第3話 カルデローネ・ファミリー

 クレメンザは、小太りで柔和な顔立ちの猫だった。

 ビトが、ベルッチを殺したと自ら伝えたときにも、その柔らかな表情は崩れなかった。

「それで、きみたちは黒い手形マーノ・ネーラのボスになるつもりかい?」

 クレメンザが聞く。

黒い手形マーノ・ネーラは、恵比寿から追放する」

 ビトは、はっきりとそう答えた。

 不思議そうな顔をするクレメンザに、ルカが解説する。

黒い手形マーノ・ネーラは、イタリア猫をいじめすぎた。みんなから恨まれてる。やつらを追放することで、おれたちは支持を集めることができる」

 クレメンザが続けて聞く。

「でも、上納餌は取るんだろう?」

 これにはビトが答えた。

「上納餌は取る。だが黒い手形マーノ・ネーラのやり方は踏襲しない。やつらは、暴力で脅して餌を奪った。おれたちは、餌を求める代わりに、保護を与える。イタリア猫の縄張りは、他のどんな猫にも侵させない。そのための組織が必要だ」

 ビトは、真っ直ぐにクレメンザを見ている。

 クレメンザは、ビトの目を見て、しばらく考えてから、ゆっくりと言った。

「ぼくにできることは?」


 ……。

 翌日、三匹の猫の死骸が、恵比寿の駅前に晒された。


デデーン(効果音)

黒い手形マーノ・ネーラ 幹部

トンマーゾ エンリコ サルヴァトーレ 死亡


 これは、黒い手形マーノ・ネーラの構成員たちへの明確なメッセージとなった。もはや、黒い手形マーノ・ネーラは恵比寿では生きられない。

 数十匹の猫が、恵比寿から消えた。

 クレメンザがビトの仲間となったという噂も、たちまち恵比寿中に広まった。

 今や、虐げられ続けた恵比寿のイタリア猫たちは、自分たちの希望をビトに投影していた。

 恵比寿中の有力な猫たちが、ビトとルカのもとを訪れた。

 その猫たちを集め、ビトが宣言する。

「みんなの協力に感謝する。恵比寿の縄張りは、西部、東部、南部の3つに分けよう。クレメンザ、テシオ、ジェンコの三匹が、幹部カポ・レジームとして、これを治める。ルカは、相談役コンシリエーレだ。幹部カポに言えないような相談事は、ルカに話してくれ。約束しよう。おれたちは家族だ。家族の命と名誉は、おれが誇りにかけて守る」

 そして猫たちは、一匹ずつビトの前に跪き、その手にキスをした。

 カルデローネ・ファミリーの誕生である。

 猫たちが去った後、ルカだけがビトとともに残った。

「ビト、よかったのか?」

 ルカが聞く。

「テシオは、マタタビの密輸でカポネと関わっていた猫だ。今は関係が切れているとは言え、お前にとっちゃ、気分のよくない相手だろう」

 ビトが答える。

「テシオは、大きな影響力をもってる。頭もいい。今は、できるだけ血を流さず、恵比寿のイタリア猫たちをまとめるべきだ。速さがすべてだ。多少の毒は飲まなくちゃならない」

 そう言ってから、ビトはルカの頬を撫でた。

「だが、ありがとう、ルカ。きみが心配していることはわかる。心に留めておこう」

 ビトの言葉通り、彼の動きは速かった。

 3匹の幹部カポを通じて、餌場を徹底的に掌握し、どの餌場をどの猫が使うか、子猫の一匹にまで割り振った。これにより、恵比寿のイタリア猫の所在を、一匹残らず、ビトが把握することとなる。

 さらに、上納餌の一部を備蓄するとともに、餌が不足している他の地域の猫に貸し与えた。

 高利貸しは、利益を生み出すと同時に、恩を売ることにつながる。

 こうしてビトは、徐々に影響力を拡大していった。


 ――……。

 ある日、ビトはルカを通じて、クレメンザを呼んだ。

「クレメンザ、まずはきみの縄張りからだ」

 クレメンザは、柔和な顔のまま、深く頭を下げる。

 翌日、猫たちが、クレメンザの縄張り近くにある、ニャクザの事務所を取り囲んだ。

 クレメンザが、ニャクザの組長に微笑みながら言う。

「だからね、きみはどちらかを選ぶことができる。カルデローネ・ファミリーに忠誠を誓うか、恵比寿を出ていくか」

 組長は、額に脂汗を浮かべながら聞いた。

「もし、どちらも嫌だと言ったら?」

 クレメンザは、笑顔のまま答える。

「もちろん、戦争だ。ただし、その場合きみの敵になるのは、このクレメンザだけじゃない。恵比寿中のイタリア猫たちが、きみの命を狙うだろう。ぼくなら、そんな馬鹿な選択はしない」

 組長は額の汗をぬぐいながら、もう一度聞く。

「どうすればいい? おれは死にたくない」

 クレメンザが、優しい声で言う。

「ぼくと一緒に、ゴッドファーザーに会いに行こう。その手にキスをして、忠誠を誓うんだ。彼がきみを守ってくれる」

 こうしてビトは、土井組と関係の薄い組織から順に、一つずつ、恵比寿中の弱小勢力を呑み込んでいった。

 ベルッチの死から、わずか数か月で、カルデローネ・ファミリーは、強大な組織へと成長しつつあった。

 日々、ビトの事務所に猫たちが訪れる。

 猫たちは、緊張の面持ちで、面会の時を待つ。

 ルカが、老いた猫の手を取って、ビトの前に立たせた。

「ビト、彼はベルッチに殺されたボナセーラの父だ。孫娘のことで、相談があって来てくれた」

 ビトが、手で合図し、老猫を座らせる。

 老猫は、汗でびっしょりになりながら、口を開いた。

「お願いがございます、ゴッドファーザー」

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