第40話:晩課より世界に、小聯禱に聖歌と詠歌を交わし大聯禱と為せば

―――――――― 入祭唱(イントロイトゥス) ――――――――




……その日は、5年に一度レピアレス大聖堂で行われる神礼記産(しんれいきさん)の日だった。


 5年の間に子供を産んだシファン教徒の両親はレピアレス大聖堂にて洗礼を受け、子の諱(いみな)を記さなければならない。


――――シファン神。

 この神は、かつて世界が創られ天界郷、魔界郷、人界郷を巻き込んだ聖戦を収めたものの一人として崇め奉られていた。

 そして、このシファンという神は現在における天界王としてレピア全土において信仰されていた――――


 クルータム国もその一つであり、シファン教徒の修行は全てここで行われており住民もみなこの教徒に属していた。


 聖移門(せいいもん)と呼ばれる教徒にのみ潜れるその門を使い、子を授かった親たちはみな大聖堂へと向かう。


 その日、子供達は親に早めに寝かしつけられていた。


 だが……、子供達はそんな時間に寝ることもできずコッソリと集まっていた。





⌘  ⌘  ⌘  ⌘





 ギィ……、という音を鳴らしながら、そろっとドアを開ける。


「だ、大丈夫かな……?」

「スレイア! お父さんもお母さんもいないのですから平気ですよ!」


 そう言ってお姉ちゃんは大胆にドアを開けた。

 外から流れ込んでくる風が冷たい。


「もうそろそろみんな集まってる頃ですね」

「や、やっぱダメだよ。戻ろうよ」


「シファン教典では子供の外出は午後7までだよ」と、お姉ちゃんにいうより先に手を引っ張られる。


「ずっと前から夜に遊んでみたいって言ってましたよね? 今こそそれを決行するときです!」

「もういいよ、眠いし暗いし寒いし」

「スレイアは弱虫ですね。大丈夫です! このヒスワンお姉ちゃんがいますから!」


 そう言い張り切って走り出す。

 もちろん僕を思い切り引っ張りながら。







「ねー! ねー!っ、なにするーなにするー?!」

「やっぱ俺肝試しがいーかなー!」

「えー! つまんなーい!」


 ガヤガヤと人の声がうるさい。

 もうみんな集まっていたみたいだ。


 およそ40人くらいの子が集まってきていた。

 こんな時間に集まっていたら修道士様からお咎めをくらうのは目に見えているけど、聖礼記産と修道院の祝灯祭(しゅくとうさい)が重なり大人たちは出払っている。


 祝灯祭は死者をいたわり、生者に幸せがあらんことを……と、毎年行われる祭で火種を布のようなもので包み込み空へ飛ばすものだ。


 ただ、今日はたまたま聖礼記産と重なってしまっているから規模は小さいけどその綺麗な景色を高いところから見たい! と誰かが言いだし、こうして丘の上へ登り見ることになった。


 待ち合わせ場所はクルータムの都市で一番高い丘の麓で、雑木林が立ち並んでいる。


 今日は珍しく雪が積もっている。

 何人かの男の子たちはそれを玉にして投げ合ってる。

 やっぱりこんなとこに集まったって形のある遊びなんて出来やしないのに。

 そんなことを思ってると。


「おーい、そろそろはじめるぞー」


 ルナートだ!


 お姉ちゃんの背に隠れていたのも忘れ思いっきり駆けだす。


「ちょっ、スレイア!」


 お姉ちゃんが何か言っているが気にしない。

 ルナートは背中に何か背負ってる。


「ルナー……」


「おっせーぞルナートー!」


 サクヤだ。

 ボサボサの黒髪をかきながらぶっきらぼうに絡む。


 僕は呼びかけた名前を途中で止め、あえて割り込むこともせず大人しく話し終えるのを待つ。


「悪ぃ、悪りぃ。ちょっと準備しててさっ」

「ほら、祭まで時間があるんだしちょっと時間を潰そうと思ってね」


 ミサは凛と言う。

 ルナートとミサは背に背負われていた風呂敷から何かを取り出す。


「おっ! これなになに?!」


 サクヤがルナートが持ってきたそれの一本を掴む。


「線香花火っていうやつでさ、蛍(ほたる)の季節に売れ残ったのいっぱいあったから持ってきたんだ。普段じゃ貸してもくれないからなー、これ」


 するとみんなが集まってきて物珍しそうに二人が取り出すものを眺める。

 僕はその円になかなか入れず外の方から頑張って背伸びをし覗き込もうとしていた。


……見えない。

 んー、と背伸びをしていると。


「はいこれ、スレイアの分」


 そう言ってルナートが渡してくれる。


「あ、ありがとう……。ござい」

「なんでスレイアはいっつも敬語なんだよー、もっと気軽に接しろってー」

「う、うん」


 何故か、僕は人と話すのが得意じゃなかった。

 それにあんまり人と馴れ合うのも苦手だった。

 僕が心を許してるのなんてお姉ちゃんと……ルナートくらいだ。


「ちょいルーナー、これどーやって遊ぶんだぁー?」


 フルールさんが指で線香花火を矯(た)めつ眇(すが)めつしながら弄(もてあそ)ぶ。

 フルールさんはこの中で一番年上だ。

 お姉ちゃんは一ヶ月違いだと言っていた。


「この火をね先端につけ……って、レノン! それ食べちゃダメよっ!!」


 レノンが手に持った線香花火を口に入れようとしていたをミサが咄嗟に抑える。


 レノンとミーニアの二人はまだ2歳でマーニアが両手で二人の手を繋いでいる。


「もー、マーニアもちゃんと見ててよ〜」

「今日はマーニアがママ役だもんねっ!!」

「あー、うん。なんかボーっとしてた」


 そんなことを言っていると隅っこで

 バチィっ、と弾ける音がする。


「ついたついたー」と何でもないようにユウくんが火打石で火をつけ花火に点火する。


 すると花火が弾け光が溢れる。

 だが、誰も持っていないのでその場で旋回しだす。


「あっつ!!」と叫びながらユウは思い切りのけぞる。

 線香花火は火花を散らしながら旋回するが周りの雪に覆われ一瞬で消える。


 すると修道院の方から聖歌が聞こえた。

 清らかな音程で神への祈祷を意味する連禱歌(れんとうか)だ。



「そろそろ始まるんじゃない?」


「んっじゃ、俺いっちばーん!!」とサクヤくんが走り出した。


「それじゃあ誰が一番早くに着くか競争だーー!!」

「おー!!」


 男の子たちが一斉に駆け出す。

 女の子たちは「私たちはゆっくり行きましょ」と固まりをつくりノンビリと登っていく。


 走る元気もないし、かといってお姉ちゃんの後ろにばっかりいて他の女の子たちに囲まれるのも嫌だ。


 そう思いながらそっと後ろの方へ移動する。

 別に祝灯祭なんてわざわざ高いところから見なくたっていいのに。

 そう思いながらヒタヒタと歩いていると突然肩を強く叩かれる。


「よっ!」

「ル、ルナート……、くんっ」

「だから君付けで呼ぶのやめろよな。まあいいや、行こうぜ!」


 そう言ってグイと手を引っ張られる。

 お姉ちゃんとは違う、だけど安心できるし何故か信頼できる。


「……うん!」


 そして僕はその重い足を精一杯伸ばし駆け登って行った。






「すごい……」


……きれかった。

 立ち上る火種が街を覆い尽くし、一つ一つが淡く揺らめき街を橙色に包み込む。


 表現しがたいその美しさに目を奪われる。

 みんなも息を飲んだまま眺めている。


 高いところじゃなくても、とは言ったが前言撤回だ。


 これが死者に届き、生者の生きる灯火となるのだ。

 そんな神秘的な景色を僕たちは見ていた。





 すると、視界の先に白く眩い光柱が立つのが見えた。

 遠い、ここからじゃ地平線の先なのではと思うほどの遠さだ。

 その光は一気にまし、突如……。




――……世界が震えんほどの、轟音が響き渡った




 何かが崩れる音、何かが壊れる音。

 ハッキリとは分からないが、何かが起きている。


 地震か? いや、違う。

 だが、そう思っていると大きく地面が揺らぐ。

 地盤がヒビ割れ、女の子たちは悲鳴をあげる

 立ち上っていた光はいつのまにか赤く染まり、轟いていた音は少しずつ消え、震えていた大地は収まる


 わずか1ぷんも経っていないようなその現象に、僕たちは何も言葉を発せずにいた


 だけど、僕たちは心のどこかで感じ取っていた


 もう、両親には会うことは出来ない……と


 世界が今、壊れているんだと




――もしも、全知全能の神がいるのなら




――神を見るものが幸いであるのなら




――この光景は異質で異端で異界の存在で虚構の偶像だ




――この光は、栄光の光であるのか





――それとも、誰かが祈った祈祷の光であるのか






⌘  ⌘  ⌘  ⌘






 そしてその夜、レピア帝国は崩壊した。


 俺たちはただ立ち尽くしていた。


 そして、我が家へと帰の徒を辿った。


 次の日の朝、親たちは……、帰ってこなかった。


 聖移門が開くことも、なかった。


 だが、何の情報も入ってこなかった。


 何もない日常が続いた。



――一週間が経った。


 まだ、情報は何もきていなかった。

 だが、毎週来ていた商業者は来なかった。


――二週間が経った。


 ようやく、レピア崩壊の悲報が全世界に伝わり俺たちは両親の死に嘆いた。

 そして、あらゆる国の産業ギルドが破産した。

 全世界を統括していたレピア、その経済大国が定めた何百という罰する者を失った法律は何百年とかけ築き挙げてきた絶対なる厳守感すら崩壊させ、犯罪は蔓延し世界は大混乱に見舞われた。

 治安の悪化はものの一週間で激化し、かつての平和は幻覚であったと思わせるほどに人類に怯懦を齎(もたら)した。


――三週間が経った。


 あらゆる地域で謎の塔が出現した。

 その塔に入った者は二度と還ることは出来ず[悪魔の塔]と呼ばれた。

 さらに、レピアは農作物、印刷術、あらゆる産業を一手に担っていたため、全世界において物品の値は高騰し、失業者の倍増により、治安の悪化は促進の一途を辿るのみとなった。


――一ヶ月が経った。


 ディルビア大陸で初めて迷宮塔(ダンジョンタワー)が踏破された。

 人々は歓喜に見舞われたが、その日から世界に塔で倒し損ねた襲性生物(モンスター)が息づくようになり繁殖し増え続けていった。


 そして、そのモンスターは人々を襲い始めた。

 崩壊の二次災害としてモンスターたちは恐れられた。


 だが、これまで怠け者だ無職者の集まりだ、などと罵倒されバカにされ続けていた冒険者が立ち上がりギルドシステムなどあらゆる面が活性化された。


 貿易の要であったレピアが崩壊し、完全に世界はデフレ状態となった。

 労働者が足りない、生産者が足りない。

 全てがレピア帝国中心で回っていたため、どこかの国が回さなければならずそれも手をつけるまでには至らなかった。


 だが、冒険者たちがモンスターを倒し、得た素材は貴重な物だった。

 その売買は高値で取引され、数を増やしていた冒険者の需要に応えるように供給が行われた。

 それによって一時的に世界恐慌は止められた。

 だが、あらゆる権限が宙に浮いたまま時が過ぎた。

 そして、全世界に住まう人々は思い知った。

 この世界の人間達は、どれほどレピアという一国に依存していたのかを。

 三千年の平和による絶対的な安心に、まさか崩壊などするとは露ほども思っておらず、現状を呑み込む前に、世界の仕組みは次々と改変されていった。


――二ヶ月が経った。


 レピアレス連邦に所属する長たちが世界会議を開いた。

 だが、その内容は一切非公開。

 しかし、その会議後から各国で様々な事業が行われ少しずつ経済を立て直していった。

 そして、保留されていた一部の権限を引き継いだのか少しずつ商品が回るようになっていた。

 公共事業が行われたくさんの”物”が作られ、生産は各大陸、各国、各都市へと分散され、衰退を見せた貿易はさらに活発かしていくようになった。

……だが、そんな簡単に世界がまとまるはずもなく、あらゆる所で不破は片鱗を見せた。

 今思えばもしかすると戦争兵器もその時期に作り始めていたのかもしれない。



 3000年もの間、世界を支えてきたレピアが唐突に消滅することで世界中の動揺と混乱は止まることを知らなかった。

 何億人と死んだ者を労(いたわ)る涙がどれほどだったかなど、考えたくもない。

 明日の生活すらままならず、先の未来を推察できずにいた人類はただただ宛てのない現実を彷徨(ほうこう)するのみであった。

 この崩壊が平和に慢心し停滞していたこの世界に終止符を打ち、新たに始動させたのは確かだった。


 そして、身寄りのない俺たちはソマリナ修道院に引き取られ一人のシスターと共に日々を過ごしていた。

 修道院はいつしか孤児院となり少しずつ子供達を集めていった。

 その数……、43人。

 食料はやはり供給が少なく不十分なことが多かったし、俺たちをたった一人のシスターで育むにはとても大変だったけど街の人の協力でこうして俺たちは生きていられた。



 だけど、レピア崩壊から1年後の夜……。このクルータムの街であの事件が起こったんだ――







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