第35話:再び僕らは世界に旅立つ、いつか死にゆくその日まで

「スレイアさん……」

「何だ」

「ルナート、今頃何してっかな?」

「さあな」


 凩が吹き抜け、身を切る。

 ジェイムにもらったコートがなければ、余りの寒さに風邪でも引いていたかもしれない。


 それに身震いを一つ残しながらオレは詠唱の構えに入る。

 スレイアさんは火魔法を使えないので、オレが火葬をすることとなった。

 積み上げられた屍山に、オレは嘆息する。

 この中には、オレの仲間もいる。

 目を背けたくなる。だけど、そんなことをしてはいけない。逃げてはいけないと理性が告げる。


 ジェイムはルナートの意志を受け継いだと言っていたが、何もあいつだけが意志を継いだ訳じゃない。

 オレも……。オレの心にも、あいつの勇姿はしっかりと残っている。


 革命が終わった次の日、ジェイムがは市民全員に休息を取るようにと言ったからか、全員がそれぞれの時間を過ごしていることだろう。本来ならば寝る間も惜しんで人を動かすところだが、どうやらジェイムは市民に寛容らしい。

 だが、俺とスレイアさんは二人。この革命で散っていたーーこの国の施政で生きることから拒絶された者たちを火葬するため、こうしてビラガルド城外の一角で静かにその時を待つ。


 待つと言っても、心の準備が整うのをだ。

 スレイアさんは何も言わずに俺の詠唱を待つ。

 すると、無言を貫くかと思われたスレイアさんに、不意に声をかけられる。

 

「後悔、しているのか?」

「いや……。もう少し眺めようかと思ってな。俺の……、弱さの象徴と」


 だけど、そんなものとは決別しなければならない。一歩、踏み出す。そして、使い慣れた常套句じょうとうくを静かに述べる。


火魔法の治葬ファイム・パンデュ・ベリサス


 その詠唱と共に、ボッと。オレが定めた場所から発火し、瞬く間に炎上していく。その炎は天を焦がす。

 死体の脂がさらに炎を強く増していく。唇が、ベタつく。

 四肢は少しずつとろけていく、余りの臭気に口元を抑える。

 ずっと、ずっと一緒に生きてきたのに、辿り着いた先は……、これか。

 仲間が灰になっていく。家族が灰になっていく。


 だが、この屍体の山を。流れた血を。涙を。

 オレはいつか忘却してしまうことがあるのだろうか。決して忘れないと誓ってもいつか、心のどこかに消えてしまうのではないだろうか。

 彼らの生きてきた人生が、俺の目の前で形も残らない灰になって消えていこうとしている。

 だが、それに抗うことは叶わず、ただただ茫洋とその光景に浸る。

 後悔も悲哀も、全てが空虚な幻のようだ。それを今、俺の脳で流そうとしようとも、それが偽物にしかなりえないということはオレが一番理解している。

 この光景から目を背けたい、逃げ出したい。

 今ここから逃げ出したって、結局は同じだ。オレもいつか、この屍山の仲間入りをする時が来るのだろう。倦怠感に押し潰されそうな思考の中で、オレは自らの死期を想像する。

 人は、いつかは必ず死ぬ。その死に様を、誰かに見られるわけでもなく、ただ静かに一人で死んでいくものもいるだろう。公衆の面前でさも英雄のごとく死んでいく者もいるだろう。

 オレがどちらになるのかなんて、望むことも思い描くことも懸念される。

 そんな未来の渇望など、今は考える余地もない。

 この現実を、オレは一生引きずっていく。だから……。

 

「オレは……。全部、目を背けねぇ。完全に別離するんじゃねえ……」


 屍山血河に唄う。


「流れた血と涙は……オレの中を流れる血液さ。炎に焼かれ灰になっていく屍体の全ては、オレの臓物一つ一つと同じさ。一度、オレの中のそれらは全部燃えて消え去った。この屍山血河は全てオレ自身さ。俺たちは生涯忘れることなどないだろう、その死は無駄ではないだろう」


 炎は永遠とも一瞬とも思える時を灼き……、静かに消えた。余燼よじんを残しオレはその場を後にしようとする。

 降りゆく灰は、土塊つちくれを壊さずに大地へ沁みていく。

 意味もなく、堆積し始めた灰を手に取り、そっと宙にかざす。すると、手の中の塵芥たちが何かに誘われるかのように風に吹かれ、何処へともなく飛んでいった。




⌘  ⌘  ⌘  ⌘






 革命から、二週間がたった。

 ビラガルドは少しだけ賑やかさを取り戻したのか、人々が活気よく損壊した家々を建て直していた。

 荒れ果てた路地裏も整備し、路上生活者も住む場所が決まるまで城に住まわせた。

 ジェイムの指令は的確であった。それぞれに余すことなく適材適所の役割を与えた。

 既に他都市には使者を向かわせており、連絡がつき次第、直ぐに他の二都市の中枢と会議を発足しこの国を再び大きく始動させるそうだ。

 それに、おそらくどこかに需要はあるはずだから、と鉄鋼業も復活させるといっていた。

 俺たちも働いた、城の整備をし、血で汚れ使い物にならなくなった者は迷わずに処分した。

 食糧も近隣の町や村に頼み込み、農地改革や新田開発を積極的に行うとのことで、鉄鋼を他国に売り食糧を他国からの供給に依存していた、かつての政治形態を180度改め、自国で自給自足していくという方針に固まった。

 そして、ビラガルドを見かねて農村へ帰省して市民も少しずつだが戻り、今では3000人ほどにもなっている。

 2000人だった市民も、革命で400人ほどを失い、遺族たちは悲しみに明け暮れていたが、ジェイムが一人一人の家を尋ね話を聞き、共に生きようと言い聞かせていったようだ。

 ジェイムはそれこそ寝る間も惜しんで、テキパキと事をなしていた。幽閉していたからといって人とのコミュニケーションが苦手という訳ではなく、むしろ解放されたかのように明るく接していた。

 それに、読み漁っていたという史書の力なのか思いもよらない方法や施政を次々と行った。

 いずれはレピア国のようにしてみせる!と大大的に言っていたジェイムだが、本当に成し遂げてしまいそうである。

 パルドも王の補佐、並びに市兵の総指揮長に抜擢され、市兵の強化にあたっているらしい。


 そして一週間ほど前、俺はふと休憩時間にアジトに行こうと思い、あのマンホールへ向かったのだが、その蓋をあけると空洞などなく、土やら岩で埋め尽くされていた。そのことに関して、スレイアとサクヤは何も言うことはなかった。


 俺たち四人は色々と話し合い、一緒に旅をすることになった。

 俺はもう、当初の目的は達成できた訳だし、後は紋章器集めをする。という朧な目的があるだけだ。

 ルビンは、どこに行きたいという訳でもなく、ただ俺についていくと口にした。

 スレイアは、<零暗の衣>の生まれ故郷である隣国クルータムの政令都市である、修道都市クルータムに行きたいと言った。

 サクヤもそれに異論はないらしく、首肯するのみであった。


 俺たち四人はそれぞれが互いにペアだったこともあるので、初対面の緊張感というのもなく、ある程度は打ち解けてきた。

 だけど四人とも、心のどこかでまだ、拭い去れない感情を抱えているように思えた。

 そして、一昨日。ジェイムに旅立ちを告げ、必要な物資や馬を調達してもらい、今朝、様々な人に見送られるような形で城を旅立とうとしていた――




⌘  ⌘  ⌘  ⌘




 旅立ちの朝。俺たち四人は――俺とルビンは乗馬方法を知らないのでサクヤとスレイアに相乗りさせてもらった――今にも馬を駆けこの国を飛び出そうとしていた。

 門は開いており、この都市を囲む業業しい鉄の壁も装飾し、更にモンスターから身を守れる安全な都市だと大大的に公布していくらしい。


「本当に言ってしまうんですね」

「あぁ、あんまり長居をしていると色々と思い出してしまってな」

「そうですか。また、近くに来たら寄ってくださいね」

「あぁ」


 スレイアはそう言いながら今にも鞭打たんとする。


「それからっ。僕に出来ることがあれば何でも言ってください!! これから先、あなた方に助けを呼ばれたならいつでも駆けつけますからっ!!」

「そうか、ならまた」


 そして、スレイアはジェイムに微笑みながら思い切り鞭を打つ。


「それじゃあ、行くぞ!」


 スレイアの声と共に馬は駆け出す。

 後ろに紐で結ばれた馬が二頭ついてくる。

 また、乗馬法を習わなければいけない。

 昨日スレイアが頼んだという上馬は四体。

 流石にこの世界を旅するのに徒歩は時間がかかりすぎるらしい。

 ジェイムやパルド、その他の市民たちへ俺たちは手を振る。

 ある程度の所までくると、目の前のサクヤが突然駄々をこねる。


「やっぱオレ、ルビンちゃんと相乗りしたかったー!! 男と二人乗りとか虚しすぎるぞー!」

「ってサクヤ、危ない!! 手綱離すな!!」

「セアー! お前今だけ女体化して!!」

「いや、無理に決まってんだろ!!」


 そう言いながら必死にサクヤに掴まる。


「セアー! 私も見たーい!!」


 サクヤとルビンの無茶振りにスレイアは苦笑する。

 なかなか楽しい旅になりそうだ。


 後ろを走る俺の愛馬となる馬を見る。

 銀色の鬣(たてがみ)を靡(なび)かせ威風堂々と走る。

 アルテミス、という名のその馬に「よろしく」と言うように笑顔を向ける。

 ヒヒィィん、と俺の言葉に返事をするかのようにアルテミスは強く嘶(いなな)く。


 風が身を切る音が心地いい。

 未だに路地裏にこびりついた血を視界から外さんと視線を上の方へと向ける。

 他の3人も、それぞれこの革命に何かしらの踏ん切りをつけたのか、鬱屈した暗さはほとんど残っていない。


 街路地を駆けもうすぐ門をくぐらんとする所までくる。






 ふと、視界の先に一際小高い丘とそこに生えた一本の小さな木が見えた




 その、小さな木の根元に……。




……二輪の白い花が、咲いていたような気がした












――メダリオンハーツ第二章;世界変革編、完。――

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