無駄のない会社

 試験会場は大きかった。僕と同じく真新しいリクルートスーツに身を包んだ奴らがざっと二百人は並んでいる。採用人数は二〇名。採用の門戸はかなり狭い。

 会社の名前は株式会社八狩計器。日本の計量器具メーカーの最古参であり最大手だ。小さく正確な測りから、動物や車などを測る大型のものまでを一手に扱っている。

 社風として巷で良く言われているのは、八狩計器の経営の無駄の無さである。

 測量器具を扱うせいなのか社長の方針なのか、在庫はいつも最小限。無駄な営業や広告は一切行わず、信用と実績で仕事が向こうからやってくる体制を取っている。それを可能にする高い技術力。噂を聞きつけた海外メーカーからの注文も増えている。この無駄のない経営体制と方針に、僕は感銘を受けたのだ。

 厳かな空気の中、時計の針が九時を差した。

 試験監督が説明を始める。

 試験の時間は四十分。終了の五分前に合図をすることなどを話し、再び待機するよう指示される。

 鞄や携帯電話、筆記用具なども含めて全ての私物はすでに回収されている。

 試験監督の指示で、答案用紙と鉛筆一本、消しゴム一個が順番に配られていく。

 鉛筆が一本であることに、僕は無駄を許さない会社の気風を感じた。念のため二本配るのではなく、一本だけ配る。

 いやあ流石だ。まったくもって無駄がない。

 時計の針が九時一五分を差すと同時に試験開始の合図が出された。

 僕は答案用紙をめくった。

 最初は国語の問題だった。

 論文の一部を抜粋した文章が印刷されている。これを読み、漢字や接続詞などを解いていく問題だった。

 国語は得意分野なので、これぐらいは造作もない。僕は自信を持って回答欄を埋めていった。

 次は数学の問題だった。

 数式がずらりと並んでいる。

 数学は苦手分野だった。僕は用紙の余白を使って頑張って計算した。何度か計算間違いもあったが、見直して修正したりなどしてどうにか欄を埋めていく。

 数学の回答欄を埋め終えて、次のページに映ろうとした時、自分が余白に書いた無駄な計算式が少し気になった。

 まさかこんなことで減点されることはないと思いつつも、もしかしたら無駄なことをする奴だという印象を与えてしまうのではないかと疑念がよぎってしまったのだ。

 まだ時間には余裕がある。僕は無駄になった数式に消しゴムをかけた。試験監督から最初に指示のあったとおり、消しカスは机の隅にまとめて寄せておく。あとで掃除する時に楽になるとのことだった。確かに床にバラバラと落とされるよりは効率良く片付けられる。

 いやあ流石だ。まったくもって無駄がない。

 次は英語の問題だった。英語の長文の所々が括弧で抜けており、そこに相応しい英単語を選んで当てはめていく問題。そこまで難しくはない。僕はスラスラと回答していく。

 次が最後の問題だった。我が社を志望した理由を八〇〇字以内で書きなさい。

 文章を書くのは僕のもっとも得意とするところだった。事前に仕入れた会社の情報と、僕の生い立ちや性格を上手くからめて志望動機を書き、さらに会社で自分がどんな仕事をしていきたいかも書きこんだ。一旦見直し、回りくどい表現になっているところを消して修正し、万全を期す。

 八〇〇字ジャスト。無駄のない文章を書き終えたところで終了の合図が出された。

 答案用紙が回収される。

 入社試験を受けるのもこれで三社目だ。これまでよりも緊張せずにうまく出来た自信がある。あとは面接を残すのみだ。よし、頑張ろう。


          ※ 


 入社希望の若者達が出ていったあとの会場で、私は部下達に指示を出した。

 秤を持った部下達が、一斉に机に散る。

 ペーパー試験で分かることなどたかが知れている。地頭の良さは面接の受け答えの方が掴みやすい。

 部下達が、机の端に寄せられた消しカスを次々と量り、名簿に分量を記入してゆく。

 このテストは無駄な消しカスを出した者を足切りしていくためのものなのだ。これならば無駄を出さない社風に合った若者だけを選ぶことができるし、テストの採点に無駄な時間と労力を取られることもない。

 社長の考えたこの採用方式のおかげで、無駄を出さない新入社員を採用する確率は格段に向上した。いつもながら社長のアイデアには舌を巻く。

 いやあ流石だ。まったくもって無駄がない。

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