第41話:世界教徒革命より〜倡和詞・アンティフォン〜
―――――――― 求憐誦(キリエ) ――――――――
ドカスカ、バカスカ。
そう言えばこの前読んだ絵本にこんな書き方がしてあったはずだ。
「てっめ! ふざけんなぁー!!」
「だからこれ俺のだって言ってんだろーが!!」
「こぉら、サクヤとマグドいい加減喧嘩するのはやめなさい!」
サクヤとマグドは取っ組み合いながら殴り合いをしている、あの二人はいつも何かと喧嘩している。
シスターのマリサさんは必死に止めようとしているが効かない。
たかだかお菓子の最後の一切れで何やってるんだろう。
この修道院が孤児院となり暮らし始めて早一年。
担当のシスターであり僕たちのお母さんみたいな存在であるマリサさんはとても優しかった。
たった一人で43人もの面倒を見ているから大変だ。
ここに人員を回せるのも一人が限界らしく、レピア崩壊によって起こった二次災害……、モンスターに対抗するために人員が割かれているみたいだ。
外に出れば……、ここの敷地外から一方でも出ればモンスターに食い殺されるとマリサさんは言い聞かせてくれた。
それから食べ物や世話なんかは街の人がよく協力してくれているみたいで何とかなっている。
だけどまだ供給は少ないみたいでお腹いっぱい食べれたことなんてこの間の聖誕祭くらいだ。
でも……、いつも一緒にいてくれるマリサさんが僕はあんまり得意ではなかった。
どうしては分からないけど何となく距離を取ってしまう。
「あら、スレイア。あなたはまたルナートの所にいるのですか?」
お姉ちゃんがあまり機嫌のよくない表情で詰め寄ってくる。
「まあまあ、ヒスワン。スレイアの好きにさせたらいいじゃな……」
「……ルナートは黙っててください。もう……、どうしてスレイアは私ではなくルナートとばっかり。昔はずっと一緒でしたのに」
「だ……、だってお姉ちゃんの周り女の子ばっかりだし」
「スレイア、いい加減女の子と話せるようになっておかないと後悔しますよ?」
そうお姉ちゃんは言うが無理なものは無理だ。
男の子でさえまともに会話するのが難しいのに女の子となんか何を話していいのか分からない。
「ヒスワーン! 今からみんなで家族ごっこするって〜」とメイがお姉ちゃんを呼ぶ。
「今行きます」
「……スレイア、また来ますね」とヒスワンは告げながら向かっていく。
昼ごはんも済ませみんなバラバラと遊び始めている。
ここの修道院は比較的広くて子供43人が遊ぶには十分な広さだ。
益体なくダラダラと遊び時を過ごして、もう一年にもなるのかと思うと時間って早いんだな、と感慨深くなったりもする。
みんな、家にあったおもちゃなどを持ってきたり街の人がくれるおもちゃがいっぱいで至る所に散らかっている。
マリサさんはニコニコしながらいつも寝る前に片付けるように言っている。
「スレイアー、邪魔邪魔ーっ!」と言いながらダニエルが僕に向かって走ってくる。
その後ろからダニエルを3人が追いかけている。
ダニエルとエレミヤ、イザヤ、エゼキエルの4人はいつも一緒で他のメンバーと遊びたがらない。
まるでその4人の中でしか信じ合えないとでも言うように。
でもあんまり外には連れだしてもらえず、いつも中で遊んでいるので退屈といえば退屈だ。
「ル……、ルナート、今日は何する?」
「んー、そうだな。昼寝してる奴も多いしな。水くみにでも行くか?」
「うん! いく!!」
そう言うとルナートがマリサさんにその旨を伝えに行く。
僕たちが寝るところは会衆席っていう長い椅子だ。
食べ終わったら大体みんな寝ている。
今はそこそこ時間が経っているから起き出した子たちが遊びだす時間だ。
すると翼廊の方でレノンが大声をあげて泣いていた。
「まあまあ」とマリサさんはかけよっていく。
お漏らししたのかな? なんて思うけどレノンもまだ3歳だ。
だけどレノンはマリサさんの手を跳ね除け一人でトイレへと走って行った。
途中で一度転びさらに大泣きしたのだが。
最近、ギスギスしている子が多くて何でも自分でやろうとする子が多い。
集団遊びも遊ぶメンバーが決まってきている。
最年長のフルールとヒスワン、よくみんなを仕切ってくれるルナートとミサはまとめ役としていつもみんなに声をかけたり世話を手伝ったりしている。
ルナートが言うに「はんこうき」だと言っていたけど僕には経験がないから分からない。
四人はいつもマリサさんに「いつもありがとう」と頭を撫でてもらっている。
すると、ルナートが戻ってきた。
ミサも一緒だ。
「早く帰って来いって言ってたけどオーケーもらえたぜ!」
「どうせまだ二人とも水の汲み方も分かってないだろうから、私もついていくね」
そうミサが言うと「いい加減出来るって」とルナートが笑いながら返す。
この二人のやりとりはいつも見ていて楽しそうだ。
ハナがいつも夫婦だ何だと冷やかしているけど笑顔で「ないわよー」何て言いながら返している。
サクヤも同じようなことを言っているけどあんまりグイグイ来ない。
「それじゃ、行こっか」とルナートが言いながら扉を開ける。
眩しい光が修道院に差し込み目がクラッとする。
ふと、振り返る。
静観な修道院で弾けるように走り回ったり笑ったりして遊ぶみんな。
シスター、マリサに愛されながら日々をみんなと楽しく過ごす。
不自由なんて一杯あるけど精一杯楽しんで生きてるし、そんなこと考えなくてもみんなといれば生きていける。
だけど、こんな日常は……。一体いつまで続くんだろうか。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
クスクス、とどこかで笑い声が聞こえる。
「こぉら、今は洗礼中ですよ?」
「「ご、ごめんなさーい」」
マリサさんの注意に2人は従う。
こんな時でもマリサさんは笑顔だ。
ステンドグラスに描かれた聖女みたいにきれいだ、とマグドが言っていた。
今は夕食を終え家族への……、神への洗礼を行っている真っ最中だ。
鮮やかなステンドグラスが眩く静かに僕たちを照らす。
眠気まなこを擦りながら必死に黙祷と崇拝を捧げる。
僕たちはシファン教徒という扱いになっているけど教典が読めないのでマリサさんからどんなものかを聞くだけだ。
このシファン教はまだ根強く残っていて信教者もレピア崩壊の不安からか増えてきている、と聞いた。
隣のサクヤくんの首が時節コクコクと項垂れている。
寝てるのかな?と思いながら再び考え事に老ける。
僕は他の人と話すのは苦手だけど自分と話すのは好きだ。
何だか心の中にもう一人のスレイアがいるような気がする。
すると突然、
コンコン、コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。
みんなは祈りをやめ扉の方を見る。
「こんな夜更けに……、誰かしら? オセアくん、見てきてくれる?」
「わかったー」と言いながらオセアくんは身廊を真っ直ぐ走ってソオッと扉を開ける。
すると、そこから手が突き出され問答無用にギィ……と開けられる。
「こんばんわ、皆さん」
入ってきたのは男二人だった。
一人は長い毛皮のコートを着込み口元をマフラーで隠し分厚いブーツを履いていて全身が茶色い。
もう一人もコートを着ているが軽装で黒い。
腰には剣が下げられていた。
すると、突然黒色コートの男が顔を押さえ上を見る。
「おぉ……、おいたわしい。こんな子供達も洗脳されているのですか?!」
そして、男は嘆くように手を広げる。
マリサさんは何も言わない。
ここからは表情を伺えない。
「坊や達……、ここが嫌だと思ったことはあるかな?
シファン教が愚かなものだと感じたことは……、あるかな?」
ずっしりとした嫌な声だ。
男の声が嫌らしく心にのしかかる。
サクヤの眉がつり上がり男たちを睨みつけている。
威嚇のつもりだろうがあいにく全く効いていない。
すると、オセアくんがその男達に向かって見上げるように言った。
「別に嫌だと思わないよ! 毎日が楽しいんだ!」
その無邪気な問いに……、聖堂が静まり返った。
「どうしたの?」
「やはり、この教徒は間違っておられる。あの方について来て正解でした。かの神は道を既に外しておられる! さぁ子供達よ……」
男は異形な笑みを浮かべ、言った。
「新たな世界で生きるには、新たな信仰が必要なのです。
主を……、憐(あわれ)めよ」
そしてゆっくりと腰の剣を抜き。
「え……?」
初めて見た……、赤色だった。
「……ぁ、キ――ぎゃぁぁぁぁああ!!!!」
女の子達が一斉に悲鳴をあげる。小さい子達が泣きわめく。
サクヤが立ち上がる。怒声を発する。
他の子供達にざわめきの波が広まる。戻す子がいる。
走り出し外に出ようとするもの子がいる。隠れる子がいる。
混乱して何度もクイールの声を呼ぶ子がいる。何も言わず話さない子がいる。
”死”を、知らない子たちがいる。殺される嫌だ、と逃げる子がいる。
「みんな? 少し、静かにして?」
マリサさんのその声に、みんなは少しずつ静かになる。
激しく荒い息のみが伝わる。
頭の中に昔遊んだダルマさんが転んだ、っていう遊びを思い出す。
なんだか、その時みたいだ。
みんな突然、動くのも騒ぐのもやめた。
マーニアが必死にミーニアとユウの口を抑えている。
吐瀉物が臭い。
目眩がしそうだ。
視界の先にいる二人の男、その下で倒れているクイール。
気分が悪い。
倒れそうだ吐きそうだ。
急に不安に駆られる。
全員死ぬんじゃないかって。
怖い。
すると、ルナートが僕の方に手を置く。
落ち着け、と言いたいのだろうか。
だけどルナートの手は、心臓の動きがそのまま再現されたように……、震えていた。
「マリサァ、なかなかぁ懐かれているじゃないか」
茶色のコートの男が言う。
「当たり前です。一年間も世話してあげていましたから」
「ははっ、お疲れ様とだけ言っておこうか」
そう言うと男たちは外へ出ようとする。
その男たちにマリサさんが立ち上がりながら声をかける。
「わざわざありがと。助かった」
「少し様子を見に来ただけだ。
まあ何、気にするな。私たちは同志であろう?」
「そうね……、お陰で大分やりやすくなったわ」
そう言うと男は手を軽く挙げながら扉を開けた。
外から流れる冷気が静かに僕たちの間をすり抜けていった。
男たちが出て行った。
聖堂は静かだ。
いつもと同じだ。
椅子もきっちり揃ってる。
夕食も洗礼も終わって後は寝るだけ。
そう……。いつもと変わらない、はずだった。
「みんな? そろそろ寝る時間よ? 明日になったら違う街に行くことになるからゆっくり眠りなさいね」
誰も動かない。
誰も話さない。
だが絶えずどこかで涙を堪える音が聞こえる。
「どうしたの? ほら……、早く寝なさい?」
誰も動かない。
誰も話さない。
だが絶えずどこかで涙を堪える音が聞こえる。
「どうしたの? 眠くないの? 困ったわね……。そうだ、今日は子守唄でも歌いましょうか。最後の子守唄、私も歌いたいなあ」
誰も動かない。
誰も話さない。
だが絶えずどこかで……、涙を……、こら……。
「ぁ……、ぁぁ……、ゥアァァァっっ!!」
マリサさんに一番近いところにいたマイが大声で泣きだす。
それに連鎖するように泣き出そうとする子たちをルナートやフルールさんたちが必死に止める。
マリサさんはマイを見下ろしながら……、言った。
「……黙りなさい」
黙らない。
「……黙りなさい」
黙らない。
「……黙りなさい」
黙らない。
どんどんと声のトーンが落ちていった。
そして……。
また、赤色だ。
手に持った小さな剣。
もう……、わからない。
何を思っていればいいのか。
「ふふふ……。ようやく、殺せたわ。一年も待った……。ようやくこの日が来たのね」
マリサさんの声のトーンが戻る。
冷や汗が体を伝う。
いつもは僕の前に立っているお姉ちゃんが僕のすそを強く握っている。
近くにいたメイが顔をうずめる。
グッタリと萎れた花のように倒れる。
気を失ったのかな。
だけど……、無理もない。
メイとマイは仲のいい双子だ。
そのまま起きあがらない……。メイは、気を失っていた、
マリサさんの顔を見る。
いつも見せる笑顔と同じだ。
嘘だ……。
そんなことを思うこともなかった。
どこかで気づいていたのかもしれない。
マリサさんが僕たちに本心で笑っていないことが。
マリサさんが再び話し出す。
「寝れないのなら座っていなさい。いい? 今日は静かに過ごすのよ。少しでも声がしたら……、わかってるわね?」
発する声はない。
マリサさんは、まるで重しが全て取れたかのように軽やかな足取りで自分の部屋……、立ち入り禁止の禁域(クラウズーラ)へ入っていった。
すすり泣きが聞こえる。
座っていた。
静かで夜の光がチラチラと僕たちを照らす。
すると、ミサがボソッと呟く。
「信じていた……、なんてバカみたいね。その人しか信じられないのに。信じれる人を選べないのに」
バカ……、なのか。
ミサはゆっくりと立ち上がる。
表情が見えた。
だけど、何も変わっていない。
いつものように真面目そうな、何を考えているのか分からない表情だ。
「さぞかし、嫌だったでしょうね。こんな騒がしい子供をたった一人で育てるように”おしつけられた”んですから」
独り言なのか、ゆっくりと歩きまわる。
聖堂には絶えずどこかで涙を堪える音が響いている。
「あの人も、そういう人間なのね」
一人で勝手に納得したのか、頷きながらルナートの前で歩みを止める。
「どうするつもり? ルナート。
読んだことあるわ。こういう時、子供達に待ってる未来は”どれい”か”死”よ」
「わかってるさ」
ゆっくりとルナートは立ち上がる。
全員が顔を上げる。
ルナートは会衆席の間まで歩く。
するとルナートは突然、主祭壇(しゅさいだん)をゆっくりとずらす。
音は小さい。
ルナートもミサも喋るときは極限まで声を小さくしている。
ルナートは身をかがめ何かを取り出す。
大きな教典と銀時計……。そして、禁域(クラウズーラ)の鍵と護身用ナイフを手に持っていた。
「やっぱりか……」
「あら、ルナートも隠していたのを見ていたの?」
「まあ、な」
すると、ルナートはその中の鍵とナイフを手に持つ。
「なあミサ、俺たちに”どれい”と”死”にもう一つ選択肢を増やさないか?」
「あら……。何を付け足し、どうしようと言うの?」
ミサのその声は全てを見透かしたような口調だった。
それを見越してか面白いものを見たときのように……笑った。
ルナートも……、それに返すように笑う。
「そうだな。まず……、マリサを殺してここから逃げ出す。それから、俺たちは三つ目の選択肢を選ぶんだ……」
全員がルナートを見ていた。
もう、死ぬつもりでいた子も多かっただろう。
だけど……、やっぱりルナートは迷いもなく毅然(きぜん)と言い放つ。
「”俺たちだけで生きる”って選択肢を……、さ」
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