第37話:共に世界で戦う相棒だと、俺のバーニングソウルが震えたっ!


 馬に揺られる。


 うぅ……。

 まだ走るのに慣れない。


 私の愛馬……。いや、愛馬じゃないわね。

 使ってる馬の名前はビィという名前なのだけど……、すごく懐かれている。

 正直言って馬はあんまり好きじゃない。


 目の前を走る三人……、ことにセアはすっかり乗馬も慣れスレイアと何気ない話をしながら道を行く。

 辺りには小高い山が軒並みのように並び、詫び程度の小石が乱雑に並んでいて道と言えるものにはなっていた。


 空は晴れ。

 だけどまだ肌寒いその風に身震いし手を擦り合わせようとするが手綱を握っていることに気づき慌てて持ち直す。

 私が特に何もしなくてもビィは賢いので勝手に前の馬についていく。

 それに私が少しミスしても大して影響しない。


 それはそれで、いざという時どうかとも思うけどそもそも漂霊紋(ひょうれいもん)の時は馬なんて使わなくてもクルータム位までの距離なら1日でつけていた。


「ルビンちゃーん、今日こそ俺と一緒に乗らない?」

「乗らないわよ」

「連れないな〜。むぅ、ルビンちゃんは全然俺に懐いてくれない。だけど俺は賭けている……! ルビンちゃんがツンデレだという可能性に! いつか俺だけにデレてくれるという未来に!!」

「何言ってんのよアンタ……」


 全く……。

 このお調子者はどこかネジが抜けている。

 セアは最近ずっとスレイアと話していて面白くない。

 また今日も、スレイアにカッコいい技やら特異能やら紋章を使うコツやらを聞いているんだろう。


 でも……、やっぱりあんまり昔のことは話してくれないみたいだけど。


 結局、いつも余り物になった私とサクヤがセアとスレイアを追うように並走する形になる。


「ねぇ、サクヤ。そういえばアンタの紋章器ってどうやって手に入れたの? やっぱり迷宮塔(ダンジョンタワー) 踏破?」


……なんとなくそう聞くが、そもそも紋章器を手に入れる方法なんてそれくらいしかない。

 けど、なんだか迷宮塔(ダンジョンタワー) 踏破者にしては威厳というかその……、貫禄がない。


「ルビンちゃんが質問?! これは貴重だな、誠意を持って答えてあげるよ! えーっとね、話せば長くなるんだけど俺とこのレクゼリサスが運命の出会いを果たしたのはそう……、13年前のある」

「長くなるなら聞かないわよ」

「えー、それじゃあ掻い摘んで話そうか。そうあの肌寒い丁度今日のようなあの日の夜……、俺はとある街でレクゼリサスを見かけたんだ! そしてその時俺の心は脈動した!

 これだ! こいつが俺の相棒だって!

 共に世界で戦う相棒だと俺のバーニングソウルが震えたのさッ!」

「バーニングソウルって……。もう私、アンタのキャラ分かんなくなってきたわ」

「いやー! 俺はいっつもこんなんだよー? まあテンション高い時はたまにあるけどね!」

「いっつもテンション高いじゃない」


 そう呆れながらサクヤの言葉を脳の中で繰り返す。


「あれ? サクヤ、見たときって……。迷宮塔(ダンジョンタワー)で手に入れたんじゃないの?!」

「えー? 違うよー。なんか立てかけてあったのをさ、確かキリーナと一緒に持ち帰ったんだよねー」

「それって盗んだんじゃ……」

「まあまあこんな世界なんだし盗みや殺しの一つや二つ……」

「紋章器は別よっ! アンタ紋章器手に入れるのがどんだけ困難なことか……。まあそんな大切な物を放ったらかしにしてた人も悪いけど流石に同情するわ」


「まっ、それは俺の知ったことじゃないなー」と言いながらサクヤは手綱を離しポーチからおむすびを取り出すとそのままパクリと頬張る。


 乗馬しながらだというのに身体の重心はブレることなく馬も軌道に乗っている。

……手慣れすぎでしょ。


 でも、サクヤのレクゼリサスを見ていると革命の日サクヤが戦っていたときの情景が思い出される。


 あの戦いの時に見せた異形な笑顔。


 サクヤのこの顔の裏に……、何かあるのだろうか。

 そう訝(いぶか)しんでいるとセアが突然声を上げる。


「ちょっ! あれ見て!!」


 その指を指す方向に何人か……、恐らく冒険者であろう人たちが砂煙りを巻き起こしながら必死にパンサーの群れから逃げている。


「うっわ、あれ絶対初心者ギルドだよね」

「全く……。あいつら、ギルド書読んでないな。基礎知識も知らずに易々と飛び出したんだろう」

「あるあるだねー」


 スレイアとサクヤは淡々と落ち着いて言葉をまじわずがセアは完全に慌てふためいている。


「ていうかさ、完全に俺らの方来てるよね?!」

「モンスタートレインかー、まあビギナーなら仕方ないな。お咎(とが)めなしだ」


 そう言っている合間にも馬低音はどんどん近づき、ギルドメンバーの叫び声が聞こえてくる。


「さて、それじゃあ」


 スレイアが鉤爪を取り出そうとすると、サクヤがそれを止める。


「セア! 今回もレッツゴー!!」


 サクヤはそう言いながら強く背中を叩く。


「また俺かよ!?」

「セアー、何事も経験が大事なんだからな。あの程度なら俺たちは10秒もかからないが、この世界で生きていく以上、サラッと倒せるようにしとかなきゃいけないんだよ」


 うんうん、と腕を組みながら語るサクヤに反対するかと思ったスレイアも、


「確かにセアはまだまだ経験不足だ。今回も頼むな」


 そうスレイアに言われるとさしものセアも断れない。


「っくそ。ヤバくなったらちゃんと助けてよ!」


 情けない言葉を発しながら馬を走らせる。


 すると逃げていたギルドは私達とすれ違う。

 その時、ギルドリーダーらしき人が涙を流しながら手を合わせていた。

 これを見たら、もうとやかく言えない。


 セアはアマユラを抜き放ちまだ慣れない馬上から刀を振るう。

 だが一太刀目は届かず、危うく噛み切られそうになるのを咄嗟に手綱を強く絞りかわす。


「サクヤー!! 取り敢えず足止めしてくれぇーっ!!」


 そう言いながら馬をこちらへ走らせてくる。


「へいへい、しゃーねーなー。

 ディザストスキルIX! コルモ・クラスト!!」


 すると、目の前の地面へ一直線に亀裂が走る。

 そして、満1秒と経たず一斉に大地が隆起し500メーレほどあろうかという岩壁が発生する。


「助かる!!」


 そう言うとセアは馬を停止させアルテミスを愛撫でしながらここはゆっくりと飛び降りる。


 ここはもうプロの仕様だ。

 ちなみに言うと私は馬を停止させるのが一番苦手だ。

 そもそも人間以外の生き物に乗ることそのものが苦手なのだが。

 まあその停止で馬の腹を挟み込むのが苦手なのだ、どうにもこのタヨンとした腹に自分の足を食い込ませるのが慣れない。

 何せふくらはぎで挟もうとするとドクン、と震えるのだからこれはもうたまらない。


 そうこう考えていると走り出していたセアが昨日使用できるようになったばかりの”団塊(だんかい)”の紋章を発動させ岩を固め浮遊させる。

 それに飛び乗り片足で踏み切ったかと思うと岩壁を跳び越える。

 ”団塊”の紋章の力はまだ不完全なのかセアが踏み台にした後ボロボロと崩れていく。


 スレイアにコツを聞いただけあって紋章を使う上達が早い。


「でやぁぁぁ!!」


 そう叫びながら爽快に刀を振るう音のみが伝わってくる。

 パンサーも下級襲性生物モンスターだから手こずることはないだろうがあの鋭い牙と機敏な動きは厄介だ。

 きっとセアは死にもの狂いで戦っていることだろう。


 あぁ、今日はなんていい天気なのかしら。


 地面を踏み砕き肉を立つ音と刀を振るう音、そして次節発するセアの声が一つとなりリズムを作り出しながら一曲のメロディーのように重なっていく。


 すると、突然音が消える。


「セアー? 終わったー?」


 そう私が軽く言うとサクヤがスキルを解除したのか隆起した大地はガゴンっ!という音を響かせながら沈下していく。


「はぁはぁ、キッツい……!」

「お疲れー」

「サクヤもちょっとは手伝ってよ」

「まあまあ、そんなことより先に解体するぞ」


 スレイアはそう言いながら取り出した剝獣用(はくじゅうよう)ナイフをパンサーに入れていく。


 襲性生物(モンスター)は絶命してから約 1 鎡鐶(じかん)程で完全に腐ってしまう。

 そうなる前にこうして肉を解体している。

 本来ならば装備品の素材となる牙や皮、爪など至る部分を保存できればかなりの額になるのだが狩人士がいないのでグッとこらえる。


「やっぱハナがいないと辛い!!」

「前に言ってた人のこと?」

「そーそー、あいつチョロチョロと俺らの邪魔するくせにモンスターの解体と貯蔵……あと売るときの値上げ交渉が異様に上手かったからな」

「そんなに狩人士って必要なのか……」

「セア、ようするにこの死骸は全部お金と一緒なんだよ。そう考えるともったいないだろ?」


 さしものスレイアも悲しそうな顔をする。




――――狩人(かりうど)士(し)。

 この職士は主にパーティーに付き添いモンスターを解体、冷凍、保存するのを専門とする職士だ。

 狩人士専用のハンタースキルのみでしかモンスターの永久保存は行えず、氷魔法(フリージア)やその他の特異能では不可能と言われている。

 もしやろうとしても、売るときにはすでにポーチの中で腐っているなんていうことはザラにある。

 モンスターの素材は貴重なので高値で売買され、それを生業とした生産ギルドも存在する。

 狩人士はギルドには必ず一人は必須であり、経験者でさえも需要が高くなっている――――



 だけど、食用の肉だけは腐らずに冷凍するだけでなんとか1日は持ちこたえてくれる。

 その為私たちは涙を惜しんで解体しているのだ。


 どうでもいい話だが私たちの全財産はそこまで多いとは言えない。

 何せ四人分の旅費と食費が必要なのだ。

 小さな町や村に着くたび宿を取り備品や食料を買い込んでいると一気に底が尽きる。


「取り敢えず次の大きな街に行ったら酒場で狩人士でも募集してみるか」

「だね、流石に狩人士なしで旅はキツイ」

「てことは新しい仲間が増えるのか?!」

「まあ、そういうことになるな」


 そんなことを言いながら解体を終えたスレイアが氷魔法(フリージア)で氷箱(アイスボックス)を作りだしそこに肉を放り込みポーチへ入れる。

 この旅の必須アイテムである異次元巾着(ポーチ)は紋章の無いものならいくらでも入れることができる、非常に便利なアイテムだ。



 セアは前よりも更に強くなっていた。

 刀を振るうことに躊躇いがなくなったのか、軽々とふるっている。



……そして、私は。



……全ての力を、失っていた。



 魔法も、スキルも何もかも。

 レキーラに剥奪され、失ったのだ。

 だから、今の私は戦えない。

 守ってもらうだけの重しでしかない。


 でも、そのままなんて絶対に嫌だ。

 私の中にある精神エネルギーは魔法として源素力(マレナス)を練れるので一から覚え直せばきっといつか、再び使えるようになるはずだ。


 魔法やスキルなんて最初から使えたからやり方なんてさっぱり分かんないんだけどね。


 そんなことを思いながら解体し終えたサクヤとセアも氷箱(アイスボックス)に肉を詰めポーチにしまい、サクヤの水魔法(シュプラス)で手を洗ってから乗馬する。


 サクヤはなかなか器用だ。

 色んな魔法を使えるし、解体も上手く料理もできる。

 これで美形なのだから出来すぎているほどだ。

……だけど、残念なことにあの性格である。



 ちなみに私は手が汚れるのが嫌なので馬に乗りながら眺めていた。


 すると先頭にいたスレイアが振り返りながら言う。


「それじゃあ行こうか。クルータムまでもうすぐだ!」


 そう言って三人は駆け出す。

 私もそれに遅れないように手綱を引き足でビィの腹を叩いてから走り出す。

 この走り出しの揺れにはまだ慣れず、少々の嘔吐感を催す。

 だがそれもいくらかすると収まり、再び私達はクルータムへ向けて走り出した。




 まだ霙の季節の真っ只中だけど、今日は太陽がサンサンと輝いていて気持ちいい。



 今の旅は……、一人じゃ無いんだ!


 そのことが何よりも嬉しかった。



「ルビン、早く来いよー!」


 セアが振り向きながら言う。


「今行くー!!」


 そう言って、ビィを加速させる。





 大地を駆ける軽快な馬低音とセア達の笑い声が……、とても心地良かった。

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