第38話:この世界に童貞が何人いると思ってる?!
「ここが、修道都市クルータムか!!」
セアが歓喜と驚きの声をあげる。
街のバリケードをくぐるとオレの記憶に残っていたクルータムとはかけ離れているほど活気があった。
夜の街を街頭が明るく照らし、都市の中央に大きな商店街が立ち並んでいる。
大通りの先にはかつての聖堂が彩られ、おそらく今は違う用途で使われているだろうが壮観(そうかん)と街を見下ろす。
人はその中を行き交う人々はこの時間帯だというのに寝静まる様子もなく、集まって食事をする者、音楽を奏でる者、売買で交渉し合う者など多種多様に息づいている。
街全体は黄色く映え、青銅色の建物が程よく街の雰囲気をエモーショナルに抑える。
昔のクルータムもこんな感じだったといえばそうだが、今の街の人たちの表情は明るい。
――――修道都市クルータム。
ここはクルータム国の政令都市だ。
かつてたくさんの修道院が存在し、レピアにあるレピアレス大聖堂に入ることを夢見る者達は皆、この都市に訪れ修道士として修行していた。
昔はレピアレス大聖堂と最も繋がりが深く信者たちが頻繁に訪れたり、レピアから聖人が来たりとそれなりに栄えていた。
だが、レピアが崩壊してからというもの修道院は次々と潰れ俺たちが最後にこの街を出た時には……、1つとして残っていなかった――――
商店街の外れを見ると、朽ち果てた修道院が目に入る。
屋根の上に聖女を模した聖像が未だ崩折れず凛々しく立っている。
「すごいっ、すごい!! なにここ?! すごく綺麗な街!!」
「ルビン、あんまりはしゃぎすぎるなよ。それよりまずは宿を取ろうか」
「そうよね! スレイアはこの街で育ったんでしょ? どう? 変わってる?」
「そうだな……、街並みはあまり変わってないけど、雰囲気が見違えるほど変わってるよ」
「スレイアさんもそう思う?」
「まあな」
スレイアさんにオレはそう言いながら未だポカンとしている隣のセアに話しかける。
「どうした?」
「いや……、初めて訪れた都市があんなのだったから、ちょっと感動して……」
そう言って辺りを何度も見回す。
まあそりゃビラガは特殊すぎた。
楽しみにして訪れた最初の街がビラガルドというのもなかなか同情ものだ。
スレイアとルビンが話しながら宿屋へ向かう。
「ほぉら、セアとっとと行くぞ! この街をゆっくり見んのは明日だ、明日!」
「そう……、だな。それにしてもこんなに明るいんだな、人の表情って」
「まあ、確かにこの街はちょっと特殊かもな。
修道院がなくなったとはいえ、まだ神を信教してる人は多いだろうし。
信仰だけで人は幸せだと信じ込めるから怖いもんだよ」
そう言って背中にかけたレクゼリサスがズレ落ちそうになるので定位置に戻す。
宿屋に向かうとはいえ馬を引いているのでこのまま大通りを通る分けにもいかず少し迂回して宿屋へと向かっていった。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「さてと、宿屋は取れたしこっからどうするー?」
荷物を置いて軽くなった身を伸び伸びと伸ばしながら宿屋の前でスレイアさんに問う。
「取り敢えずギルド
「オスティリア?」
「まあ、色々やっておくことがあるからな」
そう言って歩き出すスレイアさんの足取りは少し、重いような気がした。
ここクルータムのオスティリアは酒場と合併して経営している。
――――ギルド
ここは各都市に一つ、必ず建設するようにと義務付けられた所だ。
ここでは冒険者が集い、依頼(クエスト)を受けたりギルドを作ったり様々なことを行う。
一階には、依頼版(クエストボード)や手続き用の受付があるギルドホール、端に武器や防具が売られていて素材換金カウンターもあり裏の鍛冶屋とつながっている。
二階には、魔法書や冒険の基本書などが置いてある図書館、特殊なアイテムや薬を調合できる調合部屋、そしてのどかな団欒を楽しんだり本を読むことができる小洒落た喫茶がある。
三階には、職士を選択したり習得しているスキルを確認し試し打ちが出来る空間へと移送できる職士エントランス。
の三階建てになっている――――
一般的な都市ではこのオスティリアの隣に酒場を設け、裏に鍛冶屋、真向かいに宿屋を陣取っている。
また詳しくセア達に説明してやろう。
そんなことを思っているとスレイアさんはオスティリアの扉に近づき、それを開ける前に一度立ち止まる。
……無理もない。
恐らく、今からスレイアさんがやろうとしていることは決別だ。
全てが始まったこの場所で全てを終わらせるためにスレイアさんはここへ来たのだろうから。
そしてスレイアさんはその重い扉を開ける。
カランコロン、とオスティリアにはあるまじき開閉音に場内にいた客や冒険者たちは一斉に俺たちを見……静まり返った、酒を飲み晩餐を楽しんでいた者たちは手を止め俺たちを凝視する。
数秒の静寂の後……、ギルドホールは大喧騒に包まれた。
「お、おい! あれ見ろよ! 確か≪零暗の衣≫の《氷の番犬》じゃ?!」「《狂獄のバーサーカー》もいるぞ!」「いや待て、どうしてあの二人だけなんだ?!」「あのおチビちゃんはダァ〜れかな?」「ルナートの姿が見えんな」「フルっちとハナっちいないね〜」「≪零暗の衣≫は3年前に姿を消したはずじゃ?」「全員死んだとばかり」「マグドたちがそんな簡単にやられっかよ! バカか!」「取り敢えず落ち着きませんか?! あの!!」「お前!こいつら知らねえのか?!」「あいつらは伝説の[一夜殺しの黒衣兵]と呼ばれたA級ギルドだぞ?!」「あの国の!?」「それにあのギルドは確かほぼ全員がスキルランク XX習得者(エクゼレスタ)だ」「嘘つけ!あれは最低でも15年は必要なんだぞ!」「彼らは天才か、はたまた化け物か……」「天才少年集団がなぜここに?!」「取り敢えず黙ってよ!」「おい≪零暗の衣≫にいったい何(な)……」
「……………黙れ。」
――――――――――――。
その一言で、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
後ろからだが、伝わってくる。
スレイアさんが発する強烈な”殺気”が。
手の甲は光っていない。
紋章ではないのに一同を一斉に黙らせるほどの殺気、そして恐らく冷徹な表情と片目を薄い水色の髪で隠し唯一露わにしている隻眼(せきがん)で場を睨みつけているスレイアさんは……、ゆっくりと歩き出した。
セアとルビンも驚いて動けないでいるが場を見守る。
コツッコツッ、と木造で出来た床を一歩一歩踏みしめる音に、まるで大地でも揺れているかのような錯覚を覚える。
スレイアさんのゆっくりとした歩みを恐る恐るという風に見ながら、息を飲んでいる。
そして、受付のカウンターにたどり着きギルド嬢と呼ばれる人に「解散手続きの書類を」と頼む。
ギルド嬢は目を見開き驚いた表情をするも、大急ぎで書類を取りに行く。
酒場のバーテンダーでさえもボトルを磨く手を止め、ホール全体が……、スレイアさんの醸し出す殺気により凍結(フリーズ)する。
すると……。
「……………聞け。」
その一言に場が引き締まる。
俺でさえ冷や汗が背中を伝い、手汗がにじむ。
今、スレイアさんと目を外したら確実に殺される。
そんな空気が場内を支配する。
「……≪零暗の衣≫は、今日を持って解散する。」
ざわっ……、と広がりかけたざわめきはスレイアが黙視することにより少しずつ収まり、再び静寂が戻る。
「鋼鉄都市ビラガルドの革命で……、俺とサクヤを残し、ギルドメンバーは……」
その一言を口に出すのが、怖いのか。
まだ……、振り切れていないのか。
スレイアさんは、その手の拳を握る。
言え……、言うんだ。
決別……、するんだろ?
ここで躊躇しちまうと一生引きずり続けることになるぞ!
その言葉を必死に目で伝えようとする。
それが伝わったのかスレイアさんは唇を引き絞り……、緩めた。
そして、全てを吐き出すかのように
「……………全滅した。」
口にする。
再び、ホールに静寂が訪れる。
目を見開くもの、驚きで食器を落とすもの。
カラン
という音が響き、消えた。
まるでこの場の全員の心拍音が聞こえるかというくらいに静かだ。
その中で
コト、とギルド嬢が書類とペンがカウンターに置かれる。
「ありがとう」
そう言って黙々とその書類に必要事項を書き込み出口へと向かって歩いていくスレイアさんをオレたちはただ……、見ているだけだった。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「スレイアー!!」
その声にオレたち四人は振り返る。
「ルサスか……、久しぶりだな」
「あぁ、久しぶりスレイア! お前……、色々あったんだろうけどあんまり、ああいうのやめろよな」
「まあ、少しやり過ぎた気もする。おかげでどっと疲れが出てきた」
「だろうよ……。なあ、スレイア少し俺たちと話さないか? ……話しにくいかもしれないけど馴染みのよしみでさ? 俺たちもその……、このまま寝たら目覚めが悪いと思って」
そう言うと背後から何人かのギルドメンバーが出てくる。
ギルド≪アイアン・キングダム≫
鋼鉄都市ビラガルドで作られ、かつてはレベルコとビラガルドで最も権力を持っていた大手生産ギルドだ。
このギルドとは恐らく最も≪零暗の衣≫と仲の良かったギルドであり、昔とある依頼(クエスト)を共にクリアしている。
とはいえ≪零暗の衣≫は一匹狼を貫いていたからギルド同士の繋がりなどほとんどなかったんだが。
宿屋へ向かおうとしていたオレたちを追いかけてきたのはどうやらこのギルドだけじゃないようで。
「サックヤァァ〜」と、まろやかな声でオレの名を呼ぶ女性シェーラを見る。
絶世の美女と言っても過言ではないその美貌にオレの目は虜になる。
少したれ目で長い薄黄色の髪をくくりかんざしを指し、目のアイラインは魅力的に艶(あで)やかに引かれ瞬き一つに光の粒子が舞って行くのさえ想起させる。
あいかわらず胸の露出度が高い服を着ているがもちろんノーブラ、そこから垣間見えるお餅様に目を惹きつけられ少しでも身動きすると破裂するのではというばかりにたるむ。
引き絞られたボディラインはここまで美しいスリーサイズがあるのかと自分への疑問を奮いたたせ美しいそのくびれがその他一切の欠点を排除するかのように魅せる。
半透明なショールを羽織いこの寒い時期だと言うのに敢えて素肌を残している。
そのまま目線を下へと落とすとミニスカートの下に細くだがこんな夜だと言うのに白い肌が浮き出る、艶(つや)のある太ももは美しきフォルムを描き出す。
もしかしたらこのミニスカートの間から神々しきおパンティーが拝めるのでは?
おそらく彼女を目にした同志達は思うだろう。
それほどまでにギリギリなアウトラインの曲線美を生み出すミニスカートは一級品と思われる。
細長い足を暖かく抱擁するかのように包まれどこか束縛するようにきつく履かれたニーハイはミッチリと張り付き見惚れた同志に追い打ちをかけるかのように「女の色気」をムンムンと醸し出す。
程よくエロく程よく健全!
これほどまで洗練され清美な女性はそうごまんといないであろう。
という思考を僅か0.5秒の間に展開させた俺の観察眼と頭脳に賞賛を称えながら動揺を抑え何事もなかったかのように、見惚れていたなどと誤解されないようなごくごく自然な対応で……、オレは応えた。
「おぉ! シェーラ!! 久しぶりだな!!」
「もぉ〜、久しぶりに会ったんだからもっと笑ってよぉ〜。 というかっ! さっき私たちのこと気付かなかったのすっごいマイナスポイントだからねっ」
「悪い悪い……」
このやり取りも懐かしい。
ギルド≪秘密の花園≫
このギルドは女性限定ギルドでオレたちのギルドの女性陣はなかなかよくつるんでいた。
特にフルールやハナは何度も勧誘されていた気がする。
このギルドは美人ぞろいだけでなくかなりの酒好き達で、――も何度か共に酒盛りをしたこともある。
ちなみに……、このギルドメンバーのバストは全員Gカップ以上だということは、すでに調べは付いている。
すると、ルビンが一歩引きながらなんとも比喩しがたい表情で俺を見る。
「ま……、さか。彼女……??」
「あらぁ〜、何この子たちかっわいい〜」
ルビンの言葉に反応する間もなくシェーラは標的をセアにまで広げ迫っていく。
「え?! ちょっ、あの!!」
セアが上がっている。
そういえばこいつ、初対面の相手だと緊張して上がるクセがあったな。
可哀想なので助け舟を出そうとシェーラの肩をたたく。
「で、何か用か?」
「いや、そのね? やっぱ友達が亡くなったなんて聞いたらそりゃ〜、はいそうですかって受け入れられるわけないじゃん。だからその……、ね?」
「ま、それならいいさ。ゆっくり話してやるよ!!」
「ほんと?! それじゃあ私達ギルドハウスで待ってるから! 今夜は一緒に遊びましょ?」
ポンッ、と肩を叩き「お金、忘れちゃダメよ」と言い残し小躍りするかのように去っていく。
あの明るい対応はきっとオレに変な気を使わせないように、彼女なりの配慮なのだろう。
……きっと。
……多分。
スレイアにジト……と、睨まれる。
セアは不思議そうな、ルビンは嫌悪の目でオレを見る。
するとスレイアがセア達に宿に戻るように言う。
そして、二人が宿に戻っていくのを見送るとルサスに二言三言告げてからオレの方へ来る。
きっとこれからスレイアさんも革命の話をするのかな〜なんて思考をはぐらかしていると、正面に陣取られる。
「で、サクヤ……。今夜はハーレムパーティーか?」
「ま、まあそう言うことだからオレは……!」
「サクヤ、お前には当分小遣いなしな」
「えっ?! ちょ! 酷いよスレイアさぁ〜〜ん!!」
別に金払ってやる訳じゃないよ!?
いやまあ、やるんだけどまあパァーと景気付けに酒飲みながら……、あぁ。
オレもまあ、溜まってるんでね……。
やってきますよ、思いっきり……。
”博打”……、打ってきやすよっ!!!'
いいんだっ! オレは一生童貞で。
いいんだっ! オレは彼女なんていなくたって。
よく考えてみろ! 嘆く必要なんてない!
この世界に何人童貞がいると思ってる?!
落ち着け……、サクヤ・フィレル。
そう……、ノープロブレムだ!
セアだってそうじゃないか! 仲間が身近にいるじゃないか!
「ま、まあそういうわけだから!」とスレイアさんから逃げるようにその場を去る。
別の悲しさがオレを包み込む。
走りながら考える、どうしてオレだけ出来ないのかと。
≪秘密の花園≫に所属する彼女たちは男を落とすのは上手いが全くもって男に興味がない。
彼女達の恋愛欲は真逆でここで言っていいものか悩ましいがいわゆる……、そう秘密の花園だ。
しかし、オレも絶賛アタック中だ。
今まで年上や同い年ばかりに手を出し振られ続けてきたが今は年下に猛アピール中。
あの感覚だといつかはいい関係になれそうだ。
最近は良い手応えも感じ取っている。
ふふふ、別にルビンちゃんが人妻――じゃなかった。人の彼女だろうと俺が落としてやるぜ!
そして、この童貞人生に幕を降ろす!
そんなことを考えながら大通りの人目を縫い、暗い思考を端へと追い寄せ秘密の花園へと続く道をひた走るのだった。
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