第11話 その声、親父によく似ているよ
それから3日後の晩である。
ビトと山盛が作戦会議を開いていると、途端に宇田川組の事務所である駐車場が騒がしくなった。
「どうした?」
二匹がいつものトラックから外に出ると、そこには一匹の猫を従えた宇田川たつ吉がいた。
その様子を見て、山盛が笑い声を上げる。
「おいおい、そいつぁ、カポネの側近じゃねぇか」
宇田川が口を開く。
「ビトの言う通り、裏路地を見張ってたら、こいつがマタタビを運んでるのを見つけたもんでな、とっちめてやったのよ。すると奴さん、マタタビを奪われたらカポネに殺されるから、助けてくれと言いやがる」
宇田川に首根っこを掴まれて縮こまっている猫に、ビトが話しかける。
「マタタビは、どこにあるんだ?」
猫が、ビトから目を逸らす。
「あるんだろう? 貯蔵庫が」
一同に緊張が走る。
「おれは恵比寿のビト・カルデローネだ。言わなければきみは死ぬ。嘘だった場合もきみは死ぬ。本当のことでもおれが襲撃に失敗すればきみは死ぬ。万一ここからうまく逃げられたとしても、カポネは決してきみを信用しないから、やっぱりきみは死ぬ。いいか、よく考えろ。生き残るには、おれにカポネを殺させるしかないぞ」
猫は滝のような汗を流し、がたがたと震えている。
ビトが静かに言った。
「言えないか。ならおれが言おう。池尻の廃ビルだ」
その言葉で、猫は尻に氷柱を突っ込まれたような顔になった。
「……知ってるのか」
絞り出すように言った猫に、ビトが答える。
「おれの部下が、きみを1週間前から見張っている。きみのほかにも数匹、運搬役がいるな。マタタビはビルのどこにある? どのくらいの量だ? 中にいる兵隊の数は? なぜあえて一か所に集めている?」
猫は、ごくりと唾を呑み込んでから、一気に語り出した。
「マタタビは、ビルの地下だ。渋谷中にばらまいても、3か月は保つだけの量がある。ドン・カポネはその間に天猫会と手打ちして、恵比寿を乗っ取るつもりだ。あそこにマタタビがあることは、ドンの信頼するわずかな猫しか知らない。警備も10匹ほどだ。襲えばすぐに落ちる。なんでそんなところにマタタビを全部集めているのか、おれにはわからない。大量のマタタビを安全に保管しておけるような隠し場所が、ほかにないということもあるかもしれない。ドンには敵が多いから、それを警戒しているのもあるだろう。ただ……」
「ただ?」
「あんたが成功するとは思えない」
その不気味な言葉に、ビトが首を傾げる。
猫は、歪んだ表情で言う。
「ドンの考えは、誰にもわからない。ドンはもういかれちまってるんじゃないかと思うことが、何度もある。それでも、最終的にはすべて、ドンの言った通りになるんだ。だからおれたちはドンに従っている」
その時、一匹の猫が、ビトたちに近づいてきた。
クレメンザだ。
「間に合ったか、クレメンザ」
ビトのねぎらいに、クレメンザは硬い表情で答える。
「ビト、聞いたよ。行くのか?」
「ああ。おれが行く」
ビトはよどみなく答えた。
クレメンザは、眉間に皺を寄せて言う。
「罠かもしれない」
「罠かもしれないから、おれが行くんだ。少なくとも、あのビルに大量のマタタビがあるのは確実だ。罠だろうと、これを狙わない手はない」
「なら、おれも連れて行ってくれ」
クレメンザの言葉に、ビトはためらいの色を見せた。
「きみは恵比寿を守れ」
「恵比寿が無事でも、ビト、お前が死んだら、ファミリーは終わりだ」
ビトは少し考えてから言った。
「わかった、ついてきてくれ。それから、宇田川、山盛」
ビトが声をかけると、山盛よしおがにやりと笑って答えた。
「おう、もちろんわしらも行くわい。精鋭メンバーで行けば、どんな護衛がおろうが、問題にならんわ」
宇田川もうなずいて言う。
「行くなら今じゃ。こいつが消えたことに気づいて、マタタビをよそに移すかも知れん」
4匹は闇夜に紛れ、渋谷の外れ、池尻へと向かった。
池尻は、行政区画としては目黒区と世田谷区の境目となる土地だ。
渋谷駅から首都高速3号線を西に向かって、最初に出会うジャンクションが池尻である。
この都心の一等地にも、打ち捨てられたような廃ビルがある。
「意外とでかいビルじゃな」
山盛がビルを見上げて言う。
「……見張りが誰もおらんぞ」
宇田川の言うように、ビル周辺には猫の気配がない。
山盛が言う。
「ビルじゃけえ、上の階から隠れて見とるかもしれん」
ビトが周囲を見回して言った。
「突入したら、まず1Fを制圧する。ビル内では、おれとクレメンザ、山盛と宇田川の2組に分かれて進む。おれとクレメンザが先行し、山盛と宇田川は退路を確保しつつ、敵の動きを見張ってくれ」
ビルに突入する4匹。
しかし、彼らの動きをあざ笑うかのように、ビル内は無猫の廃墟でしかなかった。
「なんじゃあ、こりゃあ……もぬけの殻じゃないの」
山盛がふてくされたように言う。
「情報では、ビル内にいる猫の数はわずかだ。どこかに隠れている可能性が高い」
ビトとクレメンザが、周囲を探索する。
「損壊のひどいビルだ。開かない扉が多いぞ……」
クレメンザが、ドアノブをがちゃがちゃと回しながら言う。
「開かないのか、閉じられているのか」
「おいおい、中に伏兵が居るってことか?」
クレメンザが驚いてドアノブを放す。
「いずれにしろ、マタタビを見つけ次第、焼き払う」
ビトの言葉に、クレメンザがうなずき、持って来た油とマッチを揺らす。
「まさか、運んで来てその日に使うことになるなんてな」
「マタタビを焼いてここから脱出できれば、おれたちの勝ちだ」
1Fの探索を終え、二匹は山盛と宇田川のもとに戻る。
ビトが、下り階段を指して言う。
「1Fで探索可能な範囲は調べた。この階にも、上階にも、猫が潜んでいる可能性がある。おれたちは今から地下に降りるが、階を移ったタイミングで包囲されると危険だ。山盛と宇田川には、この階で退路を確保してほしい」
山盛と宇田川は、緊張した面持ちでうなずく。
「この扉、嫌な位置にあるな」
階段を下りると、途中に防火扉が設置されていた。
クレメンザは不穏なものを感じつつ、ゆっくりと扉を開く。
「……暗いぞ」
扉の先には、さらに階段が続いている。
月の光すら届かない地下は暗く、崩壊が他の部屋に比べて一層ひどかった。
階段の途中にも、瓦礫が散らばっている。
そして、強烈なマタタビの香りが立ち込めていた。
「クレメンザ……気をつけろ。やはり罠だ」
ビトの声で、クレメンザがフロアを覗き込む。
月の光が、壁の崩れた場所から注ぎこみ、そこだけが照らされている。
そこには、一匹の猫がいた。
潰れた両目。
波打つ太鼓腹。
汚れた牙。
カポネ自慢の暗殺者、カッショ・フェロだ。
「その声、親父によく似ているよ。ようこそ、ビト・カルデローネ」
月明かりの中で、巨大で醜い猫が、凶悪な笑みを浮かべた。
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