異世界転生者に死を。
唯希 響 - yuiki kyou -
0 序章
死んだら異世界に転生した。
いや、ちょっと待ってくれ。どうか俺の話を聞いてほしい。
『またそれか』と言いたい気持ちは痛いほどわかる。正直俺も自分のことじゃなければもうその手の話は聞き飽きたと軽く一蹴するところだったと思う。
しかし今の俺にできることは実際に起きてしまったことを語ることだけであり、それを歪めることに意味などない。ただただ文字通り俺は死んで、そして転生したのだ。
◆
いつものように学校に向かう途中の出来事だった。突然トラックに轢かれかと思うと、オーロラに閉じ込められたような彩色豊かな異空間に俺は立っていた。
『
「……え?」
俺の目の前には仰々しい椅子に腰掛ける女がいた。
真っ白な髪をたなびかせ、その瞳はまるで宝石を埋め込んだように不思議な光を放っていた。あたりが眩しくてよく見えないが、二十歳そこらのような見た目のとんでもない美人だった。
『私はジエル。あなたたちが言うところの女神、のようなものです』
「…………はあ」
それは殊勝なことで。
『あなたは、死にました』
「……そりゃ10tトラックに轢かれたら死ぬだろうな」
めちゃくちゃ痛かった気もするが一瞬のことすぎてよくわからなかった。自分の身体を眺めても傷一つなく痛みも感じない。死んだことよりも、今のこの状況が飲み込めなくて困っている。
「ここはなんだ。天国か? 地獄か?」
『どちらでもありません。あなたにはこれから異世界に転生してもらいます』
「…………は? 冗談だろ?」
冗談であって欲しかった。
俺はどっちかというと死んだらすぐ成仏して何も残らないタイプの死を望んでいたんだけど。
『今あなたが見ているもの全てが現実です』
そりゃ高校生も半ば、早くに死んでしまったとはいえ、そこそこに楽しい人生だったから、別になにかをやり直したいとも思わないし、本当によけいなお世話としか言いようがない。
「仮にその話が本当だとしても、俺にはもうやりたいことなんかない、普通にこのまま死ぬことはできないのか」
『あなたはもう転生者として選ばれ、そして登録されています。今さらそれを反故にすることはできません』
「なんだよそれ。拒否権が無いとかそれじゃあまるで罰ゲームじゃねぇか」
本を読むことが趣味だった俺は異世界転生がなんたるかぐらいの知識は有していたが、正直そのようなジャンル全体を娯楽としてうまく楽しむことができずにいた。
『いいえ。これは、あなたにとって奇跡とも呼ぶべき幸福となるでしょう』
「どうだかな」
異世界なんてあるわけがないし、SFやファンタジーとは違って現実との境目が曖昧で『自分もそういう状況に置かれてみたい』という楽しみ方をするために書かれるであろうそれらは、どうにも俺の嗜好にはそぐわなかった。
俺は別に異世界に逃げたいわけでも、世界に鬱憤があるわけでもない。
俺が自分が生きていた『あの世界』があればそれだけでよかったのだ。
『奇跡的に拾われた命を無駄にすることは推奨できません、どうか第二の人生を受け入れてください』
おそらく異世界転生者という肩書きは異世界転生や剣と魔法のファンタジーに憧れている少年少女達にとってはそれこそ夢のような出来事で喉から手が出るほど欲しいものであるのだろう。
でも、だからこそこの状況はそういうやつらの元で起きるべきで、俺が持つべきものではない。……というようなことを自称女神のその女に訴える間もなく、有無も言わさずに話は進んでいった。
自称女神は一方的に捲し立て満足したのか、椅子から立ち上がり、手に持っていた杖のような物を俺にかざす。
『あなたのこれからに、幸があることを祈っています』
その言葉を合図に、俺は光に取り込まれる。眩しすぎて目を開けていられず腕を使って目を塞ぐ、途端に自分の身体が宙に浮いたような感覚に襲われた。
こうして俺は、大したワクワクも
魔法と魔物が
重力を全く感じないまま高速のジェットコースターに乗っているような気分だった。
しばらくそのまま音もなく飛ばされていたようだが、体感にして数分、次第にそれも落ち着いてきたと思った矢先、いきなり地面らしきものに乱暴に落とされる。
「……いってぇ」
土の匂い。緩やかな風。草木が揺れる音。石のように見える地面。
飛ばされている間、全く機能していなかった五感にいきなり様々な情報が与えられる。
どうやら無事、異世界へと転生が済んだらしい。
如何にか起き上がり周りの景色を確認しようとしたら、俺の目の前に女の子が立っていた。
「あなたには今ここで、死んでもらいます」
それが、異世界に飛ばされて初めてかけられた言葉だった。
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