2 白衣の聖女



『どぉぐぉおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!』



 2度目のその爆発音は突如響いた。



 その盛大な音のせいでよく聞こえないが、人の悲鳴らしき声も同時に俺の耳へと届く。



 …………まあ、

 その音の聞こえる方角の彼方で何が繰り広げられているかは、知らない。しかし、赤髪の話から察するに、それは穏やかなものではないことは明確で、そして、その原因がおそらく我が同胞、赤髪の言葉を借りれば『外来者』であること、それぐらいは俺にだって想像できた。


 体は、無意識に立ち上がって、歩いていた。

 どうせ、ここでやることもない。

 俺が向かったところで何にもならないことなんかわかっている。

 ただの野次馬精神かもしれない。別にそれでも構わない。ただ赤髪の話が真実であるのか、そうであったら俺と同じ異世界転生者がどのようにこの世界を脅かしているのか。せめてそれを確かめ、納得してから殺されよう。

 そんな馬鹿みたいな、ちっぽけな決意によって、俺の足はその音が鳴り響く方へ進んで行く。







 その場所は、思ったよりも早く着いた。さっきの草原から距離にして2キロほどだろうか。


 ——しかし、その場所が、一体「何」なのか。すぐにはわからなかった。


 一言で表すとしたならば、「それ」は「瓦礫の山」だった。

 おそらく、……本当に推測にすぎないが、そこは「町」だったのだろう。

 家屋だったかもしれない、その数え切れないほどの瓦礫の山は、「町であったもの」の中心に巨大な爆弾でも落ちたかのように、見るも無残に崩壊していた。


「……なんだ、これ」


 そこには、一切の人気ひとけを感じることができなかった。








「————…………あ?」








 ……いや、違う。


 ——感じられないのは人気ではなく、生気だった。



 【かつて人であったもの】が、町のそこらじゅうに存在することに気付く。



「……ッ……!!」


 瞬間、吐き気に襲われる。



 瓦礫に下敷になっているモノ、

 瓦礫の破片に打ち付けられているモノ、

 全身が灼け落ちているモノ、

 その他にも無数の屍が、俺の目下には広がっていた。

 多分、ついさっきまでは正常に動いていたであろうそれらは、瓦礫とともに積み上がってこの町の終焉を物語っていた。


 もちろん、死体の山なんて、実際見るのは初めてだ。

 その光景は、映画よりも、漫画よりも、アニメよりも、リアルで、悲惨で、壮絶なものだった。たとえ、それらが自分の世界とは別の世界に生きる見知らぬ誰かだとしたって、受け止めようもないほどの絶望を俺に突きつける。

 胃液が食道を通り逆流してくる。少しでも気を抜くと倒れてしまいそうだった。

 赤髪もすでに見当たらない。俺はその光景を前に、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。




「これが——」


 ————これが、俺たち異世界転生者の罪なのか……?




 この惨劇を、俺と同じ世界で生まれたやつが引き起こしたっていうのか?


 何故、何のために、何をもってして、こんな暴虐を行うことができるのか。俺には全く理解ができない。

 







 ……その時、俺のすぐ近くにある瓦礫の中の一つ。その中に微かに人の腕が見えた。


「————……っ……?!」


 考えるよりも先に体が行動していた。


 ——なぜなら、その腕が微かに、もがくように動いていたから。


 動いている! まだ息がある!


「おい! おい!! 大丈夫か!!」


 恐怖で震える身体に鞭を打ちながら、その瓦礫に近づき必死に声をかける。


「……だ、誰か……そこに、いるんです、か……?」


 中から女性の声が聞こえた。その声はとてもか細く今にも力尽きてしまいそうなほど弱々しかった。


「ああ。今、助ける!」


 そういったものの生身の人間である俺に、その大きな瓦礫を除去するのは至難の技だった。


「ぐっ……」


 瓦礫は俺の想いとは裏腹にビクともしない。


「なあ、そっちからも押せないか?」


「すみません……体が……、思うようには動かなくて……」


「くそッ!!」


 こうなりゃ、無理も承知で力づくで持ち上げるしかない。


 もう一度その瓦礫に手をかけて力を振り絞ったその刹那、


「——……《バイス、シルク》……」


 微かに動かせるらしいその女性の腕が、俺の二の腕に触れながら呟く。


「——え?」


 その不可解な呪文のような声が聞こえた途端、俺は瓦礫を軽々と持ち上げた。


 ……さっきまで死ぬほど重かった石の瓦礫が、一瞬のうちにまるで発泡スチロールに成り代わったかのように軽く感じる。


 なんだ、これ。


 そしてその瓦礫の下から現れたのは白いローブを着た、女の子だった。


「……どなたかは存知あげませんが、助けていただき、ありがとうございます……」


 腰まで伸びるまるで快晴の空を写したような青い髪と、その空を映した海のような瞳が印象的な、身長は俺とそう変わらないが少しあどけなさが残る女性だった。


「い、いや…………それは、いいんだけど、今のは……?」


 俺はいまだに自分の身に起きたことを把握できていなかった。


「えっと、今のは《バイスシルク》、という呪文です。魔物を倒したりできる強い魔法じゃないですが、触れた人の筋力を一時的に上げることができます」


 すげえな、これが魔法か……。まさか実際に体験することになるなんて。


「っ……」


 立ち上がろうとしてよろける彼女を支える。


「……無茶だって、座ってろよ」


 いや、なんとか冷静を装えたけど近い。近すぎる。


「すみません、その、ごめんなさい…………」


 本当に申し訳なさそうに、俺の支えによって立ち上がる。どうやら足に怪我していて立っているのがやっとのようだった。


「……そうだ、回復系の魔法とかって使えないのか?」


 見た目的になんかヒーラーっぽいし、できるようなら今すぐ回復した方がいいだろう。RPGみたいに傷がみるみるうちに回復する様を少し見て見たい。


「いえ、使えないことはないんですが……」


 ……? MPが足りないとかなのだろうか。こういう場面にはありがちだしな。



「——私、他人に対して効果がある補助呪文しか使えなくて……、」


「……………………は?」


 理解できていない俺に、わかりやすく説明するように彼女は続けた。


「えっと、……他人の傷は癒すことはできるのですが、自分のはちょっと……」


 ……はい?


「えっと、なので誰かや何かを攻撃する魔法も使えないですし、他の人に効果がある回復魔法は使えるのですが、自分にかけることは、その、できなくて、ですね……。誰か他の人に唱えてもらうか、しばらく休んで自然に回復を待つかしないと……」


 ……おいおい、そんなヒーラー聞いたことないぞ。そんなんRPGなら集中砲火されたら終わりじゃねえか。


「……この町も、……守れませんでした。私にもっと力があれば……、」


 その少女は目の前の惨状にただただうなだれていた。


「……えっと、君は、この町の住人なのか?」


「……はい、私はクリスタ・ウィズ・フルールド。この町の教会に勤めていました。その、あなたは……?」



「俺は……」


 一体、どう名乗ればいいんだ。


 本名である日暮ひぐらし 瑛太えいたなんて馬鹿正直に答えたら、俺が異世界転生者であることがバレて、余計に怖がらせてしまうかもしれない。最悪、あの赤髪のように敵視されるかもしれない。


「…………エータ、通りすがりの、……旅人、みたいなものだ」


「エータ様……、珍しい響きの名前ですね。……どこか遠くのご出身でしょうか」


 苦しいが、パッと偽名など思いつかないし、どもっても怪しまれるだけだからな……。


「この状況は、一体何が……」


 俺の思い過ごしかもしれない。そんな淡い期待は即座に裏切られる。


「……え、と……その、外来者の仕業です。……彼は自分のことを、クロサキと名乗っていました……」


 やはり、そうか。


「でも……、」


「……でも?」


「いえ、何でもありません……その、ごめんなさい」


「いや、いいんだけど……」


「……なぁ」


「なんでしょう……?」


「さっきの呪文、まだ使えるか?」


「それは、まあ……、おそらく効き目はまだ続いてるかと……。もし切れても私がまた唱えれば問題なく効果は持続します」


 ならよし。とりあえず、まだクリスタのように生存者がいるかもしれない。この状況でそれを願うのは少しばかり夢見がちだが、何もしないわけにはいかない。


「君はここで休んでて、俺はまだ生存者がいないか探してくる」


「…………、いえ、無駄です……」


「なんでだよ! 希望は捨てちゃダメだ! まだ君みたいに生き残ってる人がいるかもしれない!」


「そうじゃないんです……私は、その……周りの人の気配、のようなものを感じ取ることができて、…………私以外にこの町に生きている人の気配はもう、ないんです……」


「そんな…………、」


「ですから、探し回っても、生存者は、一人も……」


「………………」


 流石にこの状況じゃ仕方がないけど、会話するのもやっとで、俺の言葉に反応するだけでも心をすり減らしているように見えた。

 ついさっき出会ったばかりで、こんなことを思うのも失礼なのかもしれないけど、今にも消えてしまいそうな彼女をこのままほっておくわけには行かなかった。

 いきなり、本当に一瞬のうちに、彼女は独りになってしまった。そんなの耐えられるわけがない。


「申し訳ありません、エータ様。これほど親切にしていただき、大変感謝いたします……。しかしこれ以上を私は望みません。……どうかあなたは、あなたのための生活に戻ってください。これ以上あなたを巻き込むのは……、」


「……そうはいってもな…………」


「いえ、いいんです。……いや、何も返せない私を助けていただいただけでも、もうそれは神の祝福と同義なのです。」


 …………そんなことできるわけない。


 こちとらもうすぐ殺される身だ。自分のためにしたいことなんて今更どこを探したってない。

 だったら最後に少しぐらい誰かのために行動してもいいだろう。

 ただの自己満で、身勝手で、でも、死ぬ前の最後の行動としては悪くはないだろう。


 だからこれは、彼女を助けるためではなく、俺が気持ちよく死ぬための行動でしかない。



「…………なあ、俺の移動速度を早める呪文とかないか? できれば力はそのままで」


「……え? あ、はい。ありますよ。命を助けていただいたんです。私の魔法があなたの足になることぐらい安いものです」


「そうか、じゃあさっそくかけてくれ」


「はい、では」


 そういうとクリスタは俺の体に触れ呪文を唱える。


「……《クーリエト》」


 唱えられた瞬間、自分の体が恐ろしく軽く感じる。


「エータ様、今夜の宿をお探しなら、一番近い町はここから南東に……」



「——そんなのは後でいい」



「……え?」



「この町の住人は何人ぐらいだ?」


「……え? ……えっと、16人、ですが……、小さい街なので、みんな私の知り合いで……」


「ああ、わかった、任せろ」


「エータ様、何を……?」




 その後、俺はクリスタの魔法の力を借りて瓦礫を除去し、住人全員の遺体を一人残らず探し出し、ずいぶん簡易的だが、全員分のお墓を作り遺体を埋めた。


 いくら力が強くなって体が軽くなったといえど、その作業量は相当なもので、全員分が済むまでにずいぶん時間がかかってしまった。


「……その、瓦礫の中で眠るよりかは、ずっといいだろうな、って」


「………………」


 クリスタは終始、ただ呆然と俺の仕事を見つめていた。


「……余計なお世話だとは思ったんだが、さすがにこの光景を見て何もしないわけにはいかなかった」


「………………」


「おい……? ……クリスタ?」



「…………っ……」



 その場で泣き崩れる。



「何故……。何故……見ず知らずの私、いやこの町のためにそこまで……っ」


「……いや、そんなこと言っても、ほとんど俺の力じゃなくてクリスタの魔法の力だし」


 これは本当だ、別に俺はやろうと思っただけで、それを可能にしたのはクリスタの魔法だ。別に大変なことでもない。


「そんなことありません!!! ……私は何の役にも立たなくて、町が崩壊していくその瞬間も何もできずに、それどころかペリドルさんの魔法に守られて私だけが助かって……」


「ペリドルって、さっきの爺さんか……?」


「はい……、この教会の神父で孤児だった私を育ててくれた方です。本当の娘のように大切にしてくれて、でも私は何も返せなかった……」


 クリスタのいうペリドルとは、教会の瓦礫に埋まっていた厳格そうな老人のことらしい。


「……私に、魔法を教えてくれたのもペリドルさんでした。私が他人にしか効果がない魔法しか使えないのも、いつもペリドルさんが自分よりも他人を想って生きていれば、いつか必ず誰かが自分よりもお前を大切にしてくれる人が現れる。といって、どんなに強い魔法よりも他人の役に立つ魔法をたくさん教えてくれたからで……」


「……そう、だったのか」


「ペリドルさんのいうとおりでした。こうして見ず知らずにもかかわらずエータ様が私のために親切にしてくれた」


「いや、だからそんな大げさなことじゃ……」


 他人に感謝されるなんて、本当に久しぶりな気がして、むず痒い。


 褒められたような生き方はずっとしてこなかったから。


「とにかく、本当に、感謝してもしきれません……、本当に、本当にありがとうございます」


 目に涙を溜めながらクリスタは俺を見つめる。


「だから本当に俺は大したことしてないって! ……他にやることもなかったし」


「……いえ、私の命は、私の全ては、…………もう、あなた様のものです」


 雲の切れ間から注いだ光が彼女を照らし、その青い髪がサファイヤのように輝く。

 アニメだったらきっと、ここは美術に力を入れるような……じゃなくて!

 おいおいおいおいおい、何だよこれ。

 こちとら女の子と目を合わせるだけでも体力使うんだぞ。

 こんな吊り橋効果で絵に描いたような惚れイベント許されていいはずがない! 


「と、とにかくやめてくれ! 俺はそんな大それた人間じゃない! それより自分の心配をしてくれ」


「……エータ様がそういうのであれば……、」


「とにかくお前の怪我をどうにかしなきゃいけないだろ。近くの町へ行けば治癒してもらえるのか?」


「えっと、はい、南東にエルドラという大きな町があります、そこへ向かえばおそらく……」


「よし、わかった。背負ってやるから俺の力をまた上げてくれ」


「いえ! そんな、これ以上お世話になるわけには!! ……あっ」


 無理やり立ち上がろうとするクリスタがまたよろける。


「そんなこと言ってもまだまともに歩けないだろ」


「…………すみません、その……では失礼します……」


 クリスタを背負って町を出ようとすると、そいつは現れた。








「————探しましたよ。こんなところにいたんですね。罪深き人」





 その声の主は他でもない俺を生さんとする、あの赤髪だった。



 ……畜生。ここまでだっていうのか。


「……え?」


 クリスタが状況を飲み込めず戸惑っている。


「さあ、裁きの時間です。覚悟はいいですか」


 その、どこまでも冷たい声と視線に、全身が恐怖する。


 ちくしょう、ちくしょう、せめて、クリスタを町まで届けてから……。


 ……あんまり反抗はしたくなかったが、こればかりは……。





 俺は、クリスタを背負ったまま、その少女と対峙する。

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