第39話:ヒビ割れたステンドグラスは、俺たちが想い描いた世界を映し出して



「……と、いうわけだ」


 はぁ……、と静かに吐息を吐く。

 心の中にあった重い蟠(わだかま)りが少し拭えた気がする。


「そっか……、そんなことが」


 ルサスはつぶやく。


……静かだ。

 このギルドハウスは街の雰囲気と違い落ち着いた色合いを出している。

 机も棚もほとんどが鉄製で、どこか俺たちが過ごしていたアジトを思い出させる。


「それにしてもルサス、随分人数が減ったな」

「まあ、ね。やっぱり僕にはリーダーは重いよ」

「そうか。

……あいつの件は本当に」

「い、いいんだ! スレイア達が気にすることじゃないよ」


 そう言いながらも周りのメンバーは少しの同情の目を向ける。

 新入りも何人かいるようだが、この会話を静かに見ている。


 かつて、もっとも勢力を持っていた頃の≪アイアン・キングダム≫のギルド構成人員は240人前後だったが今はもう20人いるか、いないかだった。


「話してくれてありがとう……」

「いいよ」


 そう言って立ち上がりギルドハウスから出ようとする。


「スレイア……、まだ茶は残ってるぞ」

「遠慮しておく」

「……少し、耳に入れておきたいことがあるんだけど」


 ルサスが真剣な目になる。


 「リーダーそれは言わない方がいいんじゃ」と、一人の男がルサスに進言するがそれには答えず俺の方を見る。


「聞こうか」


 そう言って再びどっしりと椅子に腰掛ける。

 ギィ、という音がどこか悲しい。


 すると一人の女性が俺の方へ「どうぞ」と言いながら下げかけた茶碗にミクル茶付け足し差し出す。

 新入りか……。

 見たことのない顔だ。


 するとルサスが飲んでいたミクル茶を机に置き、ふぅ……と、一息つき話し始める。


「最近……。いや、もう半年くらい前の話なんだけど各国……、じゃないな。全世界で徴兵が行われているのを知ってるかい?」

「……初めて聞く」

「そのことなんだけど、最近異様にそれが活発化してきたんだ。というより、それを大々的に政府がやっている。それに兵器や軍馬、兵船(へいせん)その他の戦争に関する戦具が完成し始めているんだ」


 その声は重い。


「でね、クルータムでもそれがあって……。普通の徴兵だけじゃ兵の数が足りないのかギルドにも徴兵をかけ出したんだ」

「ギルドに……? それほどの戦力を各国が有するとなると……、大規模な戦争が起こる、と?」

「そう……。それで、その規約がおかしいんだ。

一季節……来年の、蛍の季節だけ国の軍として働くだけで階級ごとのギルド単位だけどA級の大規模ギルドで約600万 p(ペイン)が譲渡される」

「600万pペインだと?!?!」


 有り得ない。

 600万pもあれば国は難しくとも一つの都市を手に入れることが出来る額だ。

 そんな、金額でギルド一つを高々一季節雇うなど奇怪も甚だしい。

 ≪アイアン・キングダム≫はB級ギルドだ。

 それでもそこそこの額がもらえるだろう。


「それは……、流石に嘘じゃないのか?」

「僕もそう思って色々調べたんだけど前金として100万pほどもらい受けてるギルドもあるらしくて。

 僕たちは戦争に参加するために……、人を殺すためにギルドを立ち上げたわけじゃないし、きっとリーダーなら受けないと思って断ったんだけど、他のギルドは≪秘密の花園≫を除いて国軍の指揮下にあるんだ」


 この国のギルドだけでおよそ千人は軽くいる。

 それも、全員が実力者だ。

 そんな人間たちを各国……。いや、全世界で一斉徴兵。

 戦争兵器の大量生産……。だが、この時期に情報漏洩となると。


「戦争の引き金を引いた誰かが、情報の流出を権力者に抑えさせていた……か」

「そうなるね。スレイア達がこれからこのメルシナ大陸で旅をするなら教えておかなくちゃと思って。

 きっと……、その戦争はレピア崩壊に関係していると思うから、そしたら確実にこの大陸が戦場になる」

「そう……、だな。俺も旅先で色々調べてみるよ、ありがとな」


 レピア崩壊で経済が壊滅状態になってから早15年。

 未だに混乱から立て直していない世界が再び……、次は人間同士で潰し合うというのか。


 レピア帝国があった時代に世界大戦など起ころうものなら、おそらくレピア一国だけでも全世界の兵力を抑え込めるだろう。

 それほどの実力と権力があった。


 世界大戦の火種(ひだね)は燻(くすぶ)り出す……。いやもうすでに燻り果て、後はその火蓋が切られる日を待っているというのか。


 この混濁し狂った世界に、また死者と不況を齎(もたら)そうというのか。

 安寧を願う人々の心を理解していない……。いや、理解しようとしない権力者ほど愚かなものはない。


 俺たちはそれが許せなかった。

 だから、立ち上がったんだ。

 あの街で、こんな非条理な世界を変えようと。


「今日はもう帰るよ」

「そうか。スレイア……、色々辛いとは思うけどあんまり気負いすぎるなよ」

「……ありがとう」


 そう言ってギルドハウスの扉を開ける。



 風が吹き抜け身が震える。

 街は賑やかだ……、だが。


 どこか、寂しいように思えた。





⌘ ⌘ ⌘ ⌘





 ステンドグラスは……、こんなに綺麗なものだっただろうか。


 そう、問いかける。


 埃(ほこり)と小石をかぶった会衆席(かいしゅうせき)に腰掛け、一人物心を奏する。


 ヒビ割れ、かつて聖母が描かれていたステンドグラスは神秘さとはかけ離れたように荒(すさ)んでいる。

 そこがどこか、美しい。

 完璧な物にある作られた美徳よりも壊れ荒ぶことで滲(にじ)み出す美徳の方がよほど好きだ。

 鮮やかな色彩の欠片が散布した説教台はかつての原型を留めていない。


 長い間……、ここで暮らした。


 孤児院として、ギルドハウスとして。


 どれほど、物思いに耽(ふけ)っていただろう。


 ゆっくりとその重い腰を起こし、立ち上がる。


 そして歩き出す。


 向かう先は、この修道院における禁域(クラウズーラ)。


 昔の呼び名だがカッコいいからと呼び出し使うようになったのはいつからだったろうか。


 扉を開ける。


 その部屋には……、何もなかった。


 どうして、ここを訪れたのか。

 どうして、この部屋を訪れたのか。


 わからない……。だけど、もしかしたら最後にこの目に留めておきたかったのかもしれない。

 レジスタンスの、アジトのように。


 再び聖堂に戻る。


 すると、足に何かが当たる。


 それをゆっくりと拾い上げる……。


……十字架だ。


 埃を叩(はた)きながらそれを見る。


 するといつの間にかその十字架が沁み、水滴が広がっていく。


……涙が、溢れていた。


 もう、終わったんだよ。


 そう自分に言い聞かせても、ルナートのことを思い出すと……、零暗の衣のことを思い出すととめどなく涙が溢れ出る。


 何か……、俺に出来ることは。


 そう、考えてしまう。


 ゆっくりと聖堂の身廊(しんろう)へと歩きその場に傅(かしず)き主祭壇に頭を垂れ……。


……追悼(ついとう)する。


 ともに……、この世界で生き抜いた家族達に。


 静かに目を閉じ、十字架を胸にし片膝をつけ……、割れたステンドグラスへ洗礼を捧げる。


 そこに俺たちが想い描いた世界が映し出されているかのように、月光は光照らす。


 まだ、思考が低迷している。


 すると不意に体が渇きを覚えるかのように疼(うず)く、本能的にだろうか。


 何かが脳内を走った。


 それに俺はそれに従い、立ち上がり走り出す。


 そして修道院を飛び出し記憶に残った道を、手に持った十字架をしっかりと握りながら……、俺は駆け足でそこへ向かっていった。





⌘ ⌘ ⌘ ⌘





 いい、景色だ。


 草が生え、木々を縫った先にある”丘”。


 ちょうど、ここと似たような丘がビラガルドにもあった。


 ここは一際小さく、周りは木々で生い茂っている。

 その先に少しだけ出っ張ったところがありそこがルナートのお気に入りの場所だった。


「久しぶりだな……、ミサ」


 そう言って、突き立てられた十字架に云(い)う。

 それに応えるかのようにずっと結ばれていた白い布がスルリとほどけ、夜空に向かって空気に乗って流れていく。


「……ごめん、ダメだった。俺……、助けられなかった」


 再び、涙がこぼれる。

 こんな時、彼女ならなんと言うだろうか。

 「仕方ない」その言葉で一蹴されそうだ。


 そうだ……。

 敵わない敵だった。

 裏切りに気づかなかった。


 だけど……。

 逃げなかった、不用意に挑んだ。

 見抜こうとしなかった、疑わなかった。


 彼女なら、きっとそう言う。

 どんな失敗も全ては自分のせいであると。


「仕方ない……か」


 そんな言葉だけで、俺の心が拭えるのならそうしてほしい。

 早く、やる事をやってこの場から立ち去ろう。

 早く宿に戻ってゆっくり休もう。


 早く……、この場から離れよう。


……でないと、このまま大声で叫んでしまいそうだから。

 このままここで、ミサの前で泣き喚いて弱い所を見せてしまいそうだから。


 手に持った十字架をミサの墓の隣に立てる。

 それに”零暗の衣”を被せる。

 しとやかに被せられたそれは、何年も使い古した記憶と意志が詰まっている。

 そしてポーチに入れておいたルナートの形見……、愛刀だった【暗黙】と手に持っていた十字架を静かにその隣に突き立てる。


 愛刀……、哀悼(あいとう)……。


 言葉の連鎖で一つの言葉が思い浮かぶ。


「……哀悼、か。今の俺たちにはピッタリの言葉だ」


 そう言って、顔を伏せる。

 涙はまた、流れ落ちる。

 あの夜、流せなかった涙を流すかのように。

 俺の中の悲しみを全て捻り出すように。


 泣いた。


「ルナート、ごめんっ。今の俺に出来ることなんて……、これくらいしかないっ」


 約束だった。

 いつか言っていた。



『俺が死んだら、ミサの隣に墓を立ててくれ』


『冗談を言うな、お前がいなくなったら誰が革命を……』


『……頼む、お前にしか頼めないんだ』



 その時のルナートの目は忘れられない。

 ルナートが、唯一心を開き、許し、寄り添い……、愛そうとした人間だ。


「ルナート、ミサ。

 俺、あの夜……。生きることに決めたんだ。

 こんなこと言うのは……、初めてじゃないんだけどな」


 ルナート、お前は幸せ者だ。

 偽善者なんかじゃ、決してない。


 あの夜、ミアとルナートがよく行っていたあの丘にファーミアの花を添えたあの時に。

 決意したんだ、お前たちの分も生きるって。


 静かに空を見る。


 星々がまたたく。

 まるで眼下の街の煌めきをそのまま天板に移しているみたいだ。


 静かに目を閉じる。


 風が吹き抜ける音、街の賑わいの音、小さな虫が鳴く音……、木々が擦れ合う音。


「…………誰だ。」


 その音に

 ガサササッ、と俺を影で見ていた者が立ち上がる。


「す、スレイア……、気づいてたのか?!」


 驚きと戸惑いの表情を見せながら少しの笑みを浮かべる。


「……なんだ、セアとルビンか。どうしたこんな所に」

「いや……さ。せっかくこんなに夜景が綺麗なんだから寝るのももったいないなーって話してて。それで宿から出て高いところ探してたんだけど、スレイアが走っていくのが見えたからつい……」

「恥ずかしいとこ、見られたな」


 照れ隠しに頬をかく。

「そんなことないよ」とセアは言いながら視線をミサとルナートの墓に移す。


「それ……」

「あぁ、ルナートと……、ミサのだ」

「ミサ?」

「昔の仲間だよ」


 その答えにセアは少しだけバツの悪そうな顔をする。

 ルビンはだまりこくったままだ。


「どんな、人だったの?」

「そうだな……。強い、人だった。俺たちの考えも及ばない所で一杯考えて、勝手に結論を出して。自分勝手な人だった……。けれど、誰よりも信頼されていた」


 セアはそれを聞くとギリッと唇を結び両膝をつけ、手を合わせる。

 ルビンもそれを見てつられるように手を合わせ、黙祷(もくとう)する。


「ありがとう」

「当然……、だよ。亡くなってたって俺の仲間だ」


 出会ったこともない人間を仲間だと言うなんて不思議なやつだ。

 すると、セアはどこか悩んでいた表情を変え真剣な表情になる。

 何かを決意したような顔だ。

 そして、セアは言った。


「スレイア……。話して、くれないか?

 零暗の衣のこと。

 俺……、ほんの少ししか一緒にいなかったけど、もう大切な仲間なんだ。

 ルナートたちのこと、ずっと知らないままなんていうのも……、嫌だな」


 そう言ってから目線を落とす。

 少し、背徳感があるのだろう

 迷っているのだろう、少ししか一緒にいなかったのに、ルナート達のことを真剣に問いかけていいものか。


 するとここで、ルビンも賛成するように言う。


「私も……、聞きたいわ。ミアのこと……、みんなのこと」


 そう言って俺の方を見る。


……参ったな。

 もう、少しでもあいつらのことを思い出しただけで涙が溢れ出そうなのに。


 だけど、俺も過去とは決別しなければいけない。

 いつまでも、縛られているのはいけないのかもしれない。


 俺の中にある思い出を口に出すことで、俺の中で一つにまとめることで。

 前に……、進めるかもしれない。


「少し……、長くなるよ」


「「聞かせて」」


 二人は同時に答える。


……仕方ない、な。


 セアを見ているとつい、思い出してしまう。

 俺たちもセアと同じような状況下で世界へ飛び出したのだ。

 俺の顔を見るセアに昔の自分が写っているような気がした。


 思い出そうとするとたくさんの記憶が一気に蘇る。

 伝えるんだ、セア達に。

 ルナート達が生きた証を、強くこの世界で生き抜いたことを。

 忘れてもらわないために、あいつ達が再び誰かの心の中で生きていられるように。


 俺とサクヤが抱えるには少し重すぎる。




 そして全てを吐き出すかのように、語りだす。






「あれはもう……、今から16年も前のことだ――」







 そこから、俺の長い追憶が始まったーー


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