第12章第1節:回帰


   A


「古事記神話には、6人の主人公がいる」

「イザナキ・スサノオ・オオクニヌシ・ニニギ・ホオリ・ウカヤフキアエズの6人でやんすね」

「アメテラスは?」

「彼女は、主人公って感じじゃないと思う。彼女の話で有名なのは、アメノイワヤに隠れちゃう話。あれは、スサノオの物語の中での出来事だった」

「スサノオがタカアマハラに行かなかったら、あの話もなかったでやんすしね」

「6人の主人公には、『弟がいない』という共通点があるんだ。イザナキ以外の5人は、末っ子だろうね」

「スサノオは、イザナキの最後の子どもだったわね」

「うん。オオクニヌシも末っ子だと思う。古事記神話に書かれてる分には、母親が同じ兄弟はいない。異母兄弟は、神話に出てきた分は、みんな兄じゃないかな。こき使われてたし」

「荷物持ちをさせられていたでやんすからね。弟使いが荒いでやんす」

「ニニギも、2人兄弟の2番めなんだ」

「ホオリにも、お兄さんがいたわね。3人兄弟の末っ子だったわ。ウカヤフキアエズは1人っ子ね」

「ちなみに、神武も末っ子だね。イザナキにはイザナミという妹がいるから、末っ子じゃない。でも、弟はいない」

「末っ子が優先される時代だったのかしら?」

「古事記神話では、そういう流れがあるね。オオクニヌシやホオリの話では、弟をイジメた兄が負けている」

「兄ではなく、弟の方が活躍するようになっているでやんす」

「ニニギの父親は、男ばかりの兄弟の1番上。地上に降臨する予定だったんだけど、彼の代わりに、ニニギが降臨した」

「長男の父親の代わりに、末っ子のニニギが主人公になったのね」

「うん。まるで、ニニギの父には主人公の資格がないかのように」

「主人公になった6人には、その資格があったのね」

「僕は、その6人の主人公を3つのグループに分けた」

「『イザナキ』『スサノオとオオクニヌシ』『ニニギとホオリとウカヤフキアエズ』の3グループでやんすね」

「オオクニヌシは、スサノオの子孫で義理の息子よね? ニニギの息子がホオリで、ホオリの息子がウカヤフキアエズ」

「スサノオの血筋とアメテラスの血筋なんだよ」

「途中で、別の血筋の話になるのね」

「僕は、神話の時代も3つに分けた。『イザナキの時代』『スサノオとオオクニヌシの時代』『ニニギとホオリとウカヤフキアエズの時代』の3つにね」

「それぞれの時代も、3つに分けたのでやんすよね。第1部・第2部・第3部と」

「それぞれの時代を比べてみると、いろんな共通点があったんだ。まず、古事記神話の大まかな流れを確認しておこうか」


   B


~イザナキの時代~


第1部

・イザナキとイザナミがオノゴロ島を作る(オノゴロ島に降臨)

・イザナキとイザナミの結婚

・カグツチを産んだことが原因でイザナミが死ぬ


第2部

・イザナミの死に涙するイザナキ

・イザナキがヨミの国に行く

・イザナミの姿を見てしまう(見るなのタブー)

・イザナキと追っ手(イザナミが差し向けた)との戦い

・イザナキとイザナミが別れる


第3部

・イザナキの禊(いわゆる「三貴子」の誕生)

・アメテラスとツクヨミとスサノオに国を治めるよう命じる



~スサノオとオオクニヌシの時代~


第1部(主人公:スサノオ)

・スサノオがネノカタスクニ(=ヨミノクニ)に行きたいと泣く

・スサノオがタカアマハラに行く(ウケイやアメノイワヤの話)

・スサノオが地上(出雲)に降臨(クシナダヒメと結婚&ヤマタノオロチ退治)


第2部(主人公:オオクニヌシ)

・オオクニヌシがシロウサギを助けてヤカミヒメと結婚

・兄たちに殺されて復活する(×2)

・ネノカタスクニ(スサノオがいる)に行く

・スセリビメ(スサノオの娘)と結婚

・兄たちを追い払って国作りを始める

・ヤカミヒメと離婚


第3部(主人公:オオクニヌシ)

・国作りの完了

・国譲り



~ニニギとホオリとウカヤフキアエズの時代~


第1部(主人公:ニニギ)

・ニニギが地上(日向)に降臨

・サクヤビメと結婚(イワナガヒメとは結婚しなかったため、ニニギとその子孫の寿命が有限になる)

・サクヤビメが火の中で出産


第2部(主人公:ホオリ)

・兄の釣り針を失くしてホオリが泣く

・ホオリがワタツミの宮に行く

・ホオリとトヨタマビメが結婚

・ホオリが兄を従える

・トヨタマビメが出産(見るなのタブー)

・トヨタマビメがワタツミの宮に帰る


第3部(主人公:ウカヤフキアエズ)

・神武(ウカヤフキアエズの4人めの子ども)の誕生


   C


「ところどころに、似たような話が出てきてるわね。見るなのタブーとか」

「さっき、星崎氏が気付いた点でやんすね」

「古事記神話は、まず、イザナキの時代がある。その後に続く2つの時代では、イザナキの時代にあったような話が繰り返されているんだよ。まるで、イザナキの時代への『回帰』であるかのように」

「歴史は繰り返される……みたいな感じかしら?」

「簡単に言うと、そうなるね。──各時代の第3部から見ていこうか。まず、イザナキの時代」

「アメテラスにはタカアマハラを、ツクヨミにはヨルノオスクニを治めるように命じたでやんす」

「スサノオには、海に行くように言ったのよね」

「つまり、国の統治についての話だね。アシハラノナカツクニはと言えば、まだ完成には至っていない。国作りを終えるために、イザナミを迎えに行ったけど……」

「イザナミを連れ帰ることはできなかったわね」

「国作りは、オオクニヌシによって成されたでやんす。その国は、タカアマハラ側に統治を委ねることになるでやんすよ。それが、2つめの時代の第3部でやんす」

「最後の時代の第3部は、神武が生まれる話だったわ」

「アシハラノナカツクニの統治者は、神から天皇へと移っていくことになる。これも統治関係の話と言えるね」

「各時代の第3部は、統治がテーマになっているのね」

「第3部は、その時代の終わりであり、次の時代へと繋がる話でもあるでやんす」

「イザナキの時代では、アシハラノナカツクニは完成しなかった。イザナキは、アメテラスをタカアマハラの統治者とする。アシハラノナカツクニはオオクニヌシが完成させ、タカアマハラからニニギが降臨することになる。そして、アシハラノナカツクニに初代天皇となる者が生まれたんだ」


   D


「各時代の第1部には、降臨という共通点がある。6人の主人公の内、降臨するのはイザナキ・スサノオ・ニニギの3人だけ。スサノオだけは、アシハラノナカツクニからタカアマハラに行った後、降臨することになる。彼らの降臨は、結婚とセットになっているんだ」

「イザナキとイザナミは、一緒に降臨するのよね」

「スサノオは、降臨した出雲でクシナダヒメと出会うでやんす」

「ニニギも、降臨して結婚するね。イザナキとニニギは、降臨した時は子どもだったと思う」

「スサノオは違うのね」

「ネノカタスクニに行きたいと泣いている時点で、大人だったのでやんす。長いヒゲが生えていたのでやんすよ」

「さらに、スサノオだけはアシハラノナカツクニ出身。だから、降臨する前に、タカアマハラに行く必要があった」

「そうしないと、降臨のしようがないわね」

「ニニギとホオリとウカヤフキアエズの時代は、イザナキの時代と共通点が多い。逆に、スサノオとオオクニヌシの時代は、ちょっと違った点が見えてくるんだ」

「仲間外れでやんすね」

「さっき、星崎さんが見るなのタブーについて指摘したけど。スサノオとオオクニヌシの時代には、見るなのタブーは出てこなかった。強いて言えば、アメテラスの話」

「隠れちゃう話ね?」

「うん。アメテラスが、イワヤの中から外をうかがう話がある」

「見るなのタブーと逆転したような内容でやんす」

「スサノオとオオクニヌシの時代では、こういう逆転のようなものもあるんだ」

「仲間外れになってるのね」


   E


「イザナミがカグツチを産んだ。これは、火と出産という話だね」

「サクヤビメも、火の中で子どもを産むのよね」

「うん。どっちも、それぞれの時代の第1部の話。でも、スサノオの物語の中には、火と出産の話はないんだ」

「ここでも、仲間外れになってるのね」

「強いて言えば──。オオクニヌシが、焼け岩に焼かれて死んだ後に生き返る。他には、スサノオに焼き殺されそうにもなる」

「その時は、ネズミのおかげで助かったのでやんす。穴の中で、火が消えるのを待ったのでやんすよ」

「スサノオとオオクニヌシの時代の第2部には、火と死というテーマは出てくる。他の時代の火と出産という話も、火と死と言える内容だった」

「イザナミは、カグツチを産んで死ぬわね。でも……。サクヤビメの方は、死と関係のある話だったかしら?」

「ニニギは、サクヤビメとだけ結婚したことで、寿命が有限のものとなったんだ。サクヤビメの出産と言うか、ニニギの結婚は、死と関わりが深いんだよ」

「そうなると、サクヤビメの出産も、火と死という話になりそうね」

「3つの時代の全てに、火と死というテーマが登場するのでやんす」

「ただし、スサノオとオオクニヌシの時代では、第1部ではなく第2部の方に出てきているね」


   F


「次は、泣く話に注目してみようか」

「大の男が、揃いも揃って泣きわめく話でやんすね」

「イザナキは、イザナミが死んだから泣くのよね。スサノオは、ネノカタスクニに行きたくて泣いていたわ。ホオリが泣いたのは、釣り針を見つけないといけなかったからね」

「スサノオだけ、第1部でやんす。他は第2部でやんすよ」

「スサノオとオオクニヌシの時代では、火と死という話が第2部にあった」

「反対に、泣く話が第1部に来ているわね」

「スサノオとオオクニヌシの時代では、テーマの登場箇所が逆転しているね。──泣いた彼らは、アシハラノナカツクニから別の国に行ったんだ」

「ヨミ・タカアマハラ・ワタツミの宮ね」

「スサノオの真の目的地は、ネノカタスクニ=ヨミだった。でも、彼がネノカタスクニに行くシーンはない。オオクニヌシがネノカタスクニに行く話はあるけどね」

「オオクニヌシが泣くシーンは?」

「それはないんだ」

「泣いているウサギを助けたり、オオクニヌシの母が泣いたりはするでやんす」

「オオクニヌシが泣いてネノカタスクニに──。そういう流れなら、イザナキやホオリと同じになるんだけどね」

「第2部は、他の国に行く話が共通しているでやんす。オオクニヌシがネノカタスクニに行くのも、第2部でやんすから。ここは、オオクニヌシも仲間外れじゃないでやんすね」

「各時代の第2部では、離婚する話も出てくるんだ」

「イザナキとイザナミが別れて、ホオリとトヨタマビメも別れてるわね」

「オオクニヌシも、ネノカタスクニから戻った後、1人めの妻と別れるんだよ」

「ウサギを助けて結婚した女性でやんす」

「どうして別れちゃったの?」

「スサノオの娘が正妻になるんだけど……。その正妻を恐れて、子どもを残して姿を消すんだ」

「ネノカタスクニから妻を連れて来たら、アシハラノナカツクニで別の妻に逃げられたのでやんす」

「ホオリも、ワタツミの宮で結婚してるわね。その後で、アシハラノナカツクニで離婚しているわ」

「イザナキの場合は、すでに第1部で結婚している。だから、ヨミで結婚ということにはなっていない」

「別れた場所は、ヨミになるのかしら?」

「微妙なところだね。岩を挟んで、イザナミはヨミの側、イザナキはアシハラノナカツクニ側だったし。──そして、離婚によって、2つの国に境界ができたよね。これは、トヨタマビメが海に帰る話でも同じだった」

「オオクニヌシの離婚の時にも、何かあったの?」

「オオクニヌシの離婚では、そういう話になっていないね。むしろ、アシハラノナカツクニとヨミが再結合する話と読める」

「神田くんの考えだと、ヨモツヒラサカの岩は、スサノオにどかされていたんだったわね」

「オオクニヌシは、ヨモツヒラサカを通って、アシハラノナカツクニに戻って来たでやんす」

「海の方は、タマヨリビメがアシハラノナカツクニに来た時に、再結合しているはずだよ」

「タマヨリビメは、ウカヤフキアエズと結婚するのよね」

「うん。離婚によって分離した2つの国が、結婚によって再結合しているんだ。アシハラノナカツクニとヨミの再結合に関しては、『スサノオが岩をどかして、オオクニヌシがスサノオの娘と結婚』という2段階になっているけど」

「分離から再結合まで、時間がかかっているでやんす」

「海の方が、再結合は簡単だったのかしら?」

「分離の力が弱かったんだろうね。トヨタマビメの方は、実家に帰るだけだったんだけど……。アシハラノナカツクニとヨミの分離は、イザナキが命がけで達成したことだった」

「追っ手に追われていたものね」

「第2部には、兄弟間での戦いもあったでやんす」

「イザナキとイザナミの戦いは、ヨミで行われた。実際に戦ったのは、イザナミの手下だったけど。イザナキは、桃を使っていたよね」

「ヨモツヒラサカのふもとにあった桃ね」

「オオクニヌシは、兄を倒すために、スサノオの武器を使ったんだ」

「スサノオからパクった武器でやんすね」

「ホオリも、お兄さんも溺れさせてたわね」

「ワタツミから授かったものだから、ワタツミの宮にあったものだね。イザナキの話だけ少し違うけど、オオクニヌシもホオリも、異国で授かったアイテムで兄に勝っているんだ」

「いろいろな共通点があるのね。回帰……だったかしら?」

「うん。古事記神話は、『イザナキの時代』と『イザナキの時代の回帰』という構成になっているんだよ」

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