1 罪の通告



「……………………は?」


 目の前には深緑色の軍服のような格好をした拳銃を構える女の子が、腰まである血のように赤い髪を揺らしていた。こんなアニメみたいな髪色、異世界に来ないと見れないな……なんて言ってる場合じゃなく。


「ちょっとまて、なんでいきなり殺されなきゃならないんだよ」


 この世界にこれっぽっちも未練などないが、流石に理由もわからずに殺されるのはごめんだ。何より銃で撃たれるとかめちゃくちゃ痛そう。トラックに轢かれたばっかなんだぞこっちは。


「……何故?」


 俺の言葉を受けてその少女は嗤った——ように見えた。


「それは、あなたが異世界転生者だからですよ。……わからないんですか?」


 銃口を俺に向けたまま、その少女はただただ冷淡に答える。


「いやいやいやいや! さっぱり意味がわからねぇよ!」


 確かに俺はたった今異世界から飛ばされてきたけど、なにも好きで飛ばされて来たわけじゃねぇんだぞ。


 俺が異議を唱えると、彼女は一度銃を降ろして俺の顔を見据える。

 その銃口から銃弾が出るのかレーザーが出るのかは知らんが迷いのないその目に流石に背筋が凍る。


 俺の目の前に立つ赤髪はさっきまでよく見えなかったが、ずいぶん幼い顔をしていた。低い身長にやけに整った顔がその少女を美少女たらしめているが、しかし、その手元の物騒な武装のせいそこまで意識が回らない。

 髪色のせいで判りづらいが、歳は15、16、あたりだろうか、同級生の女子よりも少し幼く見える。


「……冥土めいどの土産に教えてあげましょう。あなたたちの存在はこの世界にとって有害で駆除すべき対象だからです」


「……駆除」


「十数年前から私たちが住むこの世界には異世界から転生してくる人間が現れ始め、そして日を追うごとにその頻度と数は増えていきました……そして、その転生者の存在により、大きな問題が浮き彫りとなっていきました。どうやら、彼らがいた元の世界では、私たちの世界では当たり前のように存在している。魔法も、魔物も存在しないらしく、彼らはそれらに憧れを抱いているようでした」


 俺と同じ世界からきたならばその気持ちは、わからないでもない。


「それ故に、彼らが現れてからというもの、各地で魔物の必要以上の遊猟が頻発しました。しかし、彼らはこの世界では子供でも倒せるような弱い魔物しか相手にできないため生態系の乱れが起き、弊害として捕食対象である弱い魔物が居なくなってしまった強力な魔物たちが今まで襲っていなかった人間までも襲うようになりました。その他にも、転生者は扱いきれない大規模な魔法を使おうとし、制御できず、その結果火事、水害、その他もろもろの事故等が相次ぎ、もともとこの世界で過ごしていた私たちの暮らしは脅かされています」


 それは、


「……そりゃあ、なんというか、散々、だな…………」


 本当に、心からそう思った。


「事態を重く見たある国の王は、異世界から転生してきた人たち。通称『外来者』を一人残らず抹殺し駆除することを決めました」


「外来って……俺たちはマングースか何かかよ」


「……マング……なんですか?」


「いや、なんでもない。…………なるほど、な」


「さて、自分がどれほど罪深き愚かな人間か、しっかり理解できましたか」


 そういうと彼女は再び拳銃の先を俺に向ける。


「さあ、おしゃべりは終わりです。一度死んだ命、ここでまた死んだって別に何も変わらないでしょう」


 彼女はそのまま風に赤髪を揺らし不敵に笑い、トリガーに指をそえる。









 ああ、










「…………そうだな」










 まあ、腑に落ちないが確かにこいつの言う通りだ。

 もう終わった人生だし、迷惑だっていうならそれに抗ってまでここにいる理由もない。

 そもそも、俺は異世界なんかに来たかったわけじゃない。これで、当初の目的通り死を全うできるならそれでもいい。

 できれば今度こそは静かに眠れることを期待してみるか。














「…………抵抗、しないのですか……?」 





 ひどく驚いた様子で躊躇う少女。


「まあ、どう考えても悪いのは俺たちだからな。俺は何もしてねえけど」


 この世界の在り方を歪めてまで存在していたいと思わないし、そんなことは望まない。俺たちの世界でだって不利益だと判断された生き物はいつだって人間の勝手で殺されて来たのだ。さて今度は自分が殺されますって時にそれを理不尽だと思うのは、それこそ自分勝手なんだろう。


「そ、その心意気だけは評価します。……ですが私も仕事です。手加減はできませんからね」


「そりゃ残念だ。トラックに轢かれた挙句、その上拳銃に撃たれるなんて、泣きっ面に蜂ってレベルじゃないからな、できれば痛くない方が良かったんだが」


 いや、もし痛くない死に方があるなら今からでもそれで殺して欲しいんだけど……。


 俺は両手を挙げて、そのまま銃声を待つ。散々かっこつけたが流石に怖いので目は閉じている。



 聞こえるのは風の音と、自分と少女の呼吸音のみ。







 ……………………。


















 『どぉぐぉおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!』













 その時、盛大な爆発音が辺りに響く。








 ————————————————————————。







……ん? 生きてる? 銃声じゃない?



 恐る恐る目を開くと、俺の方ではなくそっぽを向く少女。


「……別の仕事が入ってしまいました。ここで大人しく待っていてください。まあ、逃げたとしてもあなたの顔は覚えましたので、無駄な努力ですけど」


 そういうと一目散に音が響いてきた方角へと走っていく……というより滑ってるなあれは。


 あれが魔法か。……と把握した時にはもう既に見えなくなってしまった。

 なるほど、あんなもの使われたらどこへ逃げたって意味がない。

 もう居なくなった彼女の背中を追うのも虚しいので周囲を見渡してみるとそこはだだっ広い草原にまるで祭壇のように組まれた石場の上だった。

 赤髪が俺のことを一瞬で異世界転生者だと判断したことから、もしかすると原理はさっぱりだがここは異世界転生されるポータルのようなものなのかもしれない。リスキルは反則だろ。


 ……しかしまさか、異世界で放置プレイされるとは思ってもいなかった。













 いや、マジで俺、これからどうすればいいんだよ。





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