第12話 猫たちの袋小路

 その日、シロは噂を聞いて不安を覚えた。隠れ家に戻ると、悪い予感の通り、おき太が消えていた。

 おき太は、ダクトの中に横たわりながら、外で会話する猫たちの声を聞いたのだ。

「青山のクロが、虚太郎に追われているらしい」

 それを聞いて、おき太が何を考えたか、推し量るのは難しい。

 ただ、彼は隠れ家を出た。

 そうして、頼りない足取りで道玄坂を下り、青山方面へと向かう途中で、クロを抱えて逃げる猫の姿を見た。

 いつか会った、アビゲイルの手下だ。

 誘われるままに、おき太は彼を追った。

 細い路地裏の道をいくつも抜け、気づけば、袋小路に入り込んでいた。

 行き止まりに、十数匹の猫。

 振り返ると、後ろにもまた、その倍ほどの猫が集まっている。

「お久しぶりね、おき太」

 猫たちの中から、アビゲイルが進み出る。

「あなたに仕返しできる時を、ずっと待ってた」

 アビゲイルが、クロの頭を撫でる。

「この子を助けに来たつもりでしょうけど、無理をしないほうがよろしいのでは? あなたが肺を病んで死の淵にいることは存じています」

 そして、クロの顔を力いっぱい叩く。

「てめえはいつまで寝てんだよオラ! このクソ雌猫が、てめえの眼の前でこのガキ引き裂いてやらねえと、アタシの気が収まらねえんだよ!」

 アビゲイルの打擲を受けて、クロがうめき声を上げた。

 目を覚まし、目の前のおき太を見たクロは、大粒の涙を零しながら言う。

「……お、おき太……逃げて」

 おき太は、優しく微笑むと、ゆっくりと、クロの方へ歩き始めた。

 おき太が、歩いてゆく。

 目の前に何の障害も無いかのように、その歩みは自然だった。

れや」

 アビゲイルの声とともに、5匹ほどの猫たちが、おき太に襲い掛かる。

 一瞬の交錯があった。

 おき太に飛びかかった猫たちも、何が起こったのか、理解できなかった。

 ただ、次の瞬間、飛びかかった5匹の猫のうち、3匹が、首から血を流して倒れていた。


デデーン(効果音)

アメショーの手下

そじ月 りん太 コジマ 死亡


「……な、なにやってんだてめえら! さっさとこの死に損ないを八つ裂きにしろ!」

 アビゲイルが叫ぶ。

 再び、猫たちがおき太に飛びかかる。

 しかし、結果は同じだった。


デデーン(効果音)

アメショーの手下

ただ夫 たか島 ぬっち 死亡


 猫たちは、おき太の体に触れることすらできない。

「ひ……ひぃ……!」

 アビゲイルが、恐怖のうめきを漏らす。

 周囲の猫たちも、おき太のあまりの強さに気圧され、動くことができない。

「まったく、使えねえやつらだ」

 猫たちの背後から、声がする。

 巨大な黒猫と、痩せぎすな黒猫が、姿を現す。

 虚太郎と、虚無助だ。

「どいてな」

 虚太郎はそう言って、アビゲイルの手下たちを下がらせる。

 その虚太郎が連れている猫たちの様子が、明らかに怪しい。

 目が血走り、身体が小刻みに震えている。

 虚無助が言う。

「猫の中にも、マタタビを嗅ぐと狂暴になるやつがいるよなあ。そういうやつらを、高純度のマタタビ粉漬けにしてやったのさ。こいつらはマタタビのためなら、死ぬことだって恐れねえ。さあ、お前ら、おき太の首ィ取ったやつには、好きなだけマタタビ喰わせてやるぜ!」

 虚無助の声とともに、いきり立った薬中猫ジャンキーたちが、一斉におき太に飛びかかってくる。

 おき太は、身をかわし、猫たちを斬る。

 しかし、薬中猫たちは倒れない。

 明らかに致命傷となるほどの傷を負いながら、なおもおき太に食らいついていく。

 何度目かの交錯で、おき太の動きが一瞬止まった。

 激しく咳込むおき太。

 おびただしい喀血。

 そのおき太に、薬中猫たちが狂ったように噛みつき、その体を引き裂く。

 それは、地獄だった。

 この世に現れた地獄の姿だった。

「……行くぜ。これで渋谷は俺たちのものだ」

 虚太郎と虚無助が去る。

 アビゲイルとその手下たちも、仲間の死体を抱えて、逃げるように消えていった。

 やがて、猫たちの消えた袋小路に、クロと、ずたずたに引き裂かれたおき太の死骸だけが残った。

 魂の砕け散るような雌猫の慟哭が、夕暮れに響いた。

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