第三章:世界追憶編

第36話:世界に彼女を連れ出す方法

 焚き火を囲む、パチパチと火の粉が弾ける。

 霙の季節特有の肌寒さから俺たちを明るく包み込む、空を見上げ息を吐くと白い吐息が空へ吸われるように昇っていく。


 すると炎が大きく揺れ、昇っていく吐息が揺らぎ霧散していく。



「「セアがレピア崩壊の生き残りぃぃぃー?!」


「あ、あぁ……。そうだけどそんなに驚くことなのか?」


 スレイアとサクヤが大声で驚愕する。

 さっきのルビンが”滅亡”の紋章だと伝えた時もかなり驚いていたが倍くらいだ。


「驚くも何もあんな天変地異で生き残るなんて奇跡ですらあり得ないぞ。お前、あの崩壊がどれだけ凄まじかったか……。いや、まあオレたちも遠くから見ていただけだがそれでも210年前のレピアレス大震災を遥かに超える災厄と言われていてだな。……だがまあ、まさかその崩壊の生き残りとこうして旅をすることになるとは奇縁だな」

「ルビンちゃんといい、セアといいお前らすごいなー! オレらも結構キツかったけどセアの方がスゲェじゃねえかよ。

 にしてもセアー、豪運だなぁー。よしっ! 今度から博打はお前に打ってもらおう!!」

「サクヤ、それはしないとルナートに……」

「はいはい分かってるってスレイアさんっ」


 そんな何でもないやりとりをする。

 ルナート、という一言が少しだけ二人の表情に影を落としたような気がした。


「俺的にはサクヤが無駄に料理出来ることの方が驚きなんだけど」


 そう言いながらサクヤが調達、調理した

 *豚(ホーク)とパンサーの炙り肉*

 を頬張る。

 俺たちは焼いて食べるだけだがサクヤは謎の調味料をふりかけ絶妙の焼き加減で提供する。

 さらに今夜の2品目、

 *マーシュとポフェルのバタースープ*

 を喉に通らせる、甘さの中にマーシュの食感が喉を唸らしバターがより一層コクを深める。


「あのなぁ、セア。料理ってのはモテる男の必須スキルだぜ?」

「でもサクヤ、モテてないじゃない」


 グサリ、とルビンの言葉にサクヤの胸へ透明の矢が貫通したかのような気がした。

 あくまでサクヤの表情から読み取っただけだが。


「ルビンちゃんもいつかオレの良さに気づく日が……」

「……来ないわよ!!」


 べーっ、とルビンは舌を出す。





 シンシンと雪が降っていた。

 霙の季節の真っ只中だ。

 冷たい雪はまだ溶けきっていない地に降り積もっていく。


 俺たちがビラガルドを出てから一週間ほどが過ぎようとしていた。

 途中ビラガ国の炭鉱都市レベルコで食料や防寒具を買い込んでからここまでの道のりでじっくりと乗馬の訓練をした。

 ちなみに今着用しているバークコートは炭鉱都市レベルコの摩擦石(まさつせき)の粉が練りこまれており希少生物であるウルフの毛皮がそれを包む。

 耳あたりまで襟がたち、半分マントのようになっている。

 この季節に馬を乗っていると寒いどころの話ではない、ましてや防寒具なしなど自殺行為だ。


 ちなみにアルテミスは中々の暴れ馬だったが1日ずっと一緒にいると徐々に心を開いてくれたのか俺に懐くようになった。

 だがやはり俺以外の人に触れられると上がり馬になり、悍馬(かんば)の性格は変わらないようだ。

 毎日のコンタクトがどうのこうのと言っていたが、サクヤが何気に一番馬の扱いが上手い。

 ちなみに乗馬の訓練内容は……、話さないでおこう、思い出したくない。

 ただ一つ言えるのはこの霙の季節、猛烈に寒く手がかじかむ中でやる乗馬特訓がどれほど過酷だったかは想像に任せるとして俺は擦り切れた手袋をこすり合わせる。


 まあ何はともあれ20個ほどの蹄跡(ていせき)が俺の体に刻み込まれた頃、つい昨日ようやくマスターすることが出来た。


……まあ、走って止めるぐらいだけど。


 四人旅も初めは革命のことが尾を引き会話がなんども途切れたり気まずくなったりしていたが今では仲良く暖を囲むまでになっていた。



「暇だなー……っと、そぉーっだ!」

「どうしたのサクヤ?」

「いや、ちょっとな。んー、まあセアも紋章器使いだし一応教えくか」


 そう言って立てかけていたレクゼリサスを手に取りその宝玉に触れる。

 サクヤは目を閉じ何かを込めるように手をかざす。

 すると宝玉が、

 バクンッ!! と脈動したかと思うと大量の石……、紋章石が出現しその場に乱雑に浮遊する。

 大きさ形は全て同じだが、それぞれの模様や色は異なり白い地面に鮮やかに映える。


「サクヤ、お前それ今するのか」

「溜めてたって仕方ないっしょ、こまめにこまめにだぜスレイアさん」

「ったく……」


 そう言うとスレイアも同じ動作を取る、この地域では滅多に少ないが雪が積もり白くなった世界を色鮮やかに染めて行く。

 そして二人は一つ一つ紋章石を手に取り眺め、自身の紋章器に入れる物と宙に投げる物で分ける。


「何やってんの?」

「スレイアさん解説よろ!」

「サクヤ、お前がやり出したんだからお前が……、はぁ。セア、これはな紋章の選定だよ」

「選定?」


「あぁ、俺たちは紋章器で人を殺す度必然的に紋章を吸い取ってしまう。

 すると、いつか紋章は紋章器の中で溢れかえる。

 それに、紋章は人の魂だ。

 必要のないもの、使わないものは漂霊紋にして世界に返すのさ」


 漂霊紋、という言葉にルビンがかすかに反応する。


「いいかセアっ、紋章てのは循環だ循環! おっ、スレイアさんこれやるよー」


 そう言って桃色に光る紋章石をスレイアに投げ渡す。

 

「なんの紋章だ?」

「え? 性欲(せいよ)……」


 パッリィンン

 スレイアが瞬間的に握りつぶす。


「下らないものを渡すな」

「あっはは、ごめんごめーん」


 そう言いながらサクヤは手刀を顔にかざす。


 それにしても紋章石ってあんな簡単に譲渡できるのか。

 俺も見てみよう。

 そう思いながらアマユラを抜き放つ。

 刀身は鈍く光る。

 拭ったはずの血がまだ残っているような気がした。


 宝玉に手をかざす。

 するとなんの意識もなく宝玉が脈動すると同時紋章石が7つ光の粒が収縮していくように集まり、現れ浮遊する。


 一つずつ手に取り紋章を見てみる。


 ”一撃” ”握力” ”団塊”

 ”経過” ”黎明(れいめい)” ”不偏”

 そしてあと一つは……。


「あれ? 何も見えない」

「名無しかー、捨てとけ捨てとけ。お前がわざわざ見つけてやる必要はねーよ」

「どういうことだよサクヤ」

「あー、まあ要するにだなー……」




――――”無名”の紋章。

 紋章とは主が死ぬ度、何代にもわたり主を変えていく。

 その中で”真名(まな)”を主に見つけられる物は特異能という力を呼び起こす。

 紋章は、主が一生の中でその紋章の真名を見つけないと無名のまま次の主、次の主へと移っていく。

 だが、真名を見つけるのは容易ではない。

 だからこそ、無名の紋章は真名を見つけてもらうまで無名のまま魂と主の循環を繰り返す――――




 ちなみに俺も自分自身の紋章の真名をまだ、見つけられていない。

 そんなことを思いながらその無名の紋章石を空へ翳す。

 するとゆっくりと黄色いその紋章石が細かい砂塵となり夜空へと流れていく。

 新しい主に宿って……、見つけてもらえるだろうか。

 紋章の真名……。それは、俺たちの名前と同じくらい大切なものなのかもしれない。


 もう一つの自分の名前。

 そう思うとどこかしっくりと来る。

 だがその反面、その紋章を奪い自らの私欲の為の糧として使うことに躊躇いが生じる。

 無数に存在する人の命数より多いというこの紋章。

 俺たち紋章器使いがその生命の魂である紋章を奪い続けることは、世界の理にかなっているのだろうか。


 光の粒を放ちながらゆっくりと流れていった無名の紋章石の最後の一粒をその眼に焼き付け再び意識を戻す。

 残りの六つの紋章も使いこなすにはまだまだかかるのだろう。

 ”一撃”の紋章。

 革命の時、咄嗟に使ったが先日試した時には何の効力も発しなかった。

 特異能が使えるようになるのも果てしなく遠いような気がしてならない。

 だけどもし、何百という紋章を携え使いこなせるようになったら……レキーラに勝つことは出来るだろうか、強くなれるだろうか。


 まだ、悔しさが残っている。

 奪われた家族の雪辱と、仲間が果てていくのをただ眺めているだけしか出来なかった悔恨が……、強さへの渇望と欲望を奮い立たせる。

 革命のことはいつまでも引っ張っていたって仕方がない。


 バタースープを飲み干し腹が満たされるのを感じているとスレイアが先程まで作っていた飲み物を俺に渡してくる。


「これも飲むか?」


 渡されたコップの中には何やら茶色い液体が入っている。

 スレイアの側にある瓶の中には何粒もの黒い豆が入っている。


「姉ちゃんが改良して作ったベルグーコーヒーだ。少し苦いが……、温まるよ」


 そう言い渡してスレイアもベルグーコーヒーを飲む。

 飲んでみるとほろ苦い味の中に独特の香りが広がりしんみりと心を落ち着かせてくれる。


 スレイアの姉……、ヒスワン・キルレイズ。そうだ……。スレイアも、家族を亡くしているのだ。

 


 この旅が始まってから俺たち四人の中で、革命の話になったことは……、一度もなかった。




⌘  ⌘  ⌘  ⌘




 それからいくらかして紋章の選定を終えたサクヤが大きな伸びをしながら声を上げる。


「終わったぁー! 今回は当たりが多いいなー」

「サクヤ、いつも言っているだろ。紋章を道具みたいに扱うなって」

「あー、わーかったわーかったって」


 はぁ……。

 スレイアのため息が漏れる。

 苦労が絶えなさそうだ。

 すると、コクコクとうたた寝状態だったルビンが半分目を開けながらポツッ……と質問する。


「ねぇ、スレイアとサクヤは仲悪いの?」

「「さぁ」」


 二人は同時にボソッ……と、呟く。


 ルビン……。まった、お前はっ!!!

 空気を読め! 空気を!!

 沈黙が降りる……。いや、まてまて。

 ホントに険悪なムードになっていく。


 しーん、なんて曖昧な表現では生ぬるいほど場が緊張する。

 岩にくくりつけられたスレイアとサクヤの馬が

 喧嘩すんなよー

 と言わんばかりの表情で俺たちを見る。

……餌が欲しいだけかもしれないが。


 しかし二頭の馬は顔をあわせると同時、ぺっ

と唾を吐く。

 こっちもか、と思いつつ馬が合わないとはこのことかと一人で納得する。


 するとサクヤが突然立ち上がる。


「ったく、やめだ! やめ! んなこと考えてたら飯が不味くなる!」

「人間同士、誰しも心が通い合うわけではないからな」


 そう言ってスタスタとスレイアは自分の馬の方へ歩み寄り餌を与える。


 ルビンのおかげでいきなりこのパーティーに亀裂が走った。

 何やってくれてるんだ……。

 これじゃあ気まず〜くなってしまうじゃないか!!


「人間って不思議なものね」

「お前が一番不思議だよ」


 その声がルビンに届いたのか、パタンと横になると同時に眠りに入る。

 すると、すぐさまルビンから寝息が聞こえる。

 ルビンはあれから安心して眠れるようになったのか眠りに入るまでの時間が短くなった、そして寝ぼけ暴走もなくなっていた。

 俺にとって毎朝の日課行事だったそれがなくなるのに少しの物寂しさを覚えながら、飲み終えたベルグーコーヒーのカップを溜めてある水で洗いそろっと地面に置く。

 ふとルビンの方を見ると赤色のバークコートを着、そのまま寝ている事に気がつく。


「ったく……。ちゃんと毛布被って寝ろよ」


 そう言いながら俺がポーチから毛布を取り出そうとした瞬間。


「はい、ルビンちゃん。風邪ひいちゃうよー」


 と、サクヤがルビンに毛布をかける。

 少しサイズが大きい。

 サクヤは毛布をかけ終わると……。

 そう、まるでその行為がさも当たり前のように、自然の摂理のように、普遍の理のように

 さらりとルビンの隣を陣取り毛布に入っていっ……。


「ってやめんかーっっい!!!!」


 視界内の現状把握によってツッコミが遅れてしまった。

 ダメだダメだ。

……くそッ、俺もまだまだ甘い。


「セアー、邪魔すんなよー」

「いや! お前それアウトだろ!!」

「何が?」

「何がって、ほら……そのっ」

「うわぁー、なーるっほど。セアー、お前いい女持ってんじゃねえーかー」


 するといつの間に取り出したのか手に持った酒を呷りながら俺の肩に手を乗せる、近くに来たサクヤの吐息が酒臭い。


「はぁ?!」

「いやいや、いいって。

 そういや革命の時もお前ら何か抱き合ってたもんな。

 そーかそーか、そういう仲かー。

 悪いなー、折角の”二人旅”だったのに俺らが邪魔しちまって」


……お前。


「サクヤ、いっとくけど別にルビンとそういうのじゃないから」

「あのなぁ! セア、彼女出来立てのやつは大抵そのセリフはいてんだよっ!!」 


 ガッシ、と両肩を掴まれる。

 囲んでいた火がゆらりと揺れる。

 食べ終わった残骸を踏み下しサクヤは俺の方へと近づいてくる。


「ほらーほらー、お前も飲め! そして吐け! あんな可愛い子どうやって落としたー? どうやって旅に連れ出したー?!」

「ちょっ連れ出すってあのなあ!」

「どこまで行ったんだよー! あんな可憐な少女に手ぇなんて出して……」

「ねぇーわっ!!!」 



 その後何度もサクヤの質問攻めと からかいにあいながらも、一晩を通しながら必死にサクヤの誤解を解いたのであった。

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