第12話 お前が天国に行けますようにって、毎日お祈りしてあげるからな

 醜悪な暗殺者に向かって、ビトが歩いていく。

「ルカにやられて光を失ったか。それでも、お前に対して『哀れ』なんて感情はこれっぽっちも湧いてこないな、カッショ・フェロ」

 カッショ・フェロが不敵に笑う。

「うふふふ。罠とわかっていても踏み込んでくるのは、切り抜けられる自信があるからかな? それとも、おれを見て退けなくなったのかな?」

 クレメンザが、周囲を警戒しながら、ビトの後に続く。

 歩きながら、クレメンザはふと足元を見た。

 マタタビが、フロアを囲うように敷き詰められている。

 そして、マタタビの香りに紛れてわずかに臭う油のにおい。

「ビト、危ない!」

 クレメンザが叫んで跳んだ。

 上階から、大量の瓦礫が降ってくる。

 二匹はかろうじて身をかわす。

「くそっ、やられたぞ」

 瓦礫が、上階に続く階段を塞いでいた。

 フロアの天井に空いた穴から、酔ったような声が聞こえてくる。

「よ~うこそ、よ~うこそ我が城へ。はじめまして、そしてさようなら、ビト・カルデローネ」

 声とともに、天井の穴がぼうっと明るく照らされる。

 灯りの中に、カポネの顔が浮かんだ。

「お前は慎重な猫だよ、ビト。何日も観察して、このビルには兵隊がほとんどいないって確信を得た上で、攻め込んできたわけだ。今も、退路はフェロをやっつけてからゆっくり確保すればいいと考えているだろう? でも、違うんだなぁ~。おれはそれほどフェロの力を過信してはいないよ」

 カポネがいるのは、恐らく1Fの開かない扉の部屋だ。天井が崩落して、1Fと地下がつながっているのだ。

「猫を殺すのに、たくさんの兵隊はいらない。ところで、おれの顔を照らしてるこの光。なんだと思う?」

 カポネの笑い声が響く。

「ぶぶー、時間切れ~。正解は、火炎瓶でした~。ほいっ」

 穴から、火のついたものが降ってくる。

 火炎瓶はフェロの足元で割れ、炎がフェロの体に燃え移った。

「うひィィイイアアーー!!」

 炎に包まれたフェロが絶叫する。

 クレメンザが思わずつぶやいた。

「マジかよ……てめえの部下に火ィ点けやがるなんて」

 燃え盛るフェロが叫ぶ。

「ああ~熱い! 熱いよドン!」

 カポネが猫なで声で言う。

「ごめんなぁ~フェロ~。お前が天国に行けますようにって、毎日お祈りしてあげるからな~」

「あぁ~、ありがとう、ありがとうドン!」

 そう叫びながら、フェロが突進してくる。

 ビトとクレメンザは、横に飛び退いてそれをかわす。

 フェロはそのまま瓦礫でふさがれた階段に頭から突っ込み、動かなくなった。


デデーン(効果音)

カポネ・ファミリー 殺し屋

カッショ・フェロ 死亡


 フェロの死体から、足元のマタタビに炎が燃え移る。

 炎はたちまち引火して、フロア全体に燃え広がる。

「あっはっは、いい眺めだなあビト。まるで地獄だよ。じゃあ、おれは帰って寝るわ。おやすみ」

 カポネの声が途絶える。

 同時に、階段の向こうから声が聞こえる。

「おい、なんじゃこりゃあ!ビト、そっちにいるんかい!?」

 山盛の声だ。

「山盛! そちら側から、瓦礫をどかせるか?」

 ビトの声に、山盛が答える。

「そら無理じゃ! 火ィの勢いが強くてどうにもならん! ほかに出口はないんかい!?」

 クレメンザが周囲を見渡すが、非常口は丁寧に瓦礫で塞がれ、その周囲で炎が燃え盛っている。

「……すまない、クレメンザ。おれのミスだ。こうまで行動が読み切られているとは思わなかった」

 ビトの声は、いつもの自信を失っていた。

 クレメンザが言う。

「策は、無いのか」

「今考えてる」

 ビトの額に汗が浮かぶ。

 炎の勢いはますます強まり、フロアに煙が充満しつつある。

 焼き殺される前に、煙で燻り殺されるのが先かもしれない。

 クレメンザが、フロアの端を指さす。

「ビト、あれを見てくれ。何かの缶が転がっているだろう。あれは何だと思う?」

 ビトがそこに目をやると、いくつかのスプレー缶が転がっていた。

「おそらく家庭用のガス缶だ。このビルはもともと、そういう製品を扱う会社が入っていた」

「そうすると、あそこの箱には、ガス缶がたくさん入ってるってわけだ」

 ビトは少し考えて、首を振る。

「無理だ。一本や二本投げ込んだところで、瓦礫の山は崩せない。まとめて設置できれば可能性はあるが、この炎では……」

 クレメンザが、ビトの肩を抱いて言う。

「ビト、無理を言ってついてきて、本当によかったと思うぜ。いいか、お前は生き残らなくちゃいけない。なんとしてもだ」

 クレメンザが走る。

「やめろ、クレメンザ!」

 ビトの声を受けて、クレメンザは微笑んだように見えた。

「山盛、宇田川、下がってろ!」

 クレメンザはそう叫んで、ガス缶の詰まった箱に駆け寄ると、それを抱えたまま、炎の中に突っ込んでいった。

「ビト! おれたちの勝ちだ!」

 炎の中で、クレメンザが吠えた。

 すさまじい爆発が、連続して起こる。


デデーン(効果音)

カルデローネ・ファミリー 幹部カポ・レジーム

クレメンザ 死亡


 爆発の中で、劣化したコンクリートが、砕け散るのが見えた。

 猫一匹通れる、わずかな隙間が、瓦礫の間に生まれた。

 ビトが、弾かれたように走る。

 炎を突っ切り、クレメンザが空けた穴に駆け込む。

「ビト……! よう生きて戻ったわい!」

 山盛と宇田川が、瓦礫の穴からビトを引きずり出した。

 山盛が、どこかから見つけてきた水を、ビトの頭からかける。

「これで渋谷のマタタビは全滅じゃ。カポネはあんたが死んだことを材料にして、六本木を抑える腹じゃろうが、あんたが生きとんなら、もうこっちの勝ちよ」

 ビトはよろめきながらも立ち上がり、言った。

「すぐに兵隊を集めろ。渋谷にはもうマタタビが無いこと、ビト・カルデローネが生きていることを触れ回って、カポネを追い詰めるんだ。奴を渋谷から逃がすな」

 抗争に、決着の時が近づいていた。

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