第11章第2節:陸と海


   A


「その後、ホオリはどうなったの? 奥さんは、ワタツミの宮にいるのよね?」

「ちょっと悲しい話になるんだよね……」

「そうなの?」

「まず、兄を従えることになるんだ。ホオリは、ワタツミから『おまじない』を教えてもらっていた。呪いと言ってもいい」

「その呪いを、兄にかけるのね?」

「うん。釣り針を返す時に、呪いをかけるんだよ」

「兄とは違う場所に田んぼを作るようにも指示されていたでやんす」

「ワタツミは水を司る神だから、兄の田んぼが実らないようにできたんだ。兄は貧しくなって、ホオリを襲うことになる」

「ホオリは、ワタツミにもらった珠を使うのでやんす。珠は2つあったでやんす。珠は2つ。セクハラではないでやんすよ?」

「……」

「1つは、水を出して溺れさせることができる珠。もう1つには、その逆の効果があった」

「兄を溺れさせるのね?」

「そうなんだよ。助けを求めてきたから、もう1つの方も使ったんだ。命を救われた兄は、ホオリの守護をすることになった」


   B


「その後。トヨタマビメが、アシハラノナカツクニにやって来る」

「ホオリがいる方に来たわけね」

「子どもを産むためにね」

「出産のために、わざわざ海から?」

「ホオリはアメテラスの子孫。天の神の血筋だ。その子どもを、ワタツミの宮で産むわけにはいかない──。そういうことで、アシハラノナカツクニに来たんだ」

「それが、悲劇の始まりだったのでやんす」

「いったい、何があったの?」

「急に陣痛が来て、トヨタマビメは産屋に入ることになった。産屋は、鵜の羽でかやぶきをしている途中だったんだけどね」

「トヨタマビメは、本来の姿に戻って出産するのでやんす」

「その時、ホオリに言うんだ。『わたくしめの姿を見ないでください』って」

「それって……」

「見るなのタブーだね」

「ホオリがトヨタマビメの姿を見ちゃう……とか?」

「その通りなんだ。ホオリが見たのは、大きなサメの姿になった妻だった」

「それを見たホオリは、驚いて逃げ出すでやんす」

「トヨタマビメの方は、恥ずかしさを感じる」

「イザナミの時と同じよね?」

「そうなんだよ」

「星崎氏、なかなか鋭いでやんす」

「トヨタマビメは、産んだ子を陸に残して、自分だけ海に帰ることにした。彼女としては、海と陸とを行ったり来たりするつもりだったみたいだけど……。相当に恥ずかしかったようで、もう陸に来るつもりはなくなってしまった。それで、彼女は『海の坂』を塞いで、実家に帰っちゃうんだ」

「海の坂?」

「ヨモツヒラサカの海版だろうね。海だから、実際に坂はないだろうけど」

「産まれた子どもは、アマツヒタカヒコナギサタケウカヤフキアエズと言うのでやんすよ」

「え、えっと……」

「アマツヒタカヒコナギサタケウカヤフキアエズでやんす」

「長い名前ですね……」

「『アマツヒタカヒコ』は、天の神の血筋である証だね。『ナギサ』は、彼が産まれたのが渚だったから。『タケ』は『すごい』ぐらいに思っておけばいいかな。ここまでは、飾りみたいなもの」

「スサノオも、『タケ』や『ハヤ』が頭に付くことがあるでやんす」

「肝心なのは、ウカヤフキアエズの部分。これは、産屋に由来する名前だね」

「確か、鵜の羽でかやぶきをしていて……。かやぶきが終わってなかったのよね」

「だから、ウカヤフキアエズでやんす」

「トヨタマビメは、妹であるタマヨリビメを息子の元に派遣するんだ。息子の養育係にするために」

「当の息子は、育ての親であるタマヨリビメと結婚するのでやんす」

「タマヨリビメがアシハラノナカツクニに来たってことは、トヨタマビメが海に施した封鎖は、なくなっているはずだよ」

「さっき言ってた、分断されても再結合する話ね」


   C


「ウカヤフキアエズとタマヨリビメの間には、4人の子どもが生まれた。ウカヤフキアエズがしたことと言えば、結婚して子どもを生んだことだけ」

「他の人……と言うか他の神と比べると、何もしてないわね」

「でも、ウカヤフキアエズは大きな役割を担っているんだよ」

「大きな役割?」

「4人めの子どもが、後に神武となるんだ」

「神武って、あの神武? 初代天皇の?」

「うん。『古事記』上巻の物語──古事記神話は、ほぼ、神武の誕生で幕を閉じる」

「天皇となるのは中巻の話でやんす。神田氏風に言うと、『天皇の時代』になるのでやんす」

「スサノオとかもそうだったんだけど、神武は、生まれた時から主人公だったわけじゃない。父親が主人公だった時に生まれて、次に主人公となるんだ」

「神武は、上巻の最後のところで生まれて、中巻の最初の主人公になるのね」

「いわゆる『神武東征』の話に繋がるのでやんす」

「結局……。今日だけで、古事記神話の大まかな部分は語り尽くしたかな。僕、マンガの打ち合わせに来たはずなんだけど……」

「そうよね……」

「ついででやんすから、神田氏の論文の肝の部分も語っちゃうといいでやんす」

「え?」

「私も、ちょっと気になるかも……」

「星崎さんまで……。まあ、いいけどね」

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