石
僕は転がっている石を指先でつまみ上げた。
消しゴムぐらいの大きさのその石は黒色で、表面は磨いてあるかのようにつるりとしている。説明書きによるとどうやらゲルマニウムというらしい。
僕はその石をしばらく眺めたあと、お腹の上に乗せ、ふーっと息を吐いた。
顔から噴き出している汗をタオルで拭く。
専用の室内着はもうじっとりと濡れている。
僕は岩盤浴が嫌いだ。
そもそも汗をかくのが嫌いだ。
そんな僕が今、熱した石が敷き詰められた小部屋で寝転んで汗だくになっている。
なんのことはない。
彼女といっしょに岩盤浴のある銭湯に来ているからである。
デトックスだか何だか知らないが、彼女は岩盤浴で汗をかくのが好きらしい。
併設された露天風呂は泉質も良く、アメニティもシャンプーとコンディショナーが別で用意してあって好みの感じなのだが、この岩盤浴というのは何度来ても好きになれそうにない。
暑さに耐えかね、僕は彼女に声をかける。
もう……まだ早いよ。そんなことを言いながらも彼女は僕とともに退室する。
僕らは冷爽房と名付けられた火照った身体をクールダウンするための小部屋に移動する。
冷気が心地よい。
次は生薬房ね、と彼女は言った。
生薬房は天井に生薬だかなんだかよく分からない臭い物の入った麻袋がいくつも吊された部屋で、先ほど滞在していた薬石房よりももう少し暑い。
えー、もういいよ。向こうで「亜人」の続き読むから。
畳の敷かれた離楽房には約六千冊の漫画が並べられており、僕は四巻までしか読み進められていない「亜人」の続きが気になっていた。
残念ながら僕の意見は即座に却下され、せっかく熱の取れた身体を再び熱することになる。
妙な匂いのする生薬房の中で、僕は薬石房から取ってきた石を彼女に見せる。
ほら、これ。
これはね。ガルボ石。
ガルボ? お菓子のガルボ? あはっ、ほんとだ。ガルボの形してる。
これは、水切りしたらめっちゃ跳ねる石。
あー、この平べったさは新記録でるね絶対。
これは、ナンパとかする男の家にあるエロいソファー石。
このポコって出っ張ってるとこが背もたれってこと? これは確かにエロいかも。
彼女は僕のくだらない妄想にひとしきり付き合ったあと、ちゃんと石を元の場所に返してきなさいと僕を嗜める。
少し前までは他人と一緒に暮らすなんて想像できなかった。
自分がちょっと難しい奴である自覚はあったし、女の子と同棲みたいなことをして上手くいくイメージは正直微塵も湧かなかった。
それなのに僕は今、彼女と一緒に暮らしている。
彼女もなかなかの曲者だったし、そもそもの嗜好にいくつも違いがあった。
二人で行く初めての旅行先が直前で台湾からカンボジアに変更になったり、シングルのベッドしかないから僕はソファーで寝るよと言っても頑なにベッドでくっついて寝たがったり、味噌汁は汁物のはずなのにやたら具沢山にしたりする。
僕はメインを凌駕しそうなボリュームのその味噌汁をチラベルトのようだと表したが、彼女はチラベルトを知らなかった。
当たり前の話だが、彼女と僕は違う生き物だ。
僕と違う彼女を僕は興味深く感じ、彼女と違う僕を彼女は面白がった。
この違いこそが僕たちを結びつけている。
恋人同士はきっと、パズルのピースのようにぴったりと当てはまるわけじゃない。互いの凹凸を時としてぶつけ合い、削り合って、居心地の良い角度を探す作業なのだ。
僕は手にしていた三つの石を見つめる。きっとどれひとつとして同じ形の石はないのだろう。
敷き詰められた無数の石の中に投げ入れる。
堅い物同士がぶつかる鈍い音がする。
その音を聞きながら、自分が今どんな形をしているのだろうかとほんの少し、想いを馳せる。
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