の国家予算にも相当するといわれています。…………それをこんな異世界人に使うなんて、気が狂ってるとしか思えない。まあ、普通の人ならそんなものを持ってること自体おかしいんですけど」
そう言いながら赤髪がクリスタに目線を向ける。
「…………」
どうやらその実の持ち主はクリスタだったらしい。
「あなた、そんなものどこで手に入れたのですか」
「……その質問に答える義務はありません。…………それよりまず、あなたはエータ様に言うべきことがあるんじゃないんですか?」
「ぐっ………………」
クリスタにそう言われ、バツが悪そうに俺を見る赤髪。
え? なに? やっぱ気が変わったから殺すとか言わないよね……。
「その、……あの、………………助けていただき……ありがとうござい……ました」
「……………………へ?」
ついさっきまで(いや、今がいつなのかわからないから、果たして本当にさっきなのかはわからんが)俺を殺そうとしていた奴から感謝の言葉を投げかけられる。
「……あーー、……いや、生きてたし、それはいいんだが……」
っていうか反応に困る。威圧的な口調はそのままだが、どうにも調子が狂う。まだちょっと体が震えてる。
そんな会話をしていると、だんだん記憶が整理されていき、当然の疑問が頭に浮かぶ。
「……そういえば、あいつは……? あの……外来者は、どうなったんだ?」
「あなたが命を落とした後、私の仲間が助けに来て退散していきましたよ」
「そうなのか……、」
命を落とした後って……。一体何回生きかえれば済むんだ俺。
「……質問ばっかで悪いが、今はいつだ? そしてここは?」
「エータ様が倒れてから3日。ここは、エルドラの中にある宿です」
「なるほど……」
俺は三日も眠っていたのか。
「まったく、待ちくたびれましたよ」
「……本当に、エータ様を連れて行く気ですか……?」
「もう決まったことです。私も不本意ではありませんが、」
「……何を話しているんだ……? やっぱり俺殺されるのか……?」
「さっきも言った通り、あなたをもう殺したりしませんよ……、まあ、私は……っていう話ですが」
「エータ様……」
不敵な笑みを浮かべる赤髪に、悲しそうな顔をするクリスタ。おい、当事者を置いて話を進めるな。
「エータとやら、もう歩けますね? 私と一緒に来てもらいますよ」
そうして赤髪に連れて行かれたのは宿屋のエントランス。そこには赤髪と同じような服装の銀色の髪の長身の男がいた。
「待ちくたびれたぞ。お前がエータか」
「おい、赤髪、こいつは誰だ」
「……赤髪とはなんですか、私にはちゃんと名前が……」
赤髪が俺に文句を言おうとした時、その男が話に割り込んでくる。
「俺の名前はディアルド。そこにいるルビアの、まあ、上司みたいなもんだ」
「はあ……」
地味に赤髪の名前を初めて知った。
「……役職は同じはずですが」
「年も魔術も俺の方が上だろうが、実際俺が助けに来なかったらあの外来者に殺されそうになってたのは、どこのどいつだ」
「ぐっ…………」
「…………で、俺はなぜ呼ばれたんだ」
「ああ、悪い悪い」
そうしてディアルドと名乗った男は俺に向き直し、問うてきた。
「お前には、二つの選択肢がある。……まず一個、今すぐここで俺に殺されるか」
やっぱ殺すんじゃねえか!!!!
「そしてもう一つ、そこにいるルビアと共に外来者の駆除を生業とするか、だ」
「は……?」
「あなたは、一度この世界で命を落とし、そしてこの世界でまた命を授かりました。……そんな前例は全くないですが、そのせいであなたを外来者としてカテゴライズすることが難しくなってしまいました」
「……まさか一般人が
「現在、あなたは実際に罪になるようなことはこの世界で行っていない。なのでもしも今、私があなたを殺したら、それはただの殺人になってしまいます」
「……でも、いまこいつは殺すって……」
「それは俺が個人的にムカつくからだ」
こいつ、頭がおかしい!
「それはまあ、置いといて。この世界は、基本的に異世界転生者の生活は保障されていません。だからといってあなたという異物を無条件で受け入れるほどこの世界は能天気ではない」
「だから、俺らの犬になれ。コマになれ。そうすりゃ住むところぐらいは用意してやるさって、つまりはそういうことだ。もし応じないのであればお前はこの世界に不必要。殺したほうが手っ取り早い」
「その場合は、あなたは殺人鬼ということになりますが、」
「俺を誰だと思ってやがる。そしたら外来者に襲われて死んだことにでもしておくさ、どうせこいつに味方をする奴なんかいないんだ」
「……でも、俺魔法なんか使えないぞ」
「それはこれから覚えりゃいい。まあ、覚えられなくてもルビアの追跡から逃げ切るどころか、命を助けたらしいお前なら盾ぐらいにはなるだろう」
「…………」
「惨めだなあ、ルビア」
嫌味ったらしくルビアに絡むディアルド。
「うるさいですよ、ディアルド。今はその話は関係ないでしょう」
「……いや、でもそれもクリスタが力を貸してくれたからで……、」
「じゃあそいつもつれてけばいい。住んでた町も滅んで行くところもないんだろ?」
「ディアルド! 一般人を巻き込むのは……っ!」
「お前は、あれほどの上位の魔法を使えて
「それは……」
そして、ディアルドは俺に向き直る。
「さあ、選ぶのはお前だ。このまま死ぬか、それとも、俺たちの役に立つか、さっさと選べ」
俺は…………、
「行きます! いえ、共に行かせてくださいっ!」
部屋に戻ってクリスタにすべての事情を説明すると、迷わずそう返してきた。
「いやでも、危険だぞ」
いや、危険どころか何が何だかわかってないけど。
「私の知らない場所でエータ様が命を落としてしまうよりずっとマシです! それに、……少し気になることもありますし……」
「え?」
「……いえ、なんでもないです。とにかく私も一緒に行かせてください!」
「はあ……、なんで私がこんな素人2人と組まなきゃいけないのですか……」
ちなみにディアルドは俺が全てを承諾するとさっさと帰って行ってしまった。赤髪は俺たちの監視と教官役として共に行動することになった。
「さっきも説明しましたが、私たちの組織はこの世界の人々を守る役目を背負っています。基本は外来者を駆除していけばいいのですが、外来者ではなく重犯罪者や反逆者を捉えるのも私たちの任務に含まれます」
「なるほど、この異世界の警察みたいなもんか……」
警察よりもかなり暴力的だが。
「ケーサツ……?」
「いや、……気にしないでくれ」
「とにかく、今のままじゃあなたたちは戦力になりません。とにかくエータは魔法を覚えてください。基本時には外来者でもしっかり覚えれば使いこなせるはずです。現にクロサキと名乗るあの外来者はかなりの上位魔法を操ります。フルールドは、……もうどうしようもないので後で考えます……」
ああ、未来。なんか知らないけど、俺は異世界に来ていきなり殺されそうになって、挙げ句の果てには殺し屋に就職させられてしまったようだ。
正直不安だらけで、でもあのクリスタが住んでいた町のような惨状を、もう起こしてはいけない。それだけは強く思う。
俺にどれほどの力があるのかは知らないし、正直本当に戦えるのかすらわからない。
でも、お前への土産話。少しは退屈しないものになりそうかもな。
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