第9話 飯の代紋
第9話 飯の代紋、猫たちの反旗
駐車場に着いたとき、ビトは奇妙な感覚を覚えた。
カポネの手下たちが潜んでいる気配ではない。
むしろ、ほとんど猫の気配がないことが奇妙だった。
宇田川町の青空駐車場は、都心の駐車場にしては規模が大きい。これだけの広さで、車が多く停まっている駐車場であれば、もっと猫がいるのが普通だ。
「……ほんまに一匹で来るとはのう。ついて来いや」
駐車場の奥から、よしおが姿を見せる。
よしおの後について、駐車場の奥に進む。
「ここじゃ」
よしおがトラックの下に潜り込む。
ビトも、その後について入った。
「あんたが、ビト・カルデローネか」
奥から、野太い声が聞こえる。
「おれは、
宇田川と名乗る猫は、見上げるほどに大きかった。
ビトも、これほど大きな猫を見たことはない。
「宇田川組じゃちゅうても、今は組員が3匹しかおらんがのう」
よしおが茶化すように言う。
「カポネの野郎が来てからのことよ」
宇田川は、苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「野郎、マタタビをばら撒いて、渋谷中の猫を手下にしようとしとるんじゃ。うちの組員も、マタタビ漬けにされるか、マタタビ売買のうまみに釣られるかして、みんな出ていっちまった」
ビトが宇田川に聞く。
「カポネの傘下に入らないのか?」
宇田川が太い腕でアスファルトの地面を叩く。
「誰があんな野郎の下につくかい! こちとら
宇田川が言うように、宇田川組は東京の中でも際立って古いニャクザ組織だ。
一時は100匹を超える構成員を抱えた宇田川組が、ここまで零落しているのを見ても、カポネの台頭によって渋谷の勢力図が大きく書き換えられているのがわかる。
「それで、こんなはどうするつもりよ」
よしおが、ビトに聞く。
「まさかビト・コルレオーネともあろう猫が、無策でわしらに助けを求めちょるわけじゃあねえじゃろ」
ビトは少し首を傾げて答える。
「マタタビの流通を止めよう」
「そりゃわかっとるわい。どうやって止めるかが問題じゃ」
よしおがわめくと同時に、トラックの下に一匹の猫が入って来た。
「お話し中、失礼しやす。
「どうしたィ。ええから言えや」
宇田川の言葉に、組員らしき猫が答える。
「それが一大事なんで。六本木の
宇田川の大きな眼がぎろりと光る。
「なんじゃと、それで、カポネはどうした」
「へえ、手下ァ集めて応戦してますが、天猫会も退かねえ構えで、しばらく青山にゃ出入りできそうにありやせん」
よしおが、ビトをにらんで言う。
「……まさか、こりゃあこんなの仕業か」
ビトは平然として答える。
「渋谷に来る前に、六本木に寄ってきた。カポネがさばいているマタタビの大半は、青山のアメショーから調達したものだろう。青山が紛争地帯になれば、一時的にだがマタタビの流通は止まる」
ビトの言葉に、宇田川がうなり声を上げる。
「てめえ、どんな交渉しやがった! 渋谷を
いきり立つ宇田川に、ビトが答える。
「そんな
よしおが手を叩いて笑う。
「こりゃあすげえ! 恵比寿が六本木と停戦、逆に同盟結んで渋谷に攻めてくるとなりゃあ、カポネも落ち着いちゃおれんじゃろう」
ビトはにこりともせず、話を戻す。
「これでマタタビは止まる。次は組織の切り崩しだ。あんたたちに動いてほしい」
ビトの言葉に、宇田川が即座に答える。
「いいだろう、ただし条件がある。カポネを
「もちろんだ。渋谷の自治はあんたたちに任せる」
ビトの答えを聞いて、よしおが言う。
「言うても、わしら見た通り文無しじゃ。軍資金が
「恵比寿の備蓄から、望むだけの食糧支援を出そう」
それを聞いて、よしおが満面の笑みを浮かべる。
「よっしゃ、そんなら話が早え! 見とけ見とけ!」
そう言いながら、大きな布に何かを描き出す。
見るうちに、大きな茶碗と飯が描きあげられた。
「見ろ、飯の代紋じゃ! わしは今から、
ビトが、わずかに笑顔を見せて言う。
「いいだろう。カルデローネ・ファミリーが当面の食を保証しよう。カポネの組織を切り崩してくれ」
渋谷に、猫たちの反旗が翻った。
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