第34話:死体を運んだ。ワインを飲んだ。世界を毀した。
「どうぞこちらへ」
そのジェイムの一言で俺たち四人は応接間らしき場所へ通される。
先ほど、ジェイムに与えられた礼服に俺たち四人は着替えている。
何せ来ていた服は血と泥と汗に塗れ、到底着ていられるものではなかった。
交代で風呂に入り、靴もあわせすっきり服装を変えた俺たちはジェイムに誘われ応接間へ入る。服は、パルドの部下が選択しておくと言っていた。
「すいません、ここくらいなんですよ。綺麗に保っている部屋は」
「ほんとに、そんな悲劇があったのか」
すると、パルドと呼ばれた男が口を挟む。
「あの夜は一瞬でした。突如、一人の貴族が使用人を殺し、それが連鎖して行ったのです。もともと、傲慢な方々でしたからたった3日、食糧がなかっただけで糸が切れたかのように。果てには国王まで殺そうと……。それを、国王は参謀に全員殺せと命じたのです」
パルドが息を飲む。
「そして、参謀の術に落ちた貴族たちは城の中で殺しあったのです。使用人も含めて、ね。もちろん、市兵はそこに関わることはありませんでしたが、そのことを止めるように進言した私は世話係へ降格したのです」
そう話すうちに、俺たち四人は豪奢な椅子に座り、ジェイムと対面する。
「本当に、あなた方が立ち上がっていなかったら、この国がどうなっていたかなど想像もつきません。この度は本当に……」
「おい、礼なんていらねーぞ」
サクヤがジェイムの謝礼を遮る。
「俺たちは感謝されるようなことはしていない。この革命で無辜な市民や市兵が何人も死んでんだ。それに革命なんざ本来罰せられる行為だ。こんなもん、謝られただけで胸糞が悪くなる」
サクヤは機嫌悪そうに頬杖を付きながら悪態を吐く。
「なぁ、ジェイム。お前、ルナートの最期を見届けてたんだろ?どんな、死に様だったよ?」
「……格好よかーー」
「んなこたぁ、知ってるよ」
「サクヤ、最後まで聞け」
スレイアの注意にサクヤは顰め面をする。
俺とルビンは肩身狭く、成り行きを見守る。
「ルナートさんは僕に、王になれと。この世界を変えてみせろ。と、僕に伝えて、ミアさんと何かを話した後、息を引き取りました。僕は謁見の間から外に出ていたので、会話の内容は分かりませんが」
「そーかよ」
すると、スレイアがジェイムに尋ねる。
「それで、ジェイム。この後、具体的にどうするつもりだ?」
「取り敢えず、市民の皆さんは家に帰しました。家までが遠い方には馬を。市兵の皆さんは僕に協力してくれるそうです」
「俺たちも、起こしたまま放っておくわけにはいかない。出来ることはやらせてくれ」
スレイアの言葉にジェイムは申し訳なさそうにする。
「ありがとうございます。具体的な事なんですが、まず死体をその……、埋葬しないと」
「そうだな。だがかなりの数だ、埋葬より火葬の方がいいだろう。死体の安置所にできる場所は?」
その問いにパルドが答えた。
「一階に使われていない広い食糧庫がある」
「そうか、なら俺たちと市兵でこの都市の死体をそこに集める。そして、その後は――」
スレイアはサクヤと目配せをする。サクヤは渋々というように「わぁってるよ」とスレイアに言った。
「俺たちが火葬する。他の人間は不要だ、家族や友人、見届けたい者もいるだろうが、俺たち二人で終わらせる」
「なら、今夜にとっとと終わらせるか」
そして、スレイアとサクヤは立ち上がる。そして、スレイアが俺とルビンに言う。
「二人はゆっくり休んでいろ。それとジェイム、明日の正午、火葬を終わらせてもう一度この部屋に集まる」
「……わかった」
「……」
ルビンは何も言葉を発しずに首肯するのみだった。何かを、深く考えているような表情だ。
「分かりました、何から何まで本当にーー」
「ジェイム、お前ルナートの意志を継いだって言ったな?」
「はい」
「なら、あいつに恥をかかせるようなことしやがったら、承知しねぇからな」
サクヤはそう捨ぜりふを吐いて、部屋を後にする。
残ってのは、ジェイムとパルド。そして、俺とルビン。
すると、ジェイムが俺に向かって声をかけた。
「セア・ルークスさん……、でしたよね。その、今回の事は本当にすいませんでした」
「いや、悪いのはガンだし。ジェイムが謝らなくたっていい」そう言えばいいはずなのに、言葉が喉につっかえて出ない。
そのまま俯きながら、これでいいのかと自問する。
こんなの、俺は望んでいない。家族の仇を討つ。復讐する。報復する。
だけど、こんな終わり方で、納得できるはずがない。
「ごめん、今はちょっと整理がつかないから……、何を言っていいのか分からないんだ」
「そう、ですか。……セアさん、ルビンさん。今日はゆっくり休んでください。僕のいた主塔の部屋が使えますから、そこで――パルド、案内を」
「はい」
そう言って、パルドが先導する。それにルビンと俺はついていく。
部屋を出る寸前、ジェイムに一言だけ声をかけた。
「なあ、ジェイム……。もし、この世界に希望っていうのが全部なくなったとしても、人って生きていけると思うか?」
俺のその問いかけに。
ジェイムは答えることをせず、ただ俯いたのみだった――
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「ここを真っ直ぐ行った先の扉の奥です」
パルドはそう言って身を翻した。
そして、俺とルビンは
ルビンに叱責してから、一度も口をまじわしていない。
進むでもなく、ただ立ち止まりながら落ちていく夕日を二人して眺める。
あれからまだ、五時間ほどしか経っていないのだ。ひどく、革命の時が長く感じられる。
すると、突然。ルビンが夕日を向かずにボソッと、呟いた。
「私……、色々考えたの」
俺は咄嗟にルビンを見た。その横顔、その目には少しだけ、涙の跡が見えた。
ルビンは俺を見、少し安心した表情をする。
そして、話し出す。
「どうしていいか。まだはっきりと分からないんだけど今は……、人として生きたいって思ったの。人と触れ合って、楽しかったから。私、生きてるって感じられたから」
これはきっと、ルビンが一生懸命考え出した答えだ。
たどたどしく言葉をつなぎ、自分の思うことを吐き出すかのようにルビンは再び話し出す。
「私はあの夜にたくさんの命を奪ったし、大切な友達をこの革命で亡くした。自分自身に絶望したし、もう……、生きたくないとさえ思った。セア……、今の私にはセアしかいないから。これからも、その……っ」
溢れてくる涙を必死に拭おうとする。
腕から滑り落ちた枕がゆっくりと地面につく。
「頑張ったな、ルビン」
そう言って手をルビンの頭にのせ撫でる。
それと一緒にルビンは泣き出す。
だが、それを隠すかのように俺の胸へと顔を埋める。
「う……っ、私、何もできなかった。セアの家族を救うことも、みんなを守ることも、私自身を止めることも……。けどね、セアがいたから……、私」
その言葉に胸にヒシリと何かが刺さる。
何もできなかったのは俺も同じだ。
だけど、俺は強くなる。
レキーラが求めた強さなんかじゃない。
守り共に生き続けられる強さを。
世界を語れるほどの強さが欲しい。
「セア、約束よ。絶対、一緒にいてね。これからずっと。私わがままだし自分勝手だけど、ちゃんとついて行くから」
「あぁ……」
「だから……、その……っ」
ルビンは俺の方へ向き直り、両手を背に回して微笑んだ。
「これからも、よろしくねっ」
フワリと吹いた風がルビンの髪をなびかせる。
差し込む夕日が流れた一筋の涙に反射し、赤らめた笑顔を拾いながら、ルビンを一段と赤く染め上げていった――
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
コツッコツッ、と歩く音が夜の街路地に響く。
腕に抱えられたものは重く心にのしかかる。
何も考えられない……。だが思い出が走馬灯のように次々浮かぶ。
「何で、みんな死んじまったんだよ……」
その声に返事はない。
腕に抱えられた仲間だったものはただ冷たく俺の体に触れる。
「それに、ルナート……。お前がいなくなっちまったらさ、オレらどうすりゃいいかわかんねぇじゃん」
ルナート……。お前は、いい奴だった。
いっつもみんなの前に立って導いて、色んなもんを抱えて。
正直憧れてたんだ。勿論……、モテるとこもな。
心の中で、ルナートに語りかける。
狂々と歩を進める。城にたどり着き、死体の安置所に仲間の死体を横たわらせる。
もう、何往復しただろうか。もう既に夕日は落ち、夜の帳が静寂を包む。
市兵たちも馬車を使い街の死体をまとめて運んでいた。この機に、路地裏で餓死していた路上生活者も火葬することにしたらしく、残った市兵は全員駆り出された。300人いた市兵も今では100人いるかいないか……だそうだ。
<零暗の衣>だけはオレとスレイアさんで運ばせてくれと頼み、二人で何度も行き来しながら長い道のりを死体を担ぎながら歩いていた。
もう、6時間ほど経っただろうか。
これで、最後だ。
謁見の間にいたルナートとミアの二人は、スレイアさんが二人の遺体を凍らせ、そのまま……、粉々に砕いた。
飛び散った欠片の輝きを、二人の死に様を、俺は生涯忘れることはないだろう。
ひたすら、宛てもなく歩く。
何も感じることはない。
仇を討つことも叶わず。仲間を守ることすら叶わず。ルナートの最期を見届けることも叶わず。
行き慣れた路地裏へ入り、歩く。
もう、この都市で生活を始めて三年……か。
そんなことを思い、回想でも始まるのではと期待するも、何も流れないポンコツの脳みそに心の中で非道く叱咤しながら、夜空を眺めるでもなく、吐いた白い息を視界で追うでもなくひたすらに歩いた。
20分ほどすると、アジトの入り口へと辿り着く。
すると、スレイアさんがアジトの氷の円盤に乗りながら浮かんでくる。
そして、スレイアさんはアジトから出ると、オレに気づく。
一瞬だけ目線が合うがすぐに視線をそらし、オレとスレイアさんは歩き出した。
すれ違う。
言葉は、交わさない。
スレイアさんは何処かへ去っていった。ここに置いてあった荷物は、何があるか分からないからと全員自分の
だがスレイアさんは右手に、何かを持っていた。それを判別する前に俺は振り返るのをやめる。
そして、オレは氷の円盤に乗る。
するとゆっくりと下降し、円盤はアジトへ降り立つ。ヒンヤリとした風が、オレの思考を弾き飛ばし、どこかのネジがゆっくりと緩んでいくのを感じる。
足をつけた途端……。
///『おかえり!』///
……と、元気な声が俺を包む。
「ただ……! い……、ま……」
静かだった。
幻聴が耳をよぎった。
ずっと聞いてきたその言葉が、今はない。
アジトは主を失い死んだかのように冷たく、オレを迎え入れる。いつもオレたちを囲んでいた錆び付いた鉄箱や鉄線も朽ちたように光を失っている。
「なんだよ……、誰もいねぇじゃねえか」
無意識に、オレは角灯に火魔法を詠唱し灯りを灯す。
ポッという音とともに、無人のアジトを光が照らす。
本当に、何もなかった。散らかっていたゴミや本。食事の後などもいっさいなかった。
左の衛生スペースも常に水の音がしていたはずなのに、今はない。
「そっか……。もう、スララもいないから、洗濯なんて出来ねえのか。はは……っ、なら風呂にももう……。入れねぇわな」
一人用の風呂だが、懐かしい。毎日、使っていたのだ。綺麗好きのレノンが、毎日掃除していたのを思い出す。
何も考えることなく、自室へ向かう。個々の部屋が並ぶそこは毎日がやかましかった。何となく自室に入ったものの何もないその部屋に静かに嘆息する。真向かいの部屋にはいつもいるはずのユウの姿はない。あいつが爆弾で遊んでいた時の焦げ跡だけが主の留守を告げる。
このままら待っていれば、マグドが武器コレクションを自慢しにくるのではないか、メイが暇だと言いながら俺にちょっかいをかけにくるのではないか。
「……っんだよ、いつもは来んのに今日はこねぇのかよ」
部屋を出て、再びエントランスに戻る。遊戯室からマイクやキリーナ、ハナ、リックがビリヤードをする音も聞こえない。
すると、オレは何を思ったのか徐ろに厨房にはいる。カウンターを抜けながら、調理スペースにいつもいるはずのヒスワンとミーニアの姿がないことに猛烈な不快感を覚える。
厨房に入れば必ずヒスワンが「今は食べるものは何もないですよ」と言いながらミーニアが「お腹、すいたの? もうちょい、待って」なんて言いながら料理をしていたのだ。
俺はその光景を脳で流しながら酒蔵を開け一本だけ鉄箱の裏に隠しておいた秘蔵のワインを手に取る。
とても貴重で高価な
革命が終わったら、フルール姐さんと一緒に一杯やろうと約束していたのだ。
オレは、そばに置いてあったグラスを二つとり、エントランスへ戻る。
そして、奥のソファに持たれ、机に置いた二つのグラスにワインを注ぐ。赤いワインがドロドロとグラスに注がれる。
すぐ左を見ると黒い革命の旗が立てかけてある。あれを掲げたのが三年前だとは思えないほどに、ずっとあった。
いや、あって当たり前だった。このアジトの象徴だったのだ。
そして、俺は注ぎ終わったグラスを掲げ「乾杯」と、唱える。
ゆっくりと芳香を楽しみながら口に含む。ずっと楽しみにしていた一杯だ。美味くないはず、が……。
グラスの破砕音がアジトに響き渡った。
オレは、叫んでいた。
「あぁ……っ、あぁ……っ!! あぁ!! くそ! くそ!! 血の……、血の味しかしねぇ……ッ! っんなんだよ、このクソワイン! メチャクチャ不味いじゃねえかよ!! あんだけ金ぶんどった癖に、何様のつもりだ!?」
肩を激しく上下させながら、荒い息を整える。フルール姐さんのグラスに注いだワインを、革命の旗にぶちまける。黒かった旗は、一度赤く染まり、直ぐに黒に戻る。
唇を強く結ぶ。目頭が熱くなっていくのを懸命に堪える。服に身体に付いた家族の血が生温かい。まだ、消えない。
「くそ……っ。着替えたって、この血は消えねぇんだよ!」
誰も、答えるものはいない。昨日まで騒ぎあっていたアジトはやけに静かだ。
みんな、出かけているのだろうか?
すると、不意に嘔吐感が押し寄せ、止めるまでもなくその場に吐き出す。
心の中にあるものを全て吐き出さんと、滝のように流れ出る。拭い去れない感情の蟠(わだかま)りが、哀惜の念が苦く残る。
「んだよ……、姐さんがいねぇとヤケ酒もロクに飲めねえじゃねえか!」
……。
「はぁはぁ、んだよ。無視とかタチ悪いぞ。俺を独りにすんなよ、勝手に逝ってんじゃねぇよ」
……。
「なぁ……、姐さん、また一緒に酒飲もうぜ。
ユウ、お前くらいだったなマトモに女の話ができたの、頑張って彼女作ろうって言ってたよな。
レノン、お前がいたから俺たちはどんなピンチでも生き残れた。
マグド、お前の夢手伝うって約束したのに。
ヒスワン……、お前らの飯、美味かった。また、作ってくれよ。俺に教えてくれよ。もう……、お前の料理食べられねぇなんて、嫌だよ。
ミーニア、お前が心を開ききってなかったとしても、お前は大切な……、友達だ。
ハナ……、喧嘩ばっかりだったけどルナートの為に一生懸命生きてきたのは知ってた、俺もお前みたいに愛せる人が欲しかったんだ。あんなことで喧嘩しちまって……、ごめんな。
スララ、また俺とビリヤードやってくれよ。
メイ、覚えてるか? 俺が初めてナンパしたのお前だったんだぜ? ……ごめんな、あの時助けてやれなくて。
キリーナ、マイク……、お前らは幸せそうで羨ましかったよ、俺が……、弱いから、守って、やれなかった……っ!!
リック、約束したよな? 俺の結婚式で神父やってくれるって……、まだ、約束果たせてねぇぞ……。
ミア……お前のその気持ち、伝えられたか?
ルナート……、俺、お前に憧れてたんだ。ずっと……、ずっとついて行くって決めてたのに何で……、なんで……」
……。
「何でみんな死んじまったんだよッッ!! 俺はこれからどこに行けばいい?! どうやって生きていけばいいッッ?! 俺の心の居場所は消えちまったんだ!! なぁ!! 俺は……。俺はこれから一体、どう生きればいいんだ。答えてくれ……、答えて、くれっ!」
……。
静謐な鉄の部屋の静寂は結露し冷たい。
寂寞(せきばく)は溶解した鉄塊のように流れ込み俺の胸を灼く。
どうして……、どうして!!!
「クソッッ……、クソッッ……、クっソがァ”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ア”!!!!」
ァ”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ア”!!
壁を殴る。
血が噴き出すのも構わず大テーブルを持ち上げ投げとばす、鉄箱を蹴り飛ばし鉄線をむしり取る。
電球は割れ俺たちが生きてきた場所をただ……、毀(こわ)す。
狂ったように、ひたすら。
そこにもう……、理性はなかった。
血が滲む、痛みは飛び思考は混濁する。
息を吐き、死人のような足取りで部屋へ行く。
終いには、背中に背負ったレクゼリサスすら抜き放ちひたすら暴れる。壊す。暴れる。壊す。
アジトを壊さんと、元の原型を留めてはおくまいと。ひたすら、ひたすら。
腕がはち切れそうだ、吐きそうだ、目玉が熱く今にも飛び出しそうだ。
痛い、辛い。
だが。
「あいつらの痛みなんてっ、辛さなんて俺の比じゃねぇだろぉがよぉ!! なに痛がってんだ、サクヤ……、フィレル!! お前にはまだ、痛みが足りてねぇだろっ?!」
心の……、痛みがッ!!
ひたすらアジトを彷徨し、レクゼリサスを無慈悲に揮う。
……どの部屋へ行ったのかなんて、覚えていない。
ただひたすら……、暴れ狂う。
手の甲は、鮮血のように赤く、痛い。
怨嗟(えんさ)が濁流のように止まることなく流れ込む。
仲間の声が、そして己を殺しただ無情に脆く醜く酷く哀れに叫び続ける俺の哭(な)き声がその断末魔をあいつらのところに天国に届けとばかりに叫ぶ。
オレが生きてきた場所を、ただひたすら毀していく。
あぁ……。
一緒に……、逝きたかった。
けど、お前らはまだオレを迎え入れてはくれないんだな。
ふと、聞こえる。
まだこっちに来るな……、と。
この世界で俺たちの分も生きろ、と。
成し遂げることのできなかったことを成せと。
……くそ。
「……待ってろ。さっさと終わらせて、お前らの所に行くから。お前らの分も生きて、逝きるから」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
どれくらい暴れたのか。
ズタズタに引き裂かれた革命の旗を最後に視界に留め、荒れ果てたアジトの中で枯れた涙と掠れた声を押し殺しながら氷の円盤に乗る。
スレイアさんが特異能で作り出した円盤は地上へ上昇しオレを降ろすと同時に砕ける。
レクゼリサスを地面に突き立て支えにする。
そのまま嗚咽する。
涙が次々と溢れ出、落ちていく。
「今日だけ……、泣かせてくれ」
脳裏に零暗の衣の記憶が再び駆け巡る。
哀咽(あいえつ)が錘(おもり)のように胸にのしかかり、身体中を刺激する。
哀叫も哀号も哀哭も哀感も。
全てが泡沫のように浮かんでは直ぐに消えてゆく。
……もう、今日で泣き叫ぶのは最後だ。
過去とは、別離しなければいけない。
こんなもの……。引きずり続けることなんて、あいつらは求めていない。
思考が落ち着いてきた。
さっきまでの自分はもういない。
やめだ。
いつまでも未練たらしくすんのは性に合わない。
数歩下がりレクゼリサスを振り上げる。
一瞬だけ、躊躇う。
俺の居場所を壊すことに。
だけど……、今日で全てを零(ゼロ)に戻すんだ。
「またな……。みんな……っ」
そして、一思いにスキルを起術しレクゼリサスを振り下ろした。
地響きと共に地盤が崩れだす。レクゼリサスの触れた先で、アジトにのみ張った固有結界内で地盤が沈み隆起し……を繰り返す。
全てを壊し埋め尽くすかのようにその地鳴りは俺の耳に永遠に残るかのように響く。
ここで暮らしてきた日々、日常は全て地の中へと消えていった。
アジトが完全に崩れる前に、ゆっくりと歩き出す。
月が、綺麗だ。口から吐く息が白く空へと消えていく。
空を見上げる。東の方角が少し白けている。もう直ぐ……夜が開ける。
だが、今なお明るく照らす月光の下、張り裂けそうな声を必死に振り絞り……、紡ぎ出す。
「忘れない……、からっ。絶対、忘れないから……っ!!」
その声はゆっくりと夜空へと溶け込んでいった。
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