第2話 マタタビのない人生なんて考えられないよなあ?
山盛組の代紋は、茶碗によそった飯の形をしている。
この奇妙な代紋は、初代組長山盛よしおが、広島からこの渋谷に流れてきた頃につくられたものだ。
「組員には山盛りの飯を食わせる」
そう呼び掛けて、彼は構成員を集めた。
当時、渋谷駅地下および
そんな中、山盛よしおは、持ち前の才覚と腕っぷしで、宇田川組に次ぐ規模のニャクザを組織し、渋谷に秩序を取り戻したのである。
そのころ渋谷を支配していたのは、「マタタビ王」と呼ばれたニャクザ、カポネだった。
カポネの渋谷支配は、あらゆる面でマタタビの力によるものであった。彼はマタタビの流通を支配することで、渋谷を支配したのだ。
「どうだい、きもちいいだろぉう? マタタビのないニャン生なんて考えられないよなあ? おれの言う通りにしてくれりゃあ、一生マタタビに不自由はさせないぜ!」
渋谷中の猫たちが、カポネのこの言葉に操られていたのだ。
カポネは常にマタタビで酩酊しており、酔った彼の気まぐれで、多くの野良猫が餌場を失い、渋谷は混乱の極みに陥った。
これに対抗したのが、広島から流れてきた山盛と、宇田川町でかろうじて組の看板を守っていた宇田川たつ吉だった。
彼らはカポネの隙を突いて、マタタビの保管庫を襲撃し、死闘の末にカポネを孤立させることに成功。渋谷駅での大立ち回りの果てに、カポネはついに追い詰められ、自ら渋谷川の暗渠に身を投げた。
「一回、飛んでみたかったんだ。鳥さんみたいに……」
それが、カポネの最後の言葉だったという。
デデーン(効果音)
マタタビ王
カポネ 死亡
そしてカポネを破った二人は、それぞれ宇田川組と山盛組を開き、渋谷のニャクザ勢力を二分するに至った。
これが、山盛組結成の由来である。
その伝説のニャクザ、山盛よしおが、今、とし蔵ら三匹の目の前にいた。
渋谷駅の外周にある、めったに人の来ない物置場。
ここ山盛組の本部事務所で、彼は物憂げに横たわっていた。
小柄で、痩せぎすな、サバトラの猫だ。
苦み走った渋い顔に、青い瞳が鋭い眼光を放っている。
「……
広島の言葉で、山盛よしおが言った。
老いたりとはいえ、山盛よしおの声は、底光りするように、三匹の腹に響いた。
「はい。おれが
とし蔵は、素直に答える。
「ニャクザの世界は、
言いながら、山盛よしおは激しく咳込んだ。
「
虚無助が、気遣うようにチリ紙を差し出す。山盛よしおは、そのチリ紙に、血の混じった痰を吐いた。
「……とし蔵っちゅうたな。こんなは耳ィ詰めろや」
「耳ですか」
とし蔵は、それほど驚いた風もなく言う。
「それで、手打ちにしちゃるけえの」
山盛よしおの言葉を受けて、虚無助が、古い切符切りのような道具を携えてきた。
ニャクザの世界で、耳を詰めるというのは、不祥事や不義理を働いた者が、その落とし前として支払う代償のようなものだ。耳の欠けた野良猫は、去勢済みの証であるため、耳を詰められたニャクザは、面目を失うのである。
「なに、今時ァ耳を詰めとるニャクザも多い。お前を
そう言いながら、虚無助が、とし蔵の耳に道具を当てる。
「自分で、やりますんで」
とし蔵が、切符切りを虚無助から受け取る。
ばちり、という音がした。
「……こんなは腹が座っとるのお」
自ら耳を断ちながら、微動だにしないとし蔵を見て、山盛よしおが感嘆の声を上げた。
虚無助が、すぐに耳を止血する。
「きょむ、そのまま一緒に宇田川んとこ行ってこい。宮下町の餌場ぁひとつ、くれてやってもかまわん。手打ちにしろや」
虚無助は無言でうなずく。
「シロと、おき太っちゅうたか。こんならは、わしが責任もって面倒みちゃるけん」
二匹は、何も言えないまま、事務所を出ていくとし蔵と虚無助を見送っていた。
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